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第一話 『刻印』

──皮肉なものだ、と思った。


死を惜しまれる者が皆死んで──

生きているのかわからない自分だけが生き残った。


──世界は理不尽だ。


──だけど、平等だった。


今まで自分に降りかかっていた理不尽は、土壇場で“アイツら”に降りかかった。

“紋”を刻んだ人間は──もう、いない。

でも“紋”を刻まれた人間も、もういなかった。


死の際に立って、ふと思った。


「“生命”に“価値”なんてものはあるのだろうか」


俺にはわからなかった。



『勇者』──と呼ばれていた。

俺と“あの娘”に刻まれた“紋”が示す主人たる男だった。

概ね善人──だったのだろう。人当たりは良かった。周りの人間にも慕われていた。

だが、人一倍執着の強い性質も持ち合わせていたようだった。“あの娘”を見る目に時折、強い執着を滲ませていた。特に俺と“あの娘”が話している時、強くその目線を向けてきた。


ある夜、“あの娘”が『勇者』の部屋に呼ばれた。なんでも「今後の冒険」のことで話があるらしかった。何故“あの娘”だけだったのか、その時は深く考えもせず──だが考えたとしてもそれを遮ることなど出来なかっただろうが──“あの娘”を送り出した。


そして二時間ほど経った後、“あの娘”は帰ってきた。普段も口数が多い方ではないが、その時は輪をかけて無口だった。

「勇者様、なんの話だったの?」

と聞いてはみたが、何でもないとしか返ってこなかった。何でもないって二時間も一緒に居たのに、とは思ったが、既に睡魔に襲われていた俺は“あの娘”が帰ってきてからすぐに眠ってしまった。


その夜半、彼女は声を殺して泣いていた──


翌日から『勇者』は“あの娘”を自分の物のように扱い始めた。いや、奴隷である以上俺たちは「『勇者』の所有物」であることは間違いないのだが、“あの娘”に対してそれまであった“遠慮”が無くなっていたように思う。

そして一番大きく変わったのは、ほぼ毎晩“あの娘”を宿の自室へ呼び付けるようになった。そしていつも二時間ほどで“あの娘”は帰ってきた。何をしているのか、俺にはわからなかった。いや、わからないふりをしていたのかもしれない──


そんな日々がしばらく続くと、“あの娘”は俺と話すことが少なくなっていった。

『勇者』の声を聞くと身体が一瞬固まるような反応を見せるようになり、毎晩『勇者』の部屋から帰ってくると、俺にしばらく部屋を出て欲しいと頼むようになった。


そしてある夜、“あの娘”は夕飯を吐き戻した。俺は心配したが、彼女は何でもないと怒ったように言うので、それ以上は何も言えなかった。

そしてその後、いつものように『勇者』の部屋へ行ったが、その夜は珍しく三十分ほどで帰ってきた。

彼女は帰ってくるや、すぐにベッドに横になった。

俺は何故か何も声をかけることができずに、彼女の方を見ながら座っていた。

「子ども。『勇者』様の」

ふと彼女はこちらに背を向けたまま呟いた。俺に向けた言葉だったのか、独り言だったのか。

「ごめんね」

なんの「ごめん」だったのか。今でも俺にはわからないが、少なくとも彼女は“覚悟”していたのだろう──



『勇者』には“将来を約束した女”がいた。

その“女”とは『王妹』だった。

“あの娘”が身籠ったことを知った『勇者』は酷く慌てて“あの娘”を問い詰めていた。

何故“あの娘”を問い詰めるのだろう、と俺は不思議に思った。『勇者』からしたら、子が出来るのは喜ばしいことではないのか。

ある日、俺たちは『勇者』に連れられて、『王都』へと戻っていた。『王都』へと戻る道中、俺たちは誰も何も喋らなかった。

『王都』に着くや、『勇者』と共に『王妹』に謁見することになった。『王妹』が“あの娘”の顔を見た時の表情は忘れられない。俺たちはすぐに“奴隷”部屋へと戻されたが、“あの娘”はその晩、物々しい兵士たちに連れられて行った。


そして翌日、“あの娘”の首が城市に晒されていた──



“あの娘”の首を見た。

まるで死んでいるとは思えないほどに美しかった。

その表情には、怨みも怖れも無かった。

笑っている、とさえ思った。


俺は生まれて初めて“理不尽”を感じた。


俺たちは怖れすら抱けない。

他人の都合で容赦なく命を奪われ、そのことに対してすら何も思えない。


俺たちは、生きているのか。


そんな疑問は湧いた。


怒りは湧かなかった。湧かないようにされていた。


涙も出なかった。出ないようにされていた。


──ああ、俺は生きていないのだ。


“理不尽”とはこういうことなのだろう。

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