第59話 姉呼びな妹だけど、どうしようかな?
「あれ、初姉さんだ」
それはトイレから海に戻ろうとした時だ。
普段では呼ばれ慣れない単語。
私はそもそも妹で、姉に関する単語は使われることは少なく、生徒会活動の一環としての小学生相手のボランティアとかでしか呼ばれない。
放課後、親が遅い子に遊んだり、勉強を教えているのだ。
つまり、
「あれ、こんにちは」
振り向けば、見知った小学生低学年の数名。予想通りで私の人見知りは発動しない。
メガネをしていないのに私に気付けたのは、子供の洞察力が侮れない証左なのかもしれない。
「こんにちはー」
ペコリと皆、頭を下げてくれるので嬉しくなる。
「今日はどうしたの?」
「おとーさんたち、めずらしくおやすみだからってうみにきたんだおー。
みんなへー」
女の子が下っ足らずの声が微笑ましい。
駐車場の方を観ると、見知った親御さんの顔が数名あり、頭を下げてくれる。
こちらも下げ返して、女の子の方を向きなおし、
「よかったね」
「うん!」
そしてニコっと花が咲く。
可愛い。
「初姉さんはどうしたんですか?」
いつもまとめ役の男の子がそう質問してくる。
ちょっと私から視線を外してくるのが気になる。
と、思えば、チラチラと。
なんだろう。
スクール水着姿の私に慣れていないのかも知れない。
「デートですよ?」
「ぇ⁈」
その男の子が驚いてくる。
それが伝播し、周りの子供たちもザワザワとし始める。
そんなに意外だったのかな……。
「はつねーたん、かれしさんいたんです……?」
女の子がオズオズと聞いてくる表情がどこか嬉しそうに見える。
「彼氏未満……」
「ぁ……」
子供たちの前で嘘はいけない、見栄を張ってもどうしようもないのだ。
ただ、女の子が何かを察したかのように気まずそうにしてくれるのが、心を削ってくる。
「もし、ダメでも大丈夫さ!」
逆にパッと、男の子は明るく私を励ましてくれる。
何とも、情けない姉さんでいたたまれなくなる。
「燦ちゃん、どーしたの?」
「姉ぇ……」
っと、遅くなった私を観に来たらしい頼りになる姉ぇが声を掛けてくる。
私の姿に似た姉ぇが現れたために、ざわつく子供達。
いきなり知っている人のそっくりさんが出てきたら戸惑うし、異常事態だと警戒する。
そんな子供たちを観て、ニヤリと口許を曲げる姉ぇは彼らに向かって一歩前。
「実は私はこの初音の偽者だ!
改造人間だ!
妖怪人間だ!」
バカげたことを言う。
当然に子供たちは真に受ける訳で、
「……初姉さんが増えた?」
「クローンだ! ドッペルゲンガーだ! うわ、殺されるぞ!」
「ふええええ」
「初姉さん離れて!」
騒ぎが大きくなり、叫び、泣き出す子も。
収拾がつかなくなる小学校の先生ですら手を焼く状態にして、怒られたことを思い出してしまう。
「姉ぇ!」
「まぁ、観てなさいって」
パンと、姉ぇは柏手を叩く。
すると、嘘のように子供達が一瞬だけ、静かになる。
それを逃さず姉ぇは、ニコリと微笑み、
「っと、冗談はさておき。
私はこの初音の姉よ、姉。
初姉ぇとでも呼んでね?」
っと可愛らしくウィンク。
すると、嘘のように皆が静かになり、姉ぇの方に見惚れる。
「ぉ、やっぱりこれ上手くいくのね?」
「……何したの?」
「ちょっと委員長……クラスメイトの真似をしたわけよ」
何処で学んだか知らないが、人の注意を引き付ける見事な手法である。
同じことをしようにもタイミングとか判らない。
「で……小学生をナンパ?」
「ちがう!」
「判ってるわよ。
で、実際は?」
「ボランティアの子供達と会話してたの」
「にゃるほどー」
姉ぇはいつもの調子だ。
「いつも妹をありがとうね」
っと、そう言いながら背を低くし、目線を合わせて女の子の頭を撫でる。
まるで昔、泣いていた私をあやしてくれていた姿に被る。
「(……!)」
女の子が顔を真っ赤にさせ、リーダーの子の後ろに隠れる。
姉ぇはそんな女の子を観て楽しそうに笑む。
「大人の余裕……?」
「これは手強い」
「はつねーさん、すきだらけなのに……はつねぇはすきない……」
「……」
なんだろう、いつも通りに敗北を覚える私が居る。
子供たちの扱いは私の方が長い筈なのに……。
イケナイイケナイ、姉ぇへは純粋だし、私に敵意は無い。
「ふう……」
一呼吸して嫉妬深い私を落ち着ける。
私の能力不足だ、うん。
がんばろう、うん。
「ちなみに、皆ははつねーさんの事は好き?」
「はい!」「いい人だと思います!」「えへー」「……」
姉ぇの問い掛けに子供たちが元気よく私への好意を示してくれて嬉しくなる。
何というか、報われている気分だ。
「どんなところが?」
「子供ぽくてむきになるところ! あとスカートめくりやすいところ!」「きっちりやろうとしすぎて、ドジする所!」「きにのぼっておりれられないときにたすけてもらった~」「……」
ぐさっ。
子供たちの素直な言葉が私の心にナイフとなって突き刺さってきた。
女の子が言ってくれた三つ目みたいにお姉さんとして頑張ってきた筈なんだけど……。
とはいえ、事実なので否定できない。
「……妹よ」
「何その同情するような顔……」
流石に不憫に思われたのか、姉ぇが何とも言えない顔で私の肩をポンと叩いてきた。
く……気づかいが抉るように痛い。
「ん?」
ふと姉ぇが気づいたように、リーダー格の男の子に目線を向ける。
姉ぇの質問には珍しくモジモジして答えていなかった。
いつもはハキハキとしてるのに、何故だろう。
姉ぇはその理由が判ったと言わんばかりにニタリと笑い、彼に近づき耳元で何かを囁いた。
「……!」
すると目を見開き、彼は私を観てくる。
「ちゃんと言わないとこの鈍い初姉さんは気づかないからね?
これは大人の女からのアドバイスよん?」
姉ぇがそう述べながら彼から距離をとり、私に意味ありげな視線を向けてくる。
「さて、私達はそろそろ戻らないと、心配させちゃう」
そして、皆に手を振り、別れる。
「……姉ぇ、最後にエロいことでも言ったの?」
砂浜に足跡を残しつつ、聞く。
「ビッチだけど、小さな子にそんな事言わないわよ。
私はあんたと違ってショタ気ないし、そんな発想が浮かぶほど無差別頭ピンクでもないわよ」
「……私だって誠一さんだけだもん」
言い返せず悔しい気持ちが沸く。
「まぁ、あんたも大概ニブチンよね?
しどー君と一緒で」
「?」
いわれるが、何の話か理解出来ない私が居る。
「まぁ、いいや。
ちゃんと思い出にしてあげるのよ?
あんたはしどー君みたいには出来ないんだから」
「何の話?」
問いただそうと言葉を向けようとするが、
「自分で考えなさいな。
あんたも少しは経験値を積んだ方がいいから」
姉ぇの真剣な表情でそう先回りされてしまった。
「おさき~!」
そして姉ぇは、誠一さんの姿が見えるやいなや、走りだした。
「あ!」
気付いた時には、姉ぇは誠一さんにダイブ。
私も負けじとそれに習うのに必死になってしまう。
なお、姉ぇの言葉の意味が理解出来るのは後日で、その日がくるまで私は忘れてしまった。
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