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ここ最近、仕事でいくつかミスが連続した。周りの上司の方々は、事情を知ってか「全然大丈夫だよ」と言って下さるが、課長はそうもいかないらしい。
課長はここぞとばかりに、私のミスを指摘してくる。
幸か不幸か、最近は寝不足であまりその言葉も頭に入ってこないけれど。
「糸魚川さん。ちょっと」
また課長に呼び出された。
最近は見慣れ過ぎた光景。
オフィスの人たちは憐れむように私を見ている。
「昨日提出してくれた書類なんだけど、ここ間違ってる」
「……すみません、修正します。いつまでに提出すればいいですか?」
「今日の定時内に頼むよ」
「……え、定時内ですか」
私は返事に詰まった。今週は既に他の仕事でいっぱいいっぱいだ。修正に取り掛かれるのも、きっと定時を過ぎてからになってしまう。
「あ、あの、せめて明日中に変更できませんか?」
「いいや、今日の定時内だ」
「……っ」
すると課長は私に耳打ちして言う。
「まあ、君がこの前のことを謝罪して、私の言うことを聞いてくれるのなら、考えないこともないけど、どうだい?」
もう疲れた。
最近は毎日帰宅が二十三時を回る。
休日もお客様対応をしないと納期に間に合わない。
全身から力が抜けた。
とっくの昔に限界だったのかもしれない。
「あの――」
「課長」
その声は私の後ろから聞こえた。
声の主は黒部先輩だ。
次の瞬間、ぐっと肩を持って抱き寄せられた。
そして先輩は右手に持っていたプラスチックカップの湯気の立ったコーヒーを課長にぶちまけた。
「あっつ!! 何をするんだ!!」
課長は悶絶する。
「何って、コーヒーぶちまけただけっすけど」
「なっ……ふざけるな!!」
すると先輩が声を上げた。
「は? ふざけてるのはお前の方だろ! ねちねち糸魚川に嫌がらせしやがって……いい加減そのしょうもない嫌がらせやめろよ。このクソ狸!」
オフィスがしんと静まり返った。
先輩に手を引かれ、私たちはオフィスを後にした。
「あの、先輩……」
先輩は早歩きで進む。
「あの……」
「ああ、スッキリした!」
「え?」
「いやあ、見たか? あの狸野郎きょとんとしてやがった」
先輩はお腹の底から笑っていた。
それを見て私もつられて笑った。
「先輩、流石にコーヒーはやりすぎですよ」
「いやいや、あれでも足りないくらいだろ」
でも、正直あれを見て心底清々しかった。
そして何より先輩が私のために怒ってくれたことが嬉しかった。
胸が熱くなった。
「……ああ」
私は先輩の事を好きになっている。