04
黒部先輩の行きつけの居酒屋は「さくや」という名前のこぢんまりとしたお店で、いわゆる割烹居酒屋というやつだった。出てくる料理とお酒はどれもとても美味しい。課長も含めてかなりご満悦だ。
「いやあ糸魚川さん、このお店すごく良いよ。何度か来たことがあるのかい?」
富山部長が日本酒を飲みながら聞いてくる。
「いえ、実は黒部先輩に予約していただいたんです」
「ああ……黒部君ね」
黒部先輩は少し離れた場所で他の女性社員に囲まれていた。
まあ、あれだけカッコよければそうなるのもうなずける。
改めてお礼を言おうと思ったけど、今は無理そうだ。
「ところで、糸魚川さん。二次会の会場とか考えてる?」
「あ、いえ……考えてませんでした。すみません……」
「ああ、いいんだ」
富山課長がずいっと距離を縮めてきた。
そして私にだけ聞こえるくらいの声量で言う。
「実はこの近くに私の行きつけのバーがあってね。もし良かったらどうかな?」
「えっと……」
周りに助けを求めようと視線を巡らせるけれど、誰もこちらを見ようとしない。
課長はさらに距離を詰めてくる。
ぞわりと寒気がした。
このまま黙っていたら、きっと良くないことが起こってしまう。
だからといって拒むと、会社で何か不利になってしまうことがあるかもしれない。
(我慢しないと……)
課長の手が体に触れようとした時、ふと頭に黒部先輩の言葉が浮かんだ。
それから近くにあったコップを手にして、思い切り中の飲み物を課長の顔にぶちまけた。
「それ、セクハラですから!!」
辺りがしんと静まり返った。
「あ……」
やってしまった、と冷静になった時には全てが手遅れだった。
私は荷物をまとめて、逃げるように居酒屋を出た。