粘土の職人
『あの〜、この人はどなたですか?』
先程からヒフミと呼ばれた女性と言い合いをしていた男性を指し、俺は聞いてみた。シゴロと呼ばれた男性は、寝不足なのか定期的に欠伸をしている
「こいつはシゴロ、隣に住んでる引きこもりだよ」
(あ、引きこもりって表現はされるのね)
翻訳でも引きこもりと表現されるので、本当に引きこもりなのだろう。髪は伸びてボサボサで、髭も剃ってはいない。顔立ちは良さそうなので、きっちりすればモテそうな気もする
「お前だって、いつも家にいるだろうが!」
「あたしは外に出るとすぐ男が寄って来るんだよ!あんたみたいな、不摂生な男と一緒にしないで欲しいわね」
(う〜ん、この二人って)
年齢も近そうだし、所謂幼馴染とかそういうものだろうか。言い合いをしてる割には、お互いのことは嫌い合って無さそうだ
『丁度良かった、シゴロさんあなたにも話があるんです』
「は?俺に?なんで」
「この兄ちゃん面白いことを知ってるんだよ。最近男連中がやってる穴掘りも、この兄ちゃんの差し金らしいよ」
『いや俺は、提案しただけなのですけど…』
たまたま聞かれたので、良かれと思って言ったことから話は大きくなった
「ああ、最近粘土が増えたのはそのせいか」
最近持ち込まれる粘土が増えたと言っているので、この人が粘土の職人で間違いないだろう
「そうだな、ちょっとうちに来てくれ」
シゴロはそう言うと、外に出て行った
『ちょっと行ってきますね』
「ああ、あいつの話も聞いてやってくれ」
先程まで言い合いをしていた割には、ヒフミのシゴロへの態度は優しい気がした。外へ出て隣を見ると、入り口でシゴロが待っている
「とりあえず、中に入ってくれ」
『あ、わかりました』
シゴロに言われて家の中に入ると、目の前の男は両膝と両手を床について落ち込んでいた
「また、やっちまった…」
『え?』
「ヒフミの前では、いつもああなっちまうんだよ…」
『あ〜…』
つまりシゴロはヒフミに惚れていて、ヒフミの方も悪くはない感触ではないかと感じた
『ヒフミさんのこと、好きなんですか?』
「好き…あ、そうだな」
こちらを向いたがすぐに下を見てしまった。好きな人に素直になれないっていうのは、仕方のないことだ
「ヒフミがいつも家にいるから、俺も隣で気を張ってるんだ。何かあったら助けに行きたいからさ」
つまり引きこもりなのはヒフミさんを守るためらしい、ただそれを理由に外に出ないのはあまり良いことではないと思う
『ヒフミさんに良く思われたいのなら、外に出た方がいいですね。あと身なりも整えた方が…』
「俺の力になってくれるのか!?」
家に入っていきなりこんな話をされるとは思わなかったが、先のことを考えたら協力するのもありだろう
『そうですね、髪と髭は酒場のマスターに切ってもらいましょうか。それが終わったら話をしませんか?』
「お、いいぜ、俺に出来ることなら何でもしよう!」
何か良くわからないが、出会って早々に懐かれたような気がする。ただ目的のためなら、早く動けるのは嬉しいことだ
「じゃあ早速、髪と髭を頼みに行こうぜ!」
『え、あ、待って下さい』
シゴロが家を飛び出して行った、マスターの都合は考えてないみたいだ
『しょうがないな…』
シゴロの家を出て追いかける。ふと横を見ると、ヒフミの家の入り口からヒフミが顔を出してシゴロの背中を見ていた
(意外にこの2人…)
もしかしたらと思いながら、酒場の方へ向かった
『あ、いたいた』
酒場に近づくと、シゴロが地面に転がっていた。近くにマスターがいるので、何かがあったらしい
「お、あんたか」
『マスター、シゴロさんどうしたんですか?』
「こいつがいきなり抱きついてきたから、投げ飛ばしたんだ」
「すいません、勢い余って…」
マスターが夜の営業の準備を裏手でしてたところ、シゴロが来たらしい。そしてそのまま投げ飛ばされて、地面に転がったみたいだ
『…というわけで、お願いしてもいいですか?』
「はぁ…あんたも変なの連れてきやがって」
『いやマスターは髪も髭もきちんとしてるので、お願い出来そうだなと思って』
マスターは元冒険者だった経験なのか、身なりがきちんとしていた。酒場を営業しているので、そういうところも大切にしているのかもしれない
「ナイフを使うから、動くなよ」
『すいません、お願いします』
「お願いします!」
マスターが裏手から中に入り、ナイフを取ってきた。それを水につけてから、シゴロの肌につける
「痛っ、痛てて…」
「だから動くなって」
ジョリジョリと音を立てながら、ナイフが肌を滑る。徐々に髭だらけだったシゴロ顔が、綺麗で凛々しい顔になっていく
「髪はどうする?」
『そうですね…バッサリいっちゃいましょう!』
「え、それで大丈夫なのか?」
村の男の人達は、伸びた髪を紐で縛っている人が多い。それならいっそのこと短くした方が、清潔感もあるのではないだろうか
『シゴロさん顔も良いし、短くすればモテると思いますよ』
「そうだな、だが娘はやらんぞ」
マスターの娘への過保護っぷりは、どの男性相手でも変わらないみたいだ
「俺は別にモテるとかは…でも、あいつには見てもらいたいな」
マスターと相談し、シゴロに合いそうな髪へナイフで切って行く。マスターはナイフの使い方が上手く、俺の言った通りに切られていく
「これでどうだ?」
『いいですね、完璧です!』
「俺にも見せてくれ」
シゴロが水を張った器を覗き込む、そして自分の姿を見て驚いていた
「お前の名前を教えてくれ」
『あ、九十九です』
「そうか九十九か、ありがとうな」
「あんたの名前は九十九って言うのか、珍しい名前だな」
この村に来て、自分の名前を名乗ってなかったのを思い出した
「マスターありがとうございました。九十九、俺に出来ることはなんでもするぞ」
「おう良かったな、娘には手を出すなよ」
『ははは、では戻りましょうか。マスター忙しいところありがとうございました』
マスターに御礼を言って酒場を離れた、やっとシゴロとも風呂の話を出来そうだ




