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壱ノ巻


いわゆる伝奇ものです。現代です。


 

 復讐はいいものだ


 憎らしいアイツの苦痛に歪む顔を想像するだけで嘔気をもよおすような歓喜や狂喜、それと共に、彼奴への強い侮蔑が沸いてくる。


 私は愛しい恋人を思い続けるように、アイツの事を考え続け、憎み続けた。 


 「願わくば、七夜神話の成就を……」


 窓を打ち続ける雨は、まるで彼女の心象のよう。それは何時迄も止むことは無かった。   


 

      



  第一夜。 烟月家の館で。 


 「……あ〜、こりゃ酷い夜だ」


 我が万年カレンダーを覗いて見ると、7月1日を告げていた。いくら何でも嵐は早いだろ。


 雨は横殴り、雷は鳴りまくる。大家の代理管理人としては


 後始末が大変にならないか心配だった。特に窓ガラスが割れて無いか心配だ。


 この屋敷には凄い生い立ちがある。


 ──何せこの屋敷は魔法使いの一族に、作られた屋敷なのだ。


 僕はこの屋敷の元主人に何故か気に入られ、管理人となった。


 大分アバウトな話だが、高卒のフリーターだった僕にとって、これ程うまい話は無かった。


 元主人が言う話、最近の魔法使いは金欠なので仕方なく一族の知り合い達を呼んで泊めているらしい。


 部屋の管理などの、煩わしい仕事は面倒臭いので僕に任せた……、という訳みたいだ。   


 魔法使いとその知り合い達は、思ったより付き合いやすい人達だ。


 ───あくまで、思ったよりはマシだっただけだが。やはり全体的に、一癖ある奴らが多い。


 

 否、全体的に何かがおかしい。



 第一、建っている場所がおかしかった。


 ここは、市が埋立地を造って再建しようとしたが失敗し


 ほぼ廃墟になった町の中にあった。


 しかも、その中で、埋め立ての際出来たゴミ山の上に、この館は建っていた。


 当然、電気は自家発電だ。


 魔法使いといっても毎晩サバトをやる訳でも無く、おとなしく暮らしていた。


 ただ、ここの家主の一家は、僕の見えない所では内輪揉めが激しいみたいだ。


 屋敷の主人のオッサンが死んでからは、それは鈍感な僕でも感じ取れるほど、喧噪は繰り広げられていた。


 折角買ってきた他人のアイスクリームを冷蔵庫に入れなおしたり


 一度使ったつまようじを元に戻す位ならいいのだが、酷い時には長女が階段から突き落とされそうになったのを見た。


 やはり、魔法使いの間でも跡継ぎ問題はあるみたいだ。


 それはもう、僕の見えない所では、“渡る世間”もビックリの恐ろしい愛憎劇が繰り広げられている……、と思う。

 

 「……ちょっと、管理人!郵便受けが飛んで行きそうだぞ、止めてこい!」


 赤いロン毛の兄貴が文句をいってきた。少なくとも、僕より丈夫そうな兄ちゃんだ。


 でも、管理人としての仕事をサボる訳にはいかないので、部屋に引っ掻けてあったレインコートを引っつかみ、部屋を飛び出た。


 



            *



 郵便受けには既に先客がいた。


 「おっと。可愛らしい先客さんだね」

 

 「───一昔前までは、ワイに出会う度にビビってたのに。嫌な奴になったもんやな」


 ジブン一人で歩き、喋れる人形。

 

 ここに来て一年たつので、もうこんな事には慣れっこだ。


 「───それと、昔から言おうと思ってた事なんだけど、その関西弁どう考えても間違ってるよ」


 「んな冷たいこと言わんで。このぐらいしないとキャラが立たんやろ」


 「んで、何で君がここに居るの?」


 人形は黙ってしまった。びしょ濡れの長い髪を手くしで梳きながら僕を睨んでいる。


 フェチな人々にはタマランのかもしれないが、一応この人形の本性を知る身となれば、あまり好きになれない。


 相手は黙っているので、郵便受けを固定する作業を始めた。適当にクギを打てば大丈夫だろう。


 金づちで何度も自分の手を打った。所詮は図工2の仕事だ。


 この郵便受けは、住民で共有しているのでプライバシーもクソもない。


 そのため、僕は管理人専用の郵便受けを使用しているので、あまり関係ないのだ。


 「……オイ、黒瀬ぇっつ!」


 いきなり糞人形に怒鳴られた。しかも、口調が大阪のオバちゃんみたいだ。


 「何だよ糞」

 

 「ワイはクソってゆう名前じゃあらへん!夏侯惇って名前がちゃんとあるんや!」

 

 「懐かしい世界史の授業を思い出させるね」

 「んな事どうでもいいわな」


 人形は面倒臭そうに頭をボリボリ掻きながら、遠くを見ている。


 「───ホンマ、忘れとんのか黒瀬ぇ」

 

 「ん、何を?」

 

 「……なんつったって、今日は新しい屋敷の買い取り候補がくる日やないか」


 何でお前が知ってるんだよ、と思ったが、今回ばかりはツッコまない事にした。


 「……やべ、完全に忘れてた」

 

 「あきれた。自分の事やから、住民の名前を全員覚えてないんやろ」

 

 「んな事はない。隣の馬鹿三隅に、ロン毛のアルバートだろ、それと、ここの姉妹紫苑と光樹だ」 


 「お前にしては上出来や」 

 

 よくよく考えてみると、この馬鹿でかい屋敷にしてみれば、とても住民が少ない気がした。


 まあ、住民募集をしていた時に、親父さんがポックリ逝っちゃった事を考えれば仕方ない事か。


 ガチャポンで手に入れた安物のピカチュウ時計が示すに、時刻はとうに約束の時間を過ぎていた。


 僕は何となく依頼主はこの嵐に怯んだのか、日にちを変えたのかもしれないと、楽観的な気分になってきた。


 何せここは、電波の届かないような所だから、連絡が中々取れなかったと言い訳がつく。


 そう考えると、なんだかメンドウになってきた。


 「どうでもいいけど、君の主人は何処に行ったの?」

 

 夏候諄といった人形や、“ヒトに及ぶぐらいの知能のあるモノ”は、必ず主人がいる。


 亡くなった魔法使いの旦那は、あまり他の人と魔法の話をするのは好きでは無いようだったが、これだけは自発的に教えてくれた。


 「アイツは死んだ」

 

 「……ウソだぁ」 

 

 「お互い死んだ事にしようって、アイツが言ってたんや。───それと、郵便受けにワイ宛てになにか届いてへんか?ワイは手が届かんのや」

 

 「お前ドチビだからな───、ほらよ、お前宛てに一通。どんな酔狂な野郎から貰ったんだ?」

 

 「MYペン・フレンドからや。3DKの黒瀬にはわからんやろ」

 

 「失礼な。僕にだって彼女はいたぞ。この前、“ゴメンナサイ。富士の病にかかったの(;‐;)もう付き合えません(>‐<)”ってメールがきて破局に……」

 

 「もうええわ」


 人形は呆れ顔で僕を見た。何だか無性に悲しい。


 その時、強烈な臭いが辺りを覆った。


 ……この臭いは間違いなく、人が死んだ時に出てくる死臭だった。


 「──っ!こっちか!」


 依頼主との約束をも忘れ・・・、もとより無視しようと思っていた約束をすっぽかし、嵐の中、死臭の本の方に走っていった。


 「オイっ、どうした黒瀬ぇ?!」


 後ろからは、頼んでもいないのに、夏侯惇がついてきた。ちょこまかとウザい奴だ。


 「───人が一人死んだ」


 心臓のコドウが早まる。やはりこの臭いを嗅ぐのはそう簡単に慣れるものじゃない。


 思った通り、裏口2階のバルコニーから人が突き落とされていた。───即死のようで、そこからの死臭は並ならぬものだ。


 「・・・こ、光樹やないか」


 彼女は標本のように綺麗に死んでいた。


 烟月家の次女、光樹。


 あまり話した事は無かったが、頭のキレる人だったらしい。


 ───ふと僕は3階を見た。


 そこには長年苛められ続けていた紫苑さんが窓の側で笑っている。僕と目が合うと、はっとした様子で逃げ出した。


 「───私なら脈を計って生死確認をしますよ、そこのお二人さん」


 急に後ろから話しかけられたのでビックリして飛び上がりそうになった。



 「……おやおや、二階から落ちた位でこの女は即死ですか。もっと人間は丈夫なものだと信じていたのに」

 

 「・・・あんたが依頼主か?」


 傘もささず、雨にびしょ濡れのこの女が、今回屋敷を買い取ろうとしている依頼主だと気づくのに


 少し時間がかかった。てっきり、死体を扱い慣れた仕事人の一派かと思った。


 「こんにちは。私はこの屋敷を買い取ろうとしている、村城あさぎという者です。それと、どうしますこの死体?」


 「当然、警察に通報せなあかんやろ。通報は国民の義務やし」


 「それもそうですね」


 村城は至って冷静に、携帯電話を取り出した。


 「でも、ここは圏外。これじゃあ、警察も呼べませんね」

 

 あさきだかあさぎといった女は、むしろこの状況を喜んでいるようにも見えた。


 彼女は、美人と言えばその顔は美人なのかもしれないが、口調からだけでなく顔からして、冷たい感じが伺えた。

  

 「……その死体は今の所、たいして腐ってないみたいですね。これ以上腐らせたらアレですから、冷凍庫に突っ込んどきましょう」

 

 「よくそんなに冷静になれるねぇ・・・」


 不自然な程、彼女は冷静だ。まぁ、冷凍庫に突っ込むという判断は、冷静とは言えないかもしれないが。

 

 「死体なんて何度も見たら慣れますよ。それに、貴方こそ、この人を見ただけで、死体だと断定したじゃ無いですか。そういう事は殺した本人じゃないと分からない筈じゃないですか。貴方も十分怪しいですよ」

 

 僕はこの女の言うことを無視した。


 それにしても、一刻も早く警察を呼ばなくてはならない。

 

 ここは携帯の電波も届かないような田舎の丘の上だ。外と連絡を取るには有線電話を使うしか無いだろう。 


 「・・・電話線が繋がっている所は・・・、管理室か?」


 僕が走って行く背で、彼女は冷たい目で言った。


 「・・・フン!逃亡貴族の烟月家に外に連絡する手段がある訳無いでしょう!」 


 狼の咆哮に似た、冷たい声だった。 


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