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第三話 『指環』

着ていた衣服の端をちぎり、それを撚り合わせて紐を作り、それを二人の“指環”に通した。


──この二人は、死んだ後も寄り添えているんだな。


少しだけ憎らしく、でも羨ましかった。


──俺はもう、“あの娘”に寄り添えない。


今だからこそ、“あの娘”が死ぬ時に何かしてやれなかったのか、と後悔が襲ってくる。きっとしてやれることは何もなかっただろう。それでも、考えてしまう。

だが“あの娘”の死に顔は──美しかった。“怨み”も“後悔”も滲んではいなかった。

だからこそ、この“指環”を届けてやろう。

二つ寄り添う“指環”を首に掛け、歩き出した。

この道を一日ばかり歩けば、『王都』からの送迎の軍が待っているはずである。そこで一旦事情を説明すれば良いように計らってくれるだろう。


──問題は一日歩けるか、だな。


道はある。水も食糧も無いが、一日くらいなら問題ない。

問題は“魔物”の存在だった。そんなに数多くいるわけでもないから、一日くらいなら大丈夫だと思うが、それも絶対ではない。襲われたら、多分俺は死ぬ。


──俺は、死ねない。


少なくとも、この“指環”を届けるまでは死ねないのだ。

そう思うと笑えてくる。ほんの少し前までは死を望んでいた俺が、今は死ねない、いや、死にたくない、と望んでいる。


祈りを捧げるように、首元の指環を握りしめ、踏み出す脚に力を込めた。


──この一日だけは“理不尽”よ、降りかかるなよ。明日以降はどんな“理不尽”にも耐え抜くから──


だが俺は忘れていた。


“祈り”というものは、いつだって届かないものだということを──



日が暮れ始めた。

少し考えたが、火を焚くのはやめておいた。“獣”は火を恐れるが、“魔物”は火を怖れない。徒党を組んでの冒険中ならまだしも、戦闘能力のない一人旅で火を焚くのは、危険の方が大きいと判断してのことだった。

道を外れたところに大きな木のウロを見つけた。


──ここに隠れて夜をやり過ごそう。


中に入ると思っていた以上に広かった。膝を抱えてうずくまると、不思議と懐かしい気分になった。眠るつもりもなかったのに、俺はそのまま眠ってしまっていた。


──夢を、見た。


幼い頃の夢だった。

“あの娘”が商館に来た頃、いつ見ても泣いていた“あの娘”に初めて話しかけた時の夢だった。


「おまえ、いつもないてるな」

「わたし、“どれい”じゃない」

「そうなのか?おとなはみんな、このいえにいるのは“どれい”だけだっていってるぞ」

「“どれい”じゃないもん!すぐにおとうさまがたすけにきてくれるもん!」

「“おとうさま”ってなんだ?」

「おとうさま、しらないの?おかあさまは?」

「わかんない。なんなんだ?“おとうさま”と“おかあさま”って」

「あなた“おや”はいないの?」

「わかんないけど、このいえのおとなのことはみんな“おや”だとおもえ、っていわれたきがする」

「あなた、かわいそうな“こ”なのね。いいわ、きょうからわたしが“おねえちゃん”になってあげる」

「よくわからないけど、おまえがげんきになったならよかった」


どれくらい眠っていたのだろうか。外を見ると朝()()が白く張りつめていた。

眠ってしまった自分にも驚いたが、それ以上に夢を見たことに驚いていた。


──初めてだ。“夢”を見たのは。


幸せな過去の幻想。だが確かにあったもの。

今はもう無いし、取り戻せもしないもの。

大切な──“夢”。


恐る恐るウロを出て、道に戻った。

薄く()()のかかった静かな朝は不気味に思えたが、昇る朝日はいつも以上に明るく映った。


──行こう。


まだ先は長い。

それでも、歩いていける。


そう思った。

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