2.手紙
知ってはいたが、ネット環境は悪いようて、電波を示すアンテナはひとつつくかどうかだ。
WiーFiは通っているみたいだが、パスワードがわからない。管理人の男に聞けばなんとかなりそうだが、もう一度会いにいくのは嫌だと思った。
手持ちのスマホも、タブレットもどちらも保存していたものしか見ることができない板に成り果てる。
そうこうしているうちに、陽が落ちてきて、夕日の橙色が窓から広がっていく。そろそろ電気をつけようと思って、部屋唯一のドア近くのスイッチをカチカチと動かしてみるが、着く気配はない。
「マジか……」
暗くなる部屋に、何ひとつ自分の思い通りにいかない状況に焦りすら感じた。
コンコンっと、ドアが鳴る。
「おーい、いるかー!」
開けてみると、目の前には予想通りの先程あった男がいた。先ほどは白いシャツ姿だったが、今はラフなジャージとTシャツだ。
「お、301B。お前ご飯まだだろ、案内してやるから行こうぜ」
笑って手を引かれる。それはとてもありがたい。部屋にいても何もすることがないし、どのように動いたらいいかわからなかったからだ。しかし
「その名前、どうにかならないのか?俺、ちゃんとした名前あるんだけど」
「あ?番号?そのうち慣れるよ、本当の名前なんて別にここでは誰も必要としてないしな、今日は日曜だし、あんまり食堂で食べるやついないから、お前がいて助かった!」
彼は笑って俺に振り返る。黒より茶に、少し不思議な色合いの肌と、ヨレヨレのジャージはどこかアンバランスに見える。
「ん?あ、俺、ばあちゃんが外国の人だからちょっと違うかもな」
そう言って、彼はどんどん廊下を進み階段を下がり始める。
館内は相変わらず静かだ。夜になって電灯がついたが、それも古いものらしくジジジも音を立てている。日曜といっても、人はいるだろうにここにきて会えた人間は2人だけだ、おかしいとは思うもののまだ何もわからない。
食堂は、大勢の人間が座れる食卓が用意されてるが、誰1人として座っていない。
「今日は、ミサの日だから人がいないんだけど、普段は座る場所を探すのも大変なくらいさ、ラッキーだな」
彼はそういって、食堂の中の厨房が見える台に用意されているいくつかのトレイをとって来る。
トレイの上にはカレーとサラダと飲み物を入れるコップが用意されていた。俺も彼に習い、トレイを取り、彼が座った席の向かいにトレイを置いた。
味はなんの変哲もないカレーライスだ。食欲盛りの男子には少しばかり物足りない気もするが、今日は疲れて食欲がないのでこれで良かった。
「ご馳走様……あの、ええと325A君?」
前の男はにっこりと俺に微笑む。
「お、なになに?」
「色々とわからないんだけど、そのありがとう……まじで助かった」
「どういたしまして。ここ普通じゃないからな、お前も目立たず、地味に過ごして……無事に卒業しような」
なにか、今不穏なことを言わなかったか?
「地味……?」
「ああ、目立ったら『死ぬ』からな。さてっと、どうせ同室のやつ帰ってこないだろうし、明日の朝は俺が教室に連れてってやるから、朝7時半にここ食堂に集合な」
というだけ言って、彼はトレイを持って立つ。俺を慌ててそれに習った。
「そうそ、なるべく目立たないほうがいいぞ」
そういって彼は、ほとんど食べてないカレーを食器返却台に戻していた。
変すぎる。
だいたい父から聞いたのは、寮生活になるということだけだった。まさかこんなとんでもない学校に放り込まれるなんて。
部屋に戻ると、先ほどは付いていなかった部屋の電気がついている。同室のやつが帰ってきたのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「今日は戻らないといってたし……」
同室のやつの机に置かれている教科書は、自分が使ってたものよりも少しレベルが高く、分厚かった。熱心な勉強家らしく、教科書の端のところどころにメモ書きが残されている。
「……仲良く慣れるかな、あんま勉強得意じゃない……」
まだ見ぬ同居人。できるなら、そこそこ良好な関係が築ける相手だといいなと思った。勝手に見た教科書をそっと机に戻して、自分の荷物の整理に取ろうとした時だ。
教科書を机に置いた時の衝撃か何か、少しだけ机の引き出しが開いたのだ。そしてそこから、覗いているのは封筒。人の手紙をわざわざ机から出すなんて、普段ならそんなこと絶対にしないのだが。
「なに、これ」
だって、手紙の当て名にあったのは俺の本名なのだ。間違えて先にこちらに俺宛の手紙が届いたものを、同居人が保存してくれていたのかもしれない。
そう思って、引き出しを開けた。
同居人の引き出しの中は。
「錠剤だ」
いくつもの色とりどりの錠剤がそのまま引き出しに入っており、その上に俺宛の封筒がそっと置かれていた。いくら病人とは言え、錠剤ってそのまま保管するものか?意味がわからず、俺は、その封筒だけを手に取り急いで引き出しを閉めた。
俺は盗みをしたような変に高揚していた。封筒の名前は、やはり自分の名前だ。封を開けられた気配はない。裏を返すと、リンゴのシールが貼ってある。女子のようだなと思った。
俺はドキドキして、ハサミをその封筒に当てた。