ストーリー3 「相棒」
「動くな・・・」
地下から顔を出し、辺りを確認してから身を乗り出したつもりだったのだが、低く重い声が私の耳に聞こえてきた。
どうやら私は背後を取られたらしい。迂闊だった・・・。そうブロンズの鋭い瞳と左右対称の髪型が特徴の女性リオンはそう思った。だが詰んだとはこれっぽっちも思ってはいなかった。
「手を頭の上にやり、膝を・・・」
「膝をつけ」と男性が全てのセリフを言うより先に腰からクロムレアを取り出し一気に展開し振り向く。その動作は目にもとまらぬ速さで行われ、見る者を圧倒する。
拘束されそうになったら、時間が経つ前に、相手が油断しているときに瞬時に抵抗した方が上手くいきやすい事をリオンは知っていた。
勢いで振り向いてそのまま剣を当てようとした時、金属と金属がぶつかる激しい音がした。リオンのクロムレアと男性の軍刀がぶつかり合い、大きな火花を散らしたのだ。そして一気にクロムレアですくいあげるように切り上げ軍刀を払った。
その動作は見事なもので、軍刀は刈り取られて空中に回転しながら舞っていき、無防備になった男性は宙に浮いた自分の軍刀に一瞬だけ目を奪われた。無理もない。自分の命ともいえる剣が手元から離れたのだから。
その隙に彼をリオンは前蹴りで蹴り飛ばす。クロムレアで攻撃をする際に瞬発力を生み出す脚力は女性といえど大きな威力をもたらす。それに耐えきれず大きな尻餅を着いた彼の首元にクロムレアを向ける。カランカランと軍刀が地に落ち、持ち主は先程とは立場が逆転していた。
「爪が甘かったなカイン」
軍刀が離れた所にあり、先ほどのリオンのように剣をぶつけることは出来ない。例え軍刀を持っていたとしても尻餅を着いている状態では満足に振り回すことは出来ないだろうし、何よりリオンの剣はガンブレイドだ。銃相手に剣は分が悪いことは明確だ。
「やっぱアンタ強いな・・・」
カインと呼ばれた男は苦笑いをしながらそう言った。完全に優勢だったのがたったの数秒でひっくり返ったので無理もない。そして敵わないと悟ったからか、声がほんの僅かに震えていた。その震えは命を狙われている意味での震えでもあったのだが、それ以上に違う意味を持っていた。
「んで、なんで殺したんだ?」
立て続けにカインは喋り続ける。クロムレアを向けられてはいるが、すぐには死なないと判断したようだ。でなければそんなにベラベラと口を開くことは出来ない。
「余計な事は喋らなくていい。クレアは王宮に居るのか?」
リオンは質問には答えずに強気な口調で喋りながらクロムレアの引き金に手を掛けながら圧力をかける。その姿は決して脅しではないことを彼の経験と彼女の目つきから十分に判断できる。
「アンタの相棒か? ・・・居るよ、ちゃんと中にな・・・」
「そうか」
それを聞いたリオンは冷たく返事をした後、踵を返し王宮の中に向かおうとした。どうやらカインの命は取らないらしい。それが分かった本人は命を取られず侮辱されたと理解し激怒した。
「待てっ!!!!」
「チッ・・・」
彼女の舌打ちは周りの警備に見つかってしまうかもしれない程のカインの声の大きさに対してであった。
「なぜ俺を殺さない?」
リオンが後ろを向いている間に軍刀を拾い直し、態勢を整えたカインは軍刀を向けながら怒鳴っていた。
「私はお前を殺す気もないし、あの方も殺してはいない」
「ならなぜあの時にアンタは逃げ出した!?」
なんて馬鹿な質問をするのだろう。全ての兵士や軍人に警備軍があの時最高状態の武装して私を追いかけてきたのだ。その状態で降伏すればどうなるかなど容易に想像できるだろうが。それにあの方はあの時・・・。
「しつこいぞ・・・。お前を殺さないとは言ったが痛みつけないとは言っていない。これ以上無駄話をして私の時間を潰すのなら、お前を動けないようにする。」
段々とイライラしてきているのが口調から伝わる。脅しの言葉が徐々に本物になっていこうとしていた。
いい加減にしないとこちらも手を出さないといけなくなる。かつての部下に手を出すこと自体を躊躇って最初からそうしなかった訳ではない。大きな音や気配により、他の兵士や警備軍を呼びつける事が不都合であったからそうしなかったまでだ。
そんなことなど捕まえる立場の人間からしたら関係のないことかもしれないがな。そう考えると自分の一方的な都合でしかないと言う事を悟った。つまり、カインを倒していくしかないと。
「後悔するなよ」
「望むところだ!! リオン」
リオンは利き手とは反対である右手から青白い光を纏わせた。弾けるような音と眩しい光は雷以外の何物でもない。そしてそれをそのままクロムレアをなぞる様に触れた。
すると、発動者の怒りをそのまま表すかのような稲妻は左手のクロムレアに纏わりつき雷剣と化している。さらに、自身の足に雷を纏うことでスピードの向上を図っている。
あまり時間を食えばこの雷鳴により他の者に見つかる。そうなればクレアを連れ出すのが困難になり、更に他の目的も達成し難くなる。それでは困るので一瞬で終わらせる。
「行くぞ!!」
地面を強く蹴る。地面が数センチ抉れ、宙に石ころや破片を飛ばして目標へと接近する。その姿は神々しく見るものを圧倒する。そしてそのまま縦にクロムレアを勢いに任せて振る。
雷が何度も弾ける音と共にカインに向かって振られる剣。それを間一髪で状態を横に反らして躱したようだ。部下であった時の経験やリオンの戦闘スタイルを知っていなければ初見を躱すことなど到底不可能であった。
「アンタの剣は防ぐのではなく、躱すんだったよな!!」
「ああ、その通りだが躱せていないぞ?」
その言葉にかつての部下は耳を疑った。どう見ても誰が見ても躱した。仮に審判が居たとしたら間違いなく当たっていない方の白旗が上がっているハズだ。
決して余裕があった訳では無かったのだが、リオンの動きを見切り状態を反らして躱したはずなのに・・・。そう考えているときだった。体が徐々に痺れてきた。
「ぐっ・・・。なぜだ!?」
言うことを聞かない体は徐々に感覚を失わせて膝をつかせる。手足は小刻みに震えて体の自由が利いてないことを雄弁に語っている。
「放電した。数メートルに渡り雷を放出する技だ」
その理由を淡々と語り、クロムレアをカインに向ける。これから止めを刺すように。その姿に一切の情けは無く、最初に彼女が語っていた通りになる。こうなる事が分かっていたから戦いたくなかったのだ。
「チッ・・・。やっぱ強いな」
「じゃあな」
バチッと雷が弾ける音がした後カインは倒れる。体に稲妻を通されて完全に動けなくされた。うつぶせに倒れ軍刀を手放し地面に崩れていった。
「ちく、しょう・・・」
クロムレアを納刀した本人はもとより殺すつもりがなかったためか一切の感情の乱れを感じさせずに歩を進めて行った。そしてそのまま王宮の壁を伝い、一番上まで上がって行った。壁を蹴り、手でしがみついてから壁を蹴りを繰り返し、淡々と進んで行く。
一応早足なのは、先程の戦闘による音や気配を察知して駆けつけてくる援軍に見つからないためだ。雷の音自体、加減していたため大きくはないが、それでもカインの異変に気が付く者が居るかもしれない。
王宮の一番上は王が元居た場所であり、相棒が居る場所でもある。まさか王宮の内側から侵入されているとは知りもしないため、警備軍に見つかることも無く進むことができている。
王宮に侵入するには正面からとしか思っていないのなら、警備軍として考え物だと思った。それでも部下であったカインは私の気配にいち早く気が付き軍刀を向けてきたのだから、その点においては流石私の部下だと思った。ただ、私を捉えるだけの実力はまだ無かったみたいだが。
ガラスのついた窓。下を見れば登って来た高さが相当なものになっている事が分かり、長居していれば空中の警備に見つかる恐れがあると思ったのでさっさと侵入したいものだが、王宮の中にも勿論警備の人間は居る。事実窓ガラス越しにも長い廊下に何人か武装した警備の人間が居る。
・・・
・・・・
「はあ~あ、あの事件以来警備の仕事が厳しいな・・・」
廊下でそんなことを呟く警備の人間。事件が起きてかなりの日数が経ったのだが、あれから大きな事件は特に何もなく厳しい警備体制は警備の人間からしたら苦痛でしかなかった。このやる気が若干欠ける男ですら、戦闘の実力を買われて王宮の王の部屋周りの警備を任されている。
戦闘の実力が買われているのならもっと魔物のいる現場に出ていたいと思うのだが、いざ侵入者が来た時に王宮を守るのは自分と言う事で何とか言い聞かせている状態だった。
ピピピピ・・・
音に気が付いて男は振り返ると同時に軍刀を抜いて音のする方向にそれを向ける。
「誰だ!?」
即座に対応するために鞘から抜いたのだが、目の前に見たものは目覚ましのアラームのような音の鳴る通信機だけだった。
自分のものではない、それにこの周辺は自分が担当している警備エリアだ。こんな些細なものでも見逃しているハズがない。つまりは何者かが侵入し・・・。
思考はここで途絶えて地面に倒れる男。何が起きたかなど考える間もなく視界が真っ暗になった。
・・・
・・・・
「悪いな・・・」
自分の通信機の音を切り回収を済ませて、男を人目のつかないところに運んだ。先程男の背後の窓ガラスから音をセットした通信機を投げ込み、音が鳴っている隙に男に背後から近寄れるように違う窓ガラスから侵入した。
侵入してしまえば後は簡単だ。レベル3の警備軍には全く見つかっていない。通信機には後三人の警備の人間がこの通路にいるようだが、地図で位置を簡単に確認できるため不意打ちは容易だ。
三人の警備も背後から近寄り、一撃で気絶させる。全員人目の付かない片隅に運んでから、急ぎ足で歩を進めて行った。
まずは王室の隣にある自分の部屋の扉を開けて入っていった。
「クレア!!」
入ってまず視界に飛び込んできたのは、銀色の毛並みが美しく人が一人容易に乗ること出来るほどの大きさの存在感のある銀狼のクレアであった。久しぶりの再会にクレアはちぎれんばかりに尻尾を振っていた。顔をリオンに擦り付け嬉しそうにしている。
「ここからお前を連れ出す前にあれはどこにあるか分かるか?」
リオンがそう言うとクレアは隣の部屋である王室へ向かった。王室は鍵は掛かっておらず、容易に入ることが出来たが、そこに王の姿はあるハズもない。
クレアは王が使用していた高級材質でできた木製の机に向かって小さく吠えた。警備の人間に見つからないように小さく吠えたようだ。そして、机の引出しは全く摩擦を感じることもなく開いて様々な資料が顔を出した。その中に封筒が一枚見つかった。
「これだ!」
それだけ言うと封筒を懐にしまい、王の部屋から出ようと窓ガラスを開けた。大きさ的にクレアは窓から出ることが出来ないので、クロムレアで壁を破壊していく。王室を壊すのは気分的には良くはないのだが、そんな事も今は言っていられないだろう。
もう一つ、王室から出る前にリオンは壁に貼ってある紙に目を通りした。それは護衛人の任務の時間帯と曜日が書いてある、いわば仕事がある日を書いてある用紙だった。
それを確認してからそのまま、クレアにまたがって黒服のフードを被り、破壊した窓ガラスと壁から一人と一匹は脱出してウェストバーグを抜けて行った。
・・・
・・・・
痺れが軽減され手足を動かしてみる。まだ完全に動けるとまではいかないが、体の自由が利くようになってきたので、まずは王宮の最上階に向かった。元上司であったリオンが何の目的で王宮に来たのかが分からなかっただけに急いで向かった。
「皆生きてるな・・・。何のつもりだ?」
王の部屋の前のフロアの各地で気絶していた警備の人間を見てそう呟いた。彼女は最初から自分も警備の人間も殺す気がなかったらしい。
もちろん彼女の実力からして出来なかった訳ではない。だとすれば目的は相棒であったクレアなのか、と疑問に思い急ぎ足で王の部屋に向かった。
部屋はもはや、もぬけの殻であり、リオンの部屋ではクレアが居なくなっている。それ以外には壁が破壊されている以外変わったところは無い。目的はクレアだったと納得し、カインは上の者に報告をしに向かった。
無力だった自分に悔しそうに拳を握りながら・・・。