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冤罪で投獄されましたが、なぜか公爵様の妻になりました。  作者: あけはる


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1/1

冤罪で投獄されましたが、なぜか公爵様の妻になりました。

※短編・一話完結です。

 牢獄は、思っていたより静かな場所だった。


 石壁に染みついた冷気が、夜の帳とともに身体を包む。

 聞こえるのは――鎖の音とすきま風、それに自分の呼吸だけ。


(明日、私は死ぬのね)


 エリシアはこの牢屋の唯一の窓である、遥か高くの天井窓を見上げていた。

 

 王太子の婚約者だった。

 名門公爵家の長女だった。


 それが、ほんの数日でこんなことになるなんて。

 いまだ信じられない。

 どこか絵本の世界を見ているようだった。


 転落の始まりは些細なことだった。


 婚約者である王太子の執務室。

 次の王室行事の資料について確認しようと訪れたとき、

 扉の向こうから聞こえた、低い声。


「……例の帳簿は?」


「とある方の尽力にて別名義で流しています。財務部でもきっと後を追えないでしょう」


「最近役人が嗅ぎまわっているという噂も耳にした、慎重に進めろ」


(帳簿・・・?別名義・・・?何の、話?)


 私は足を止めた。

 聞いてはいけない、と本能が告げていたのに。


「はい、滞りなく。パラキドール公爵にも某所からお力添えをいただいておりますゆえ」

 ――私の父の名だった。


(お父様……? どうして……)


 気配を殺して離れようとした。

 けれど、父の名に動揺した足元が、磨き上げられたタイルをコツン鳴らしてしまった。


(立ち去らなければ・・・!)


 そう思ってもエリシアの体は恐怖に固まってしまい、その場から動けなかった。


 扉がひらく。

 恐ろしく冷たい目をした王太子と、見知らぬ女がこちらを見ていた。

 女は白い衣に身を包み、あやしく微笑んでいた。


 (大聖女ミケーラ様・・・)


「エリシアじゃないか。どうかしたのかい?」


 王太子は不自然な優しい声で足早に近づいて来る。


「い、いいえ!次の行事の打ち合わせを、と参りましたが、

 殿下はお忙しいご様子、日を改めますわ!では、失礼いたします!」

 

 私は必死で笑って誤魔化し、一目散にその場を去った。

 何も知らない、そうふるまった。


 ――そのはずだった。


◇ ◇ ◇

 翌朝。


 王城に与えられた私の執務室に、王太子付きの近衛兵が踏み込んだ。


「パラキドール公爵令嬢エリシア、反逆の嫌疑により拘束する!」


 意味がわからなかった。

 

 差し出されたのは、封書。

 中には――王家の印璽がおされた書状と、私の署名がある敵対国への密書。

 

 そんな密書など書いたことも見たこともなかった。


(偽造・・・!)


「こんなもの、私は存じません!濡れ衣です!」


「黙れ、証拠は揃っている。王太子殿下もご確認済みだ」


 直属の兵士に囲まれた王太子は、決して私を見ず、

 ただ、淡々と告げた。


「裏切ったのだな。エリシア」


 その一言で、世界が崩れた。


 幽閉。尋問。

 そして、処刑。

 あまりに早すぎる転落だった。


(誰も、私を信じてくれなかった)


 叫んでも、泣いても、無駄だった。

 

 父はあっという間に異母妹を担ぎ上げ、エリシアを勘当した。

 まるでゴミを捨てるかのように・・・


 こうして私は、人生最後の夜を迎えてた。

 冷たい床に座り、膝を抱える。

 指先が震えるのは、寒さのせいだけじゃない。


(……せめて、痛くないといいな)


 ―――そのとき。

 牢屋の入り口、重い鉄扉が、軋む音を立てて開いた。


 灯りが差し込み、影が伸びる。


(……誰?)


 現れた男を見て、息を呑んだ。


 黒い外套。研ぎ澄まされた体躯。

 氷のような灰色の瞳。


 王国で知らぬ者はいない若き美丈夫。


(ルーファス・スターリング公爵・・・)


 冷酷無慈悲。およそ感情を持たぬ男。

 現在は政庁業務についているが、敵対すれば容赦しない。

 剣術の腕も確かだという。

 

 そして王太子と対立する第2王子派閥の、筆頭貴族だ。

 王太子派のパラキドール公爵家とは犬猿の仲であった。


 そんなルーファスが、なぜこんな場所に。


 公爵は鍵を鳴らし、檻の前で止まった。


「時間がない」


 低く、無駄のない声ががらんとした牢屋に響く。


「単刀直入に言う。明日の処刑は中止させる」


 私は、思わず笑ってしまった。


「……冗談はおやめください」


「冗談ではない」


 ルーファスは、エリシアを真っ直ぐ見た。


「君は冤罪だ」


「……っなぜ、そのことを」


 声が震えてしまう。


「少し前に王太子の資金使途に不正が発覚した。

 私の所属する財務部は、秘密裏に調査を進めていたのだ」


 ルーファスの表情が歪む。


「だが、こちらの動きに気づき、王太子派の貴族たちは狡猾にも偽造文書、

 偽証人まで用意していた。来るべき時に全て、誰かに罪をなすりつけるために」


(それが、私・・・)


 胸の奥が、冷たくなる。


「……なぜ、私が」


 公爵は少しだけ表情をゆがめた。


「君は、偶然見てしまったから」


 あの夜。

 執務室の前で聞いた、あの会話。


 私の背筋が、ぞくりと震える。


「ただ、君が耳にしたのはあいつらの不正の一端だ」


 冷や汗が背を伝う。


「だから消される。罪をでっち上げ、口を封じる」


 私は唇を噛んだ。


 悔しい。恐ろしい。

 そして――どうしようもなく、虚しい。

 

 王太子にふさわしい妻になるためと、幼い頃から遊びはそっちのけで王太子妃教育に取り組む日々。

 家族にもろくに会えないまま王城で執務をし、お茶会に出、実母の死に目にも会えなかった。

 血のにじむような努力の末に、気づけば実家には義母がおり義妹まで誕生していた。 


(結局、私の一生って何だったんだろうな・・・)


 そんなエリシアを知ってか知らずか、公爵は淡々と言葉を続けた。


「本来、裁くべきは君ではない。

 だが王宮はすでに王太子派に染まりかけている」


「……それでは、私は」


「このままだと、死ぬ」


 即答。

 冷たい現実が、胸を貫く。


 私は笑うこともできずにただ、息を吸って、吐いた。


 公爵は一歩近づく。


「だから、別の手段を取ることにした」


 ルーファスはそう言うと、

 牢柵の隙間から片手を差し込み、エリシアの手を握った。


「君は、私の妻になる」


「……は?」


「正式な婚姻だ。書類も承認も、こちら側の伝手ですでに用意した」


 頭がおいつかない。


 すると彼は外套の内側から一枚の書類を取り出し、広げる。

 本物の玉璽。スターリング公爵家の印。


 (本物だ)


 その重みが、紙越しに伝わってくる。


「婚姻成立と同時に、君は王族管轄から外れる。

 そうなるともう、王太子派は手出しできない」


 助かるかもしれない―――

 そんな希望が見えたエリシアだったがふと疑問がわく。


「ですが、それでは、公爵様にはなんのメリットもありません」


 そうなのだ。

 王太子派に嵌められたエリシアを助けることはすなわち、

 スターリング公爵家が()()()()、王太子に逆らったことと同じだ。

 

「いいや――」


「では、一体どうして・・・?」

 

 (私を助けて王太子派と全面的に対立するなんて、

  スターリング公爵家にメリットがなさすぎるわ・・・)


 困惑して言い募るエリシアを見つめ、

 咳ばらいをし、視線をそらしたルーファス。


「俺が、君を好いているからだ」


 心臓が、跳ねた。


「……え?」


「だから、メリットは十分ある」


「ええ・・・?!」


「初めて見た時から、ずっと―――」


 美しい金髪からのぞくルーファスの耳は、

 暗くてもわかるほど赤く染まっていた。


(私、彼に会ったことがあるかしら・・・・)



「君は覚えていないと思う。ただ、俺はその時―――」


 記憶に思いをはせ、


「返事は不要だ」


 そう言うとエリシアの手をそっと放し、ルーファスは立ち上がった。


「悪いが、君が拒否する権利はない」


 私は思わず身をすくめた。


「いえ、そんな・・・」


 突然降ってわいた希望と寄せられた好意に、まだ驚きがおさまらない。


「……どうして、ここまで」


 震える声が漏れる。


 公爵は、少しだけ眉を寄せた。


「気づいたのだ。俺は、君を失うのが一番怖ろしいのだと」


 その澄んだ青い目にはまっすぐな好意と誠実さが揺れていた。

 

 その生命力はとても、美しかった。


(……私、まだ、生きたい)


 こんなふうに自分のことを愛してくれる誰かと一緒に

 人生を歩んでみたい。


 エリシアの心にわずかな灯がともる。 


「名残惜しいがそろそろ行かないとまずい。

 ここの門番は、俺が帰った後から我々の仲間に代わる手はずになっている。

 寒さしのぎの毛布などもたせよう」


 踵を返すルーファス。


「明日、必ず助けに来る。あと少し耐えてくれ」


 そう言い残して帰っていった。



◇ ◇ ◇


 翌朝。


 私は王都の中央広場に作られた、処刑台に立たされていた。


 両手を縛られ、広場の喧騒が耳に刺さる。

 あの後ルーファスの言葉通り温かい食料や毛布が本当に持ち込まれ、

 牢屋とは思えないほどに快適に過ごすことができた。

 

 両手の縄の縛りもかなりゆるく巻いてもらっている。


 処刑台の上から見る群衆の顔は、怒りと好奇心で歪んでいた。

 王太子派が噂を流したのだろう。


「反逆者め!」


「王太子殿下を裏切った女だ!」


 私は、目を閉じた。


(……必ず、助けは来る)


 昨夜の救いは夢だったのかもしれないと一抹の不安もよぎるなか、

 ルーファスが来るのをただひたすら待った。


 すると―――

 


「執行を止めよ」

 たくさんの馬の蹄が石畳を打つ音がとともに、

 威厳ある声が、広場を切り裂く。


 中央広場に第2王子の御旗と、スターリング公爵家の御旗が翻った。


 現れたのは――黒い外套の男。


 ルーファスだは処刑台の前まで進み、淡々と告げた。


「パラキドール公爵家エリシア嬢は、本日より私の妻となった」


 右手には書類を掲げている。


「本日付で、正式に婚姻が成立した。

 法に則り、彼女の身柄は公爵家の管轄に移る」


「な……!」


 王太子が、声を荒げた。


「そんな勝手な――!」


 ルーファスは一切動じない。


「勝手ではない。ここには王の承認を示す玉璽がある」


 駆けつけた群衆がどよめく。

 

 王太子の顔が、みるみる青ざめた。


「そ、そんな、ありえない!父上が・・・まさか」


 公爵は次の書類を取り出した。


「加えて、こちらは証拠だ」


 淡々と。けれど、容赦なく続ける。


「資金用途の不正。違法取引。文書や証人の捏造。

 そして何より、エリシア・パラキドール公爵令嬢へ罪を擦り付けようとした冤罪!

 すべて、証拠は揃っている」


「黙れ、黙れ、黙れ!」


 王太子が叫ぶ。


「俺は王太子だ、皆、こいつの言うことを信じるな!」


 公爵が率いてきた第2王子付きの近衛兵に視線を向ける。


「逮捕しろ」


 近衛兵は迅速に動き、

 王太子に付き従っていた貴族たちが、逃げようとするも囲まれ続々と捕まっていく。


 そんななか白いヴェールをかぶり

 一人余裕の表情を浮かべている大聖女ミケーラ。


 彼女のもとへルーファスは歩みを進めた。


「聖女は教会法にしたがっておりますの」

 

 表情自体は謙虚そうに見えるが、その瞳には狡猾な光が宿っていた。


「ここまで来ていただいて申し訳ありませんけれど、私はこの国の法では裁けませんわ」


 勝ち誇ったように宣言するミケーラ。


 ルーファスはまたしても一枚の書状を取り出した。


「ミケーラ・フォン・ヴァルデン、聖女偽装の罪により逮捕する」


 真実だけを切り出した言葉の刃は、聖女の厚い仮面をはぎ取った。


「はあっ!?何を言っているの!」


「あなたはバレていないと思っていたのだろうが、俺には聖魔力のある人間が白く光って見えるのだ」


わめくミケーラにルーファスは淡々と説明した

 

「あなたからは聖魔力を一切感じない。あなたは聖女ではない」


 群衆が騒めく。


「大聖女ミケーラが偽者だって?」

「なんてこった!」

「俺たちを騙していたのか!」


 怒りに震える群衆たちが、王太子派の面々やミケーラにむかって意志を投げ始めた。


 王太子は唇を震わせた。

 助けを求めるように周囲を見回したが――誰も応えない。

 いや、味方すらいない。


 ルーファスは、最後に私を見た。


「彼女は冤罪だ。裁かれる必要は一切ない」


 そして視線を王太子へ戻す。

 氷のように冷たく情け容赦のない表情。


「処罰されるのは――あなただ、王太子アドルフ!」


 その瞬間、全てがひっくり返った。


 私はすぐに縛られた縄を解かれ、処刑台から降ろされた。


 足が震える。

 泣きそうで、前が滲む。


 ルーファスが手を差し出す。


「さあ、手を」


 私は、その世界でいちばん温かい手を生涯忘れることはないだろう。



◇ ◇ ◇

 馬車の中。

 揺れに合わせて、窓の外の景色が流れていく。

 王宮の尖塔が遠ざかりスターリング公爵家の屋敷へ向かっていた。


 私は、ようやく息をつく。


「本当に、本当にありがとうございました」


 声が震える。


 ルーファスは向かいにゆったり腰掛け窓の外を眺めていた。


「こちらこそ、巻き込む形になって申し訳なかった」

 

 ルーファスは小さく息を吐く。


「いや……それだけではない」


 金髪の間からのぞく耳は赤い。


「俺は、一生、君を愛するつもりだ」


 私は、目を見開いた。


「……どうして、そんなことを平然と言えるんですか」


「・・・さすがに平然ではない」


「え?」


 エリシアが顔をあげると、公爵は首まで赤くなっていた。


 ――ずるい。


 さっきまでの冷酷無慈悲の仮面の下で、実はそんな顔をするなんて。


「ルーファス様、お顔がゆでだこのようですわ」


 私はこらえきれず、笑ってしまった。

 涙も一緒に。


「私……生きていて、よかったのですね」

 

 涙を幾筋も流すエリシアに

 公爵は何も言わず、懐から小さな箱を取り出した。


 開くと、指輪。


 中央の宝石はキラキラと輝き目を奪われるほど美しかった。


「君に似合うと思って」


「……まあ」


 まだ赤い顔でさらりと差し出す。

 私の胸はどきどきと早くなっていく。


 するりとまるで元からそこにあったかのように指にフィットする指輪。

 冷たい金属が、すぐに体温で温まっていく。


「これで君は、私の妻になった」


「……断れませんね」


「ああ、よろしくたのむ」


 私は薬指で輝く指輪を見つめた。


 処刑されるはずだった私が。

 孤独に死ぬはずだった私が。


 今は――誰かの“守るもの”になった。

 それがとても嬉しくて。

 目の前でまだ赤い顔をしてそわそわしている人が愛しくて。

 

 馬車が揺れる。

 私は、そっと公爵の手を握った。


「……私のほうこそ、末永くよろしくお願いいたします」


 顔を見合わせて――小さく、頷いた。


 これからは――

 強くてまっすぐで、少しかわいらしいこの人と、生きていく。


 窓の外には、夜明けの光が広がっていた。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

少しでも良かったと感じていただけましたら、

評価やブクマ等応援入れていただけると励みになります。


まだまだ書き溜めてある短編~中編を投稿していく予定です。

よろしくお願いいたします。

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