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第3話「神の力① -速力-」

 周囲が暗くなってきたこともあり、一旦街に帰ろうと提案する加害者に、今現在の場所が一体どこなのかすら分からない神野は一も二も無く頷いた。

「見たところ足も無いようだし、俺のトラッカに乗ってく?」

 そう言った加害者がトラクターらしき乗り物を指差すところを見ると、乗り物の名称はトラッカというようだ。そのトラッカをよくよく見れば、一般的な農業用トラクターが後方に持つ耕運用の回転刃が位置する辺りに巨大な排気口が四つ開いていた。一つ当たり直径五十センチメートル程はありそうな所を踏まえれば、後方全部がエンジンに当たるのだろうか。その推測が事実なら、なにこれF1でもそんなエンジン積んでねーよレベルである。ジェットエンジンと呼んで遜色ない。

 神野を跳ね飛ばしたときの恐ろしいスピードとうるさすぎるエンジン音に対する疑問は氷解したが、逆に二人以上乗る前提で設計されているのか、という別の疑問が神野の内に湧き上がっていた。「エンジンだけで車体の六割占めてんじゃね?」というのが神野の率直な感想である。

 遠目からだと運転席はきっちり鋼で覆われて箱型になっており、一般的な車の体を成しているようには見えるが、その部分はエンジンと比べて明らかに小さく、一人乗るのがやっとのようにしか思えない。加害者は運転席を覆う屋根ルーフに乗れとでも言うつもりなのだろうか。ていうかアレそもそもトラクターなの?なんで普通の車乗ってこないの?あんな魔改造してたらお金いくらあっても足りないだろ?微妙な名前の違いでトラクターと区別しているのは自尊心の表れ?トラックの言い間違いじゃねーの?等々、他にもいろいろと疑問は浮かんでいたが、回りくどいことを言っても仕方ないので神野は単刀直入に聞き返した。

「そう言ってくれんのは嬉しいけどさ、あれ、二人乗れんの?」

「え?いやぁ、ははは……元々二人乗りだし、どうにか乗れるとは思うよ?」

「マジで?」

「うん、乗れるさ、乗れる。……たぶんね」

「それならいいんだが……」

 二人乗りと断言した割りにはっきりしない答えを返し、引きつった笑みを浮かべた加害者を怪訝に思いながらも、「ま、まぁとりあえず行こうよ」と手招きされて神野はトラッカへと向かった。歩いている間、何故か加害者は無言だった。どうも後ろめたい事があるようで、顔からは脂汗と思しきものが流れ出ている。

「……もしかして、本当は俺を乗せたくねぇとか?」

 トラッカの丁度左側面、助手席の辺りに着いたところで、それまで考えていた事を神野はそのまま口にした。なにせ、早速ドアを開けようにも加害者がドアの前に陣取り、言外に開けて欲しくないと告げてきているのだ。その顔はどういう訳か苦渋に満ちていた。

「その、なんだ、どこの馬の骨とも分からん輩を乗せたくないってのは分からんでもないし」

 神野自身には理解できない考えではあるが、車好きの人間が自分の車に他人を乗せたくないと特に理由も無く思うことはそれほど不自然ではない。なにしろ、あれだけの魔改造を施しているほどだ。とんでもない車好きで大切なものなのだろう。車というか、どう見てもトラクターだが。

「いや、そーゆーわけじゃないんだけど……」

「あのよ、さっき言ったじゃねえか。俺はお前にめちゃくちゃ感謝してんだぜ?俺の言ったことが的外れでも何か不都合があるってんなら無理強いしねえよ?最悪こっから徒歩で帰るし」

「いや、不都合って言うか、不安っていうか……」

 細く整った眉を歪ませて頭をぼりぼり掻き毟り、うんうんと唸っていた加害者だったが、やがて「ああ、もう!」と吐き捨てた勢いのままに助手席のドアノブに手をかけた。

「見た方が早い!」

「うん。……ううん?」

 開かれたドアの先には神野の予想外のモノがあった。黒光りするそれ、否、それらは確かに予想外ではあったが、神野にとって既知ではある。

 それは大量の銃火器だった。

 どれもこれも無造作に積み上げられている。アサルトライフル、サブマシンガン、オーソドックスなハンドガン等々、銃に詳しくない神野にはその種類までは良く分からなかったが、多種多様のものがシートベルトによってかろうじて縫いとめられていた。さらに、足を置くはずの場所に山盛りに積みあがっている卵形の物体はどう見ても手榴弾だ。

 じゃりじゃり、と裸の足に濡れた砂を纏わり付かせ、思わず神野は後図去ってしまった。要は、盛大にドン引きした。

「そう、なるよなぁ……」

 悲しそうに俯く加害者を見て、神野はすぅっとゆっくり息を吸って吐き、心を落ち着かせる。

「いや、驚いたけどさ。なんでこんなもんを一般人が……はっ!?」

 自分で言った一般人という言葉に神野は引っ掛かりを覚えた。一般人は銃なんて持ってない=加害者は一般人じゃない=頭おかしい人、という素晴らしき三段論法の構図が一瞬で出来上がる。

「まさか、車だけでなく銃火器マニアとは予想外だった」

「えっ?」

「なんというか、ディープな趣味を持ってたんだな……」

「いや、その、そんな優しすぎる目で見られると逆に辛いよ」

「ははは、気にすんなって。人間何を好きになるかなんて実際分かんないもんな」

「えーと……これ、怖くないのかい?」

「怖いって?はは、こんなもんでビビるはずねーじゃん」

「お、おい。何をする気だよ?」

 神野は積まれているというより、銃の山に突き刺さっていると表現した方がいいアサルトライフルの一本を無造作に掴んで引っ張り出そうとした。乱暴な方法ではあったが、置き方が雑な分抜き取るだけなら簡単だ。その点に限って言えば、神野のかつての毛髪と同等の存在と言える。

「あら?意外に抜けねえ。おいしょっと」

「えっいや、ちょっと待って!」

 どうやら銃同士が複雑に絡み合っているせいで簡単には抜き取れないようだ。シートベルトよりもそちらの方が固定化に役立っているらしい。だがそれでも神野は力任せに引っ張り出した。かつての毛髪と同じようでいて、しかし一線を画すそれらの黒い物質存在を許せなかったのかもしれない。加害者が制止する声も完全無視である。途端、ガチャガチャと音を立てて銃の山が崩れようとして、思わず加害者が叫び声を上げた。

「うおおおお!?」

 が、銃の山は若干崩れた程度でなんとか安定を取り戻し、静止する。

「危ねええええ!!!」

「なんだよ、そんなにビビって……まさか本物とか?」

「そうだよ!セーフティがかかってるとはいえ、暴発したらどうすんだ!」

 それならば元から暴発の危険性があるような積み方をして欲しくないものである。傍から見ていればその程度の感想で済むが、今現在その危険物を握り締めている神野の場合はそうもいかない。思いがけない事実にショックを受け、即座に硬直した。

「なんか勘違いしてたようだけど、本物と知っても動じないなんてやっぱあんた、漢だな」

「………」

 それもまた勘違いだったのだが、神野は動かない。立ち尽くすその横では、つむじ風に乗って誰かの抜け毛がぐるぐると渦巻き舞っていた。その様はまるで神野の胸中の動揺を代わりに表しているようでいて、しかし銃という危険物が今ここにあることを忘れるなと言わんばかりに黒く美しく輝いていた。もっとも、わざわざ強調されずとも神野にとってそれは簡単に忘れられるものではない。

「なぁ」

 加害者は身じろぎもしない神野に呼びかけようとして、そのための名も知らないことにはたと気付いた。即時聞こうと再び口を開きかけるが、耳に聞こえてくるぼこり、というまるでモグラが顔を出したときのような音がその行為を中断させる。瞬間、頭に浮かぶのは今の時間と場所だった。逢う魔が時。そして危険な荒野、不毛の大地。いや、僅かばかりながら二人の足元から舞い上がった毛が存在しているので、不毛と言うには若干の語弊がある。

 渦巻いていた抜け毛がばらばらに散っていく。空気の流れが変わったのだ。同時に、加害者に戦慄が走る。勿論の事、神野もおののいた。

「まずい」

 後方に現れたことは容易に分かった。その存在感はあまりに強く、無視する方が難しい。大きく上へと反り返った尻尾、その先についた夕日を受けて煌く針、発達した鋏状の前足。一斉に出現したそれら生物の姿はサソリそのものであったが、体長が尋常ではなかった。毛の一本も生えていない紫色の甲殻に覆われ、優に全長一メートルを誇るその巨体は生物というより一種の化物と評した方が頷きやすい。体を動かすたびに甲殻が擦れ、甲高い音を発生させているのがまたその異常さを強調しており、気味が悪いとしか言いようが無かった。その上サソリは肉食だ。このサイズになれば、自らが襲われることを予感せずにはいられない。反射的に手にしたアサルトライフルを化け物へ向け、神野は覇気の無かった目を大きく見開いて加害者へ問う。

「なにあのすげえでかいサソリ」

「ムラサキドクオオサソリだよ。視認できるだけでも十以上はいるか。やばいな」

 聞き逃せない響きがその名前には入っていた。

「ドク…毒?」

「ああ、刺されると肌が紫に染まって三十分と経たず天に召される」

「それはまた随分と即効性の高い。解毒剤は?」

「手持ちには無い。だから今は刺される前に速攻で殺すか、逃げるしかない」

「殺す……」

 何故だか分からないが、沁みるほど感じている危機感とは裏腹にそんな気が全く沸かなかった。それどころか好ましいと感じる気持ちすら神野の胸中にはある。

 とはいえ、このまま何もせずにいれば、いずれ毒が回り死に至ることは明白。サソリ達は機を伺っているのか未だ動きは鈍いが、じりじりと確実に距離を詰めてきている。早々に対策をとる必要があった。

 決断は早い方が良い。後手に回れば後悔しか残らない。神野は自らの経験からそれを良く知っている。故に、自身が手にした銃と助手席に詰まれた銃器をちらりと見やった僅かな時間のみで覚悟を決めた。

「よし、俺はトラッカの屋根に乗るからさっさと逃げよう」

「ああ、乗れないから殺……えっ?」

 神野に銃器を扱う知識は無い。当然といえば当然の判断だった。加えて助手席はその扱いに困る銃器に占領されている。降ろそうにも気を使う必要があり、そんな手間をかけている時間は無い。どこかのアクション映画のように車の屋根に掴まるという無謀を試みようとしたとしても、かくあるべき流れと言えよう。

 対応を決めた神野の動きは素早かった。あるいはその対応の早さを髪のケアへと向けることができていたのならばこのような事態は起こらなかったのかもしれない。

「乗ったぞ!早く出せ!」

 手にしていた銃を再び山の中へ突き刺して、タイヤを足場にあっという間に屋根へと登った神野を呆けて眺めていた加害者だったが、彼とて時間が無いのは重々承知だ。神野の決断を脳みそをフル回転させて吟味した上で提案に乗ることにした。逃げることにはなんら抵抗は無い。ただし、何事にも保険ケアは必要だ。

「念のために持っていけ!」

 加害者は山盛りになっている手榴弾の一つを掴んで屋根へと放り投げた。高めに放られたそれはまだ残っている西日を受けて黒い影を落とす。その影を慌てて捕まえて神野は唸った。

「うおおお!あっ、あぶっ、危ねえ!おまっ…!!」

「あと二個持って行け!シャツの胸ポケットに入れとくんだ!」

 神野に文句を言わせる暇も与えず、加害者は二個目、三個目と順に放り投げる。サソリを前にしたときよりも余程の緊張感が神野を包んだ。あの放物線の描き方は不味い。神野にとって後方、運転手側の席から手を差し出してギリギリの位置に落ちそうだ。

 ───取れるか?

 息を呑む。高く狭い足場で動くには不安定。待ち受ける物体は明らかな危険物。思わず腰が引けてしまうが、受け取りに失敗すれば暴発して死にかねない。一時の恐怖に引いている場合ではない。

 ───集中!

 精神を研ぎ澄まし、手榴弾と、自身の位置、屋根の広さを一瞬で頭に叩き込む。

 一歩踏み出す。冷たい金属の感触が足裏に感じ取れた。同時に突き出した左手からも同様の感触が伝わってくる。まずは一つ。まだ屋根の範囲から逸脱していない。

 もう一歩踏み出す。今度の踏み出し範囲は一歩目の約半分。足の指先がギリギリ屋根の淵に触れる。後は手を差し出して掴むのみとなるが、ここで神野は重要な事に気付いて愕然とした。両手共に別の手榴弾で塞がっていて、これ以上持てない。瞬間、神野の脳裏に手榴弾についていたキーホルダーのような輪っかが浮かぶ。やはり決断は早かった。

「こ、のッ!」

 控えていた右手を突き出す動きと共に、器用に手首を捻って輪っかに中指を通そうとする。今握っている分の輪を指に引っ掛けてぶらさけ、手のひらを空けるつもりなのだ。しかし神は更なる試練を神野に与えた。神野の体が、その指先が大きく揺れる。加害者が助手席のドアを占めたせいらしかった。車体が揺れるほど乱暴な行為に神野の心も揺れるが、諦めることだけはしない。

 ぶれた手の先は腰から上全てをぐにゃりと稼動させて補正。指先で一個目の手榴弾が小刻みに揺れる。それは無茶で不自然な動作ではあったが、結果までもが揺るがなかったのは僥倖だった。

 しっかりと手にした最後の一つを強く握り締め、神野は大きく息をついた。異常な動作で腰が痛い。腕も痛い。何故こんなことで死にかけねばならないのか。この場所に放り出されてから意味の分からない事が多過ぎる。一般人にしか過ぎない神野へと課せられる試練に次ぐ試練。本当にこの世界に神はいないのだろうか。

 それでも生き足掻くことをやめようとしない神野は、いそいそと三つの手榴弾を腰に巻いたシャツの両胸にあるポケットへと突っ込む。

 一個ずつしか入らなかった。

「ちくしょう、やっぱりこの世界に神は……」

 余りの一個を空ろげな目で見つめている神野の足元には、既に運転席へと乗り込んで、窓から顔だけを出して後方を伺っている加害者がいた。顔つきには焦りがある。

「やばい!奴ら本気で動き出したぞ!」

 サソリ達は見るからに動きを変えていた。本格的に神野達を餌、あるいは敵と認めたらしい。閉じたり開かれたりを繰り返す鋏とゆらゆらと僅かに横に揺れる尻尾の動きには明確な捕食の意思が宿っているかのようだ。実際、研究者の間ではムラサキドクオオサソリはこれを威嚇動作として行っているとの見方が強い。もっとも、それを知らない神野にはただ鋏と尻尾を動かしているだけにしか見えず、その本来の効果が発揮されることはなかった。それよりも手にした物の方がよっぽど威嚇している。

「なあ、この手榴弾」

「使い方か!?こうだよ!」

 ムラサキドクオオサソリの生態を知る加害者は、慌てた様子で頭上から差し出された手榴弾を奪い取り、安全ピンを抜く。そして迷いなく後方のサソリ達へ向けて放り投げた。

 三秒後、耳をつんざく音と共に地面が爆ぜた。数匹のサソリと濡れた土砂が舞い上がる。映画でしか見れないような迫力を前に、神野の気持ちも舞い上がり、思わず唸ってしまった。

「安全ピンを抜いて三秒で爆発だ!アフロになりたくないならその前に投げろ!」

「なれねえよ!」

「あ……ごめん」

 舞い上がったなら次には落ちるというのが世界のことわりである。二人の間に気まずい空気が流れる。だがもっと大きな空間で見れば、この場を支配するのは危険な雰囲気だ。サソリ達は爆発を契機として一斉に襲い掛かってきていた。その動きは早い。すぐに一匹のサソリの鋏がトラッカのエンジンに当たり、鈍い金属音が鳴る。

「謝るのはあとだ!さっさと出してくれ!」

「お、おう!」

 加害者は窓から頭を引っ込め、神野は屋根に伏せてへばりつく。サソリ達はトラッカ自体を敵だと思っているのか、その間も変わらず金属音はやまない。だが、その音はさらにけたたましいエンジン音に掻き消された。相変わらず凄まじい音だ。神野は鼓膜が破れるかと錯覚してしまったが、それでも両手を広げたまま、屋根のへりを離さない。それは後悔続きの神野にしては珍しく的確な行為だった。

 エンジンの爆音がさらに高まり、トラッカはその能力を遺憾なく発揮する。とてもトラクターの亜種とは思えない規格外の加速が、神野の体に凄まじいGを与えた。凍りついた車道で横滑りを起こした時の比ではない。言うなればジェット機。体にぶつかる空気の壁が余りにも硬く、重い。脳へ血が行き渡らなくなり、ブラックアウトを起こしそうだ。というか風の勢いが強すぎて息ができない。

 なんとか首を動かして顔を後ろへと向け、風になびく髪も無い後頭部を壁にして、空気を吸う領域を確保する。ほんの数秒程度しか経った気はしないが、サソリ達は既に遙か後方に見えた。

 神野は必死だった。おそらくサソリから逃げるよりも必死だった。手を離せば落ちて死ぬ。それが明確に分かるほどこのトラッカは凶悪な代物だった。自分は何故こんな物に轢かれて生きていられたのだろうと悩むほどに化け物だった。

「とっ、とめ……止めてくれ!」

 今はなんとか耐えられているが、へりをつかんだ手から徐々に力が失われていくのが分かる。それが完全に失われる前に助けを求めるのは必然だろう。

「ええっ?なんだって!?聞こえない!」

「止めろッッ!!」

「だから聞こえないって!!」

 泡食ったSOSもトラッカの中で安穏と運転している加害者にはまるで伝わっていなかった。実際の所、この暴風とエンジン音の中で若干でも声が届いていたのは奇跡に近い。さらにトラッカが徐々にスピードを緩めて、最終的に止まったのは洒落抜きで奇跡そのものだった。

 エンジン音も消えたトラッカの中から加害者が降りてきて、後方にサソリの影が無いことを確認すると、屋根の上の神野を見上げる。神野の息は荒い。憔悴した表情がその体験の厳しさを如実に物語っていた。その顔を見て加害者に浮かぶのは疑問。さも不思議そうに眉根を寄せる。

「さっきなんて言ってたんだ?ていうか、どうしたんだ?」

「殺す気かッ!」

「えっ?なんで?」

 普通の人間ならば突風によって髪が乱れるために、顔を見るだけでの推察も容易だっただろう。だが、神野にはそれが無い。表情以外は先程までと何も変わらないのだ。故に、加害者はそこまで頭が回らなかった。神野も荒く息をつくのみで、疑問には答えない。

「まぁ、上で掴まってるのは辛いとは思ってたけど。それでかい?」

 思い当たった推測にも神野は答えない。一時いっときの沈黙が流れる。それは神野の復調を待つ時間だった。やがて息を整えた神野はゆっくりと屋根から降り立ち、苛立ちを怒声として加害者にぶつける。

「一つだけ言っておく!このトラッカという奴はキチガイじみてる!」

「……あ。その、悪い。そこまで気が回らなかった」

 愛車を馬鹿にされたとも取れるその叫びはしかし、むしろ加害者の同情を誘っていた。視線は股下に注がれている。

 腰周りが嫌にすっきりしていた。白い布は何処にも見当たらない。突風に飛ばされたとみてまず間違いないだろう。

「スピード出しすぎたか。その、本当にごめん」

「……いや、緊急事態だったから仕方ない。怒鳴って悪かった」

 視線の先に気付いた神野も恥ずかしさが勝ったのか、急にしおらしくなった。股間をおもむろに両手で隠す。

「その、どうしようか。さすがに俺もこれ以上脱ぐわけには……」

 加害者も既に上半身は素っ裸だ。これ以上脱げば、パンツ一丁の男とノーパンでズボンを履く変態の出来上がりである。加害者はこの時ほど素肌にYシャツとか若干ワイルドだよな、などと考えていた自分を呪った事は無い。Tシャツでも下に着ていれば良かったのだ。後悔と共に溜息を漏らす。

 その様子が神野の怒りを完全に静め、冷静な言葉を吐ける心境を与えた。

「とりあえず、俺が乗れるように助手席を片付けるのはどうだろう?」

「うん、そうだな。あとはそれから考えよう」

 二人の出した結論は現実逃避に近かった。それでも現状の問題を一つずつ解決しようとする前向きな考え方ではある。たぶん。二人は無言で助手席に回って銃器を取り出す作業を開始した。


 丁寧に、暴発しないように。

 山を切り崩すのには慎重を要した。それでも黙々と続ければそう時間がかかるものでもない。整然と地面に並べられた銃器を見渡して神野は嘆息した。

 数にして三十。手榴弾は四十個あった。小さい物から大きい物まであるとはいえ、加害者一人が使うには過剰武装にも程がある。これが助手席程度の空間に収まっていたというのだから笑えない。加害者は神野を精神的に強いと評したが、これを隣に平然と運転を行える当たり、自身の精神的頑強さも相当な物である。

「で、こいつらどうする?さすがにその辺に捨てるわけにもいかないよな?」

「いや、捨てていこう。ぶっちゃけいらないし」

「は?」

 予想外の答えだった。とても銃火器マニアの決断とは思えない。

「いいのか?大事な物なんじゃ……」

「いいや、命の方がもっと大事だよ」

 しかり、と神野は頷く。蒐集品しゅうしゅうひんも、それを観賞するための命無くば意味を失う。

「じゃあ、俺の格好についてだが、少し戻って探してみるのはどうだろう」

「ああ。俺もその線が妥当だと思ってたよ。運が良ければすぐに見つかるかもしれないしね」

 話はあっという間にまとまった。二人はそれぞれトラッカに乗り込む。

「次は安全運転で頼む」

「うん……ごめんな」

「気にするな。俺も大人気なかったよ」

 意気消沈する二人とは対照的に、再びトラッカのエンジンが盛大な咆哮を上げる。そして今度はゆっくりと加速を始め、比較的遅い速度で走り始めた。

※たまに漢字に振り仮名が振ってあるのは筆者が読み方忘れるから。


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