実在する鬼婆
正月休みで帰省していた時だった。
夜中、急に祖母が苦しみ出した。
顔色も蒼白、腹部が痛い言う。
これはマズイ。
救急車を呼ばなければ。
電話口に立ったところ、母に遮られる。
いったい何なの?夜中に。
ばあちゃんがヤバイ。
救急車呼ぶわ。
やめなさい!
は?
と、父も出てきた。
様子みなきゃダメだろ。
おいおい、メチャ苦しがってるぞ?
つか、あんたの母だろ!
明治生まれの祖母は非常に我慢強く、
滅多な事では痛みを訴えたりしない。
その祖母が涙を浮かべている。
仕方ない(って、おい)
病院に連れてくか。
オッサン、仕方ないのか?
やかましい。
だまってろ!
かくして祖母は、近所のヤブ医者の
所へ連れて行かれた。
両親は祖母を何だと思っているのか…
診察結果は鼠径ヘルニアだった。
明日にでも総合病院で受診するように、
との事。
応急処置で痛みは引いたみたいだが、
やはり苦しそう。
ばあちゃん、脱腸だってよ、脱腸。
女なのに脱腸(≧∇≦)
あはは〜
狂喜乱舞する母。
あんなに笑った母は、後にも先にもこの時
見た以来。
祖母は涙を流していた。
あんた人間かよ?それでもさ。
だって脱腸だよ?脱腸(≧∇≦)
母に何を言っても無駄だろう。
火に油とはこの事だ。
祖母の手を引き、病院を後にした。
きっと鼠径ヘルニアの痛みよりも、心の傷が
痛かったんだろう。
布団に入れても尚、祖母は泣いていた。
数日後には静岡に帰らなければならない。
帰宅後、私は祖母宛に手紙を書いた。
内容は覚えていないが、無理しないでくれ、
近々職場を辞めて地元に帰るから、それまで
元気でいてほしい、そんな内容だったと思う。
ほんの気持ちだが、小遣いも添えた。
帰り際に祖母へ直接渡した。
その次の夏に祖母は他界した。
享年88歳、くも膜下出血が死因だった。
死後に遺品を整理していたときのこと。
祖母の綿入半纏から、あの手紙が出てきた。
開封されていたが現金は手付かず。
母は一万円札を抜き取り、封筒と手紙を読む
ことなくゴミ箱へ。
便箋は何度も折り曲げられた形跡があり、
幾度も読んだ事が伺われた。
よく見れば字が霞んでいる。
ばあちゃん、泣いてたんだな。
臨時収入を得た母は、更なる戦利品を求めて
あちこちを漁っている。
こいつが殺したようなもんだ。
私は確信した。