表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手を繋ぐことができなくなっても ——アイドルになった君へ——  作者: 早谷 蒼葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第一幕 繋いだ手

第一幕 繋いだ手


 僕たちが中学三年だったあの頃、放課後はいつも騒がしかった。


 通っていたのは、大和やまと中学校。そこで僕が所属していたのは漫画研究部——通称漫研(まんけん)沙友里さゆりはダンス部だ。部活帰りの声、下駄箱の音、夕方に近づく校舎の匂い。でもその日、僕たちだけが違っていたのかもしれない。


直哉なおや


 呼ばれて振り返ると沙友里がいた。制服の袖を少しだけ引っ張って、言いにくそうに視線を落としている。


「……一緒に帰ろ?」


 断る理由なんて、最初からなかった。並んで歩く帰り道。何だかいつもより歩幅が合わない。明らかに様子が違っている。



 沙友里は何か言いたそうで……でも、言わない時間が続く。沈黙に耐えきれなくなったのは、僕のほうだった。


「どうしたの?」


 沙友里は一瞬だけ驚いた顔をして、それから小さく息を吸った。


「ねえ……笑わないで聞いてほしいんだけど」


 そう前置きする時点で、何かあるのは分かる。だから、その言葉の続きを、聞き逃さないようにした。


「アイドルに、ならないかって……言われた」


 足が止まる。沙友里も立ち止まる。


「まだ、口外しないように言われるけど……その……」


 沙友里の言葉が揺れている。冗談じゃないことだけは、すぐに分かった。昔から沙友里はアイドルになりたいと言っていたのを、僕は知っている。


「学校で……ダンス部からアイドルを育てるプロジェクトがあるらしくて。私、候補の一人に選ばれたの」


 僕は笑わなかったけど、言葉を発するのに少し時間がかかった。


「いいじゃん」それだけが口から零れた。


 それ以外の言葉が出てこなかった。


 沙友里が顔を上げる。泣きそうだけど、笑っていた。


「……本当?」


「漫画だったら、ここが第一話だよ!」


「……なにそれ」


 沙友里が小さく笑った。泣きそうだった顔が、少しだけ緩む。


「歌うのも、踊るのも好きだよね?」


「……うん」


「向いてると思ってた」


 それは、取り繕った励ましじゃない。ずっと一番近くで見てきたから言えた言葉だった。


 沙友里は、目を伏せて小さく頷いた。


 そして、次の瞬間——ぎゅっと、僕の手を握った。意識していない動きだったと思う。 自分でも驚いたように目を見開いて、慌てて手を離そうとする。


「ご、ごめん……」


「いいよ」


 そう言ったけど、正直、心臓の音がうるさかった。初めて触れる沙友里の手は、思っていたより温かくて、少し震えていた。


「……怖いんだと思う」


 沙友里が、ぽつりと言う。


「行ったら、変わってしまいそうで」


 僕は歩き出して、彼女の手を取った。今度は僕から。


「変わってもいいと思うよ」


「……え?」


「僕は観客席の最前列で応援するから」


 沙友里は何も言わずに、ただ手を握り返してきた。約束も、未来も、まだ名前のない不安も、全部がそこにあった。


 夕焼けの中で、僕たちは手を繋いで歩いた。それが当たり前のように。普通の恋人のように。


 どこかで犬が吠えている。僕には、やけに遠くに聞こえた。


——僕は、沙友里の味方でいよう。


 手のひらに感じる温もり、それだけが確かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ