当たり前だった世界
『んぁっ!』
鐘の音が聴こえて目が覚めると、空は橙色の空と青黒い空が競うように分かれていた。青黒い空には光る星のようなものが輝き、夜が近いことを教えてくれる
『結構寝てしまった…』
首を動かして顔を門の方へ向けると、マス達四人の門番が話をしていた。マスは俺を指して、夜の番を担当する二人に何かを話していた
『う〜む、寝過ぎたかもしれん』
身体を少し動かすと関節が痛い、寝袋から出て立ち上がりストレッチをする。寝相が悪かったのか藁の上で寝てなかったので、固い地面の上で寝てしまったみたいだった
(あとでもう少し藁を貰うか…)
そう考えながら、身体を動かしているとマスは交代をしたのか門からは消えて、門番は二人になっていた
「お、調子はどうだ?」
5分ほどしてマスは戻ってきた、その手には桶みたいな物に水が入っているものを持っていた。もう片方の手にも小さめの袋を持っている
「これは着替えだ、水浴びも出来てないだろう?」
『あ、たしかに…』
この世界に来る前は毎日熱い風呂に入れるのが当たり前だった、今は水を確保するのさえ簡単ではない
「下に履いてるものや下着も洗ってもらえるように手配するよ、その間これを着てるといい」
マスから渡されたものを持って詰所に入った。着ているものを脱いで一度裸になり、桶の水を使い身体を吹いた。先に着ていた服や下着を袋に入れて、渡された服を着る
「スッキリしたか?」
『すいません、助かりました』
マスに汚れた服が入った袋を預ける、報酬を受け取ってご飯を買ってくるとマスは街の中へ歩いて行った
(う〜む…)
もしかしたらではないが、臭かったのだろうか。当たり前だと思っていたことが出来ないのは、辛いものだと思った
『出来れば毎日水浴びはしたいよな…』
マスには大変かもしれないが、可能なら2日に1回でもいいからお願いしようと思った
「お待たせ、昼と同じですまないがちょっと珍しいものが売っててな」
詰所で座って待っていると、三十分ほどしてからマスが戻ってきた
「九十九に会ってから金銭感覚がおかしくなりそうだ、月に一回食えるかどうかの物を今日は2回も食べている」
『いえ、街へ入れなければ買うことも出来ないので…』
「しかし、九十九も捕まえるではなく国外へ追放するって、一体どういう状況なんだろうな。罪人ではないのに街へ入れないとか」
『推測でしかないですけど、俺の姿を他の勇者に見せたくないんだと思います』
城の中にいた者の言葉を思い出すと、俺の存在が勇者に悪影響を与えるように聞こえた。大方一生懸命に働く人が、引きこもりニートのせいでモチベーションを低下させるみたいなものだろう
国外追放という体で魔物の森の前に捨てればこのステータスだ、そのうち勝手に野垂れ死ぬだろうと思われていたのだろう
「まぁ今更考えても仕方ないか、街の中へ入れてやりたいが見つかった時に俺達の首がどうなるかわからないからな…」
『それはさすがに、こうやってしてもらえてるだけでもありがたいです』
「夜の番の2人の懐にもちょっと包んでおいたから、今度から詰所の中で夜は過ごしてもいいぞ」
『本当ですか!?助かります』
正直外で寝るのは不安だった、やはり建物の中に居られるだけでも精神衛生上は全然違う
「そうだ、飯食おうぜ」
『あ、はい』
テーブルに置かれた昼と同じ丼と水の入った筒、そして昼にはなかった野球のボールくらいはある卵のようなものがある
「チキンバードの卵かけご飯だ」
『おお…凄い』
卵を持つと、魔法なのか何かわからないが温かくて、振ると中身がぶるんぶるんとしていた
「今日採れたての新鮮なものを冷やしておいて、食べる前に熱っして中身を熟成させるんだ」
マスがテーブルの角に卵を当てて少しヒビを入れた
「これをこう」
両手で卵を持ち横に開くように割ると、中身が丼の中にボトンと落ちて湯気を出す
「そして混ぜる、まぁこれはお好みだな」
(牛丼の温玉乗せみたいな物かな?)
俺の前にある食べ物も、マスのように真似をすると湯気を出して完成した。昼に食べた時は冷めていたが、今は熱々の夜ご飯が目の前にある
「くっっっ、美味い!これで酒があればなぁ…」
『こ、これは…たしかに』
この世界に来て一番美味しいご飯を食べた瞬間だった、元の世界でも鳥の丼は親子丼を食ったくらいだ
『そういえば…』
「ん?」
『このチキンバードの下にある米みたいなのは、この国の物ですか?』
「ああそれはな、おとぎ話の勇者様が最後にいた国があってな、そこから行商人が運んで来るんだよ。人によっては勇者米とか言ってるな」
『勇者米…』
ネーミングセンスはともかく、異世界から来た人が広めたのなら正解だろう。俺は今、それがなければこの丼を食べることが出来なかった
「俺達の国はあのパサパサのパンくらいしか庶民には主食はなくてな、だからそれと共に食べるシチューとかスープがないと食事を摂るのも大変だよ」
マスは笑ってはいるがもっと美味しい物を食べられればと思う、だが俺はおとぎ話の勇者のような知識は今のところ持ち合わせてはいない
(もしかしたら、まだ見つかってない物があるのかも)
最低でももっと美味しいパンを作ることが出来るかもしれないと、機会があれば探したいと思った
「それで聞きたいことがあったんだよな?」
『あ、はい、時間は大丈夫ですか?』
「昨日よりはまだ時間がある、何が聞きたい?」
俺はマスに、この世界のことを聞くことにした




