たまご《神田朔》
「あれ?今日の髪の巻き方いつもと違う?雰囲気違っていいね」
「本当ですか!朝時間あったから!似合います?」
…本当によく気がつくのよね、
2人の会話を横目で見ながら、今日もため息をつく。
あの男。
女の子の小さな変化にもいち早く気づいて、さらにリップサービスまで欠かさない–––
そう、あの男。
私の同期で、想い人である。
神田朔25歳、会社員をやっています。
大学を卒業して、今の会社に入社して早3年。
と同時に、あの男とももう3年の付き合いになるらしいです。
「今日も変わらないなー」
誰にも聞こえない声量で呟き、逃げてしまったかもしれない幸せを取り返すべく、大きく深呼吸をする。
もはやここまでがここ数年のルーティーンである。
よし、今日も1日やりますか!と、デスクの上のパソコンに向き合う。
のとほぼ同時に
「今日もでかいため息ついてんなー!朝からもう疲れてんの?」
きた。
「うるさいなー、そんな事ないし」
あの男、水野翔太が。
「昨日夜更かしでもしてたわけ?
顔疲れてるように見えるけど。それとも木曜日だから?」
「なんで木曜日なら顔が疲れるのよ?」
「いや、休みに届きそうで届かない!ってタイミングだから疲れ感じやすくね?」
「あーーーーー、まぁそれは確かにわかる」
先ほどの新卒の女の子との会話を終えて、翔太は隣のデスクに腰をかけた。
本日の朝のご挨拶はひと段落すんだようだ。
「でも今日と明日乗り越えたら連休だしな!ゆっくりできるだろ?どーせ朔は予定もないんだろうし!」
私の想い人は、他の人だと模範解答のようなな言葉を差し出すのに、私に対してだけは、一言二言余計なことばっかり言ってくる。
「余計なお世話ですーー。そっちこそ連休とか言ってるけど、そこまでに仕事終わらせられるの?」
「ちゃーーんとスケジュール組んでやってるんでご心配なく!休む為には準備は怠らない!」
「休む為にはなんだね…笑」
もっと可愛い返しができたらいいが、それができない私も私だ。
ねぇ、私も今日髪型違うんだよ?まいちゃんにはすぐ声をかけてたじゃない。
なんだったらいつもコンタクトなのに今日はメガネだよ?!
おしゃれというよりは、単純にコンタクト切らしてたの忘れてたからだけど…
なによ!私の時は疲れた顔してるって!!
気づいて欲しいのはそこじゃないんですけど!!
確かにここで、
「今日髪型変えてみたんだけどどう?似合う?」
とか聞ける様な素直な性格であったら、こんな思いはしてないのかもしれない。
他の子にある様なキラキラした雰囲気も持ってない。
正直私から見てもまいちゃんはかわいい。すごく良い子だしね!
というより、他の子はみんなキラキラ輝いて見えるし、探してみても勝算なんてどーーーこにもない。
頭の中では回転寿司みたいに思考が回りはじめる。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
まるで本当にお寿司の様に…
ほら!今!回ってきましたよー!たまご(私)が叫ぶ。
でも彼の目にたまごは映らない。新メニュー(まいちゃん)とか季節限定メニュー(取引先の服部さんとか)に目を奪われてる。
そりゃたまごは目に入らないよ!私でも取らないもん!
新メニュー新鮮でおいしそうだもん!
季節限定メニュー見栄えがよくて綺麗だもん!
たまご美味しいけど、ウケがいいのなんて小学生ぐらいでしょ!
頭の中の回転寿司屋は今日も今日とて、大繁盛である。
隣の翔太がなにか喋っている気がするが、こちらはお寿司屋を営業するので精一杯。
…いっそのこと閉店できたら楽なんだけどねー
とまぁ、頭の中はぐるぐるだけど、私も大人なので、そろそろ仕事をしなければいけない。
こちらが本職だし、翔太の言う通り休みの前に片付けたい事は多い。
切り替えるためにも目の前のパソコンに目線を上げると、
「そんな疲れた朔には、これをあげよう。」
翔太の手にあるのはコンビニで売ってる、お菓子。
「え!ありがとう!これ私すきなんだよね」
「知ってる、前に好きって言ってたろ?コンビニで見つけたから俺のココア買うのと一緒に買ってきた」
あぁ、もう。まただ。
たまごになって私は、何回もいっそのこと廃棄処分してくれと思った。
もう鮮度も悪いし、旬でもない。珍しくもない私には見向きもしてくれないから、と。
レーンから降りさせてくれと。
でもそう思うたびに彼は期待させる。
髪型にもメガネにも気づいてくれないのに、こうして私の好きなものは覚えててくれる。
やめたいと思っても、やめられない。もしかしたら貴方の瞳にうつれるかもとレーンに逆戻り
私はパソコンに向けていた身体を翔太に向けながら、お菓子を受け取る。
「ありがとう…いただきます。」
「よっし!連休のために働くぞ!」
「とうとう連休のためになっちゃった…笑」
こうして私は今日もレーンを回ってる、たまごなりの努力を続けて、新メニューと季節限定メニューに囲まれながら。
貴方の瞳に映れるように、精一杯のアピールを。
たまごも美味しいよ!!と