09
声を掛けたのは単なる気まぐれ。
最初は顔は良いけどクソ真面目な新入社員がやってきた程度の認識だった。
でも実際は冗談も言う、それでもって芯のある奴だった。
糸魚川との飯は予定より早く解散になった。
俺はもやもやした気持ちで、高校の先輩のやっている割烹居酒屋「さくや」に向かった。
店内からは賑やかな話し声が聞こえてくる。
「あれ、樹?」
カウンターの向こう側。キッチンに立っていた信一先輩が、俺の姿を見て驚いた顔をした。
「うす……」
「今日デートだろ!? なんでここに……あ、もしかしてフラれた?」
「ち、違ぇよ」
「じゃあ、何で一人なんだよ」
「それは……あっちも仕事で忙しいみたいで、自然と」
すると信一先輩はカウンターの席を指さした。座れってことらしい。
隣に座っていた女の人が言う。
「信一さん、この子は?」
「俺の高校の後輩」
「ああ、そうなんだ〜。凄いイケメンでびっくり」
かなり酔っているのか、あまりろれつが回っていない。
女の人が俺の顔を覗き込んでくる。
「ねえ、この後一緒に飲まない?」
「いや……」
(めんどくさ……)
すると信一先輩が割って入る。
「コイツ、こう見えて初心なんだよ。恋愛経験なし。デートのプランも俺がアドバイスしたもんな? あと、気になってる子がいるみたいだから」
「う、うるせえ……」
先輩はクスクスと笑う。
「腹減ってる?」
「いや、あんまり」
「じゃあ、甘いものは?」
「……食べる」
しばらくすると、白玉ぜんざいが出てきた。
俺は無言でそれを食べた。相変わらずうまい。
「それで話し戻すけどさ、仕事で忙しいって、一緒の会社じゃなかった? この前の忘年会にいたかわいい子でしょ?」
「そうだけど……」
俺は先輩に、糸魚川が受けている嫌がらせについて知っていることを話した。
「まあ、あの日は凄かったからね。あの後水掛けられた人は大激怒してたし、そりゃ嫌がらせの一つや二つあるか~」
「だとしても悪いのは課長の方だろ?」
「そうだね。でも、そんな理不尽や横暴がまかり通るのが会社だから」
信一先輩も元は一般企業に勤めていた。
何か思うところがあるのだろうか。
「それよりもマズいのは糸魚川ちゃんだっけ? その子の方だと、俺は思うけどね」