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第十六話

 田中がいつものように遅れて居酒屋に入ったところ、そこでは鈴木と吉野が先にグラスを傾けていた。二人とも壁にかけられた端末を凝視していて、田中が隣の席に腰掛けると注目するように示される。

 「今日、神原が開いた記者会見のまとめだそうです」

 「国会議員の逮捕は初めてなんだ。せっかくならもう少し品格を気にしてほしかったものだけど」

 「まさに謎が謎を呼ぶといった感じですね。私には何のことか全くわかりません」

 「それはみんな同じだよ」

 注文したビールが届くと三人でグラスをぶつける。意見を求められたコメンテーターも神原の主張に首を傾げるばかりである。田中も昼間の会見は見ていた。しかし、神原がどのような言い分をしたとしてももはや関係ない。議会は神原の逮捕を承認し、警察は動き始めた。神原の発言がシェルターをさらに混乱に陥れるものだったとしても、田中たちがそれに干渉することはできなかった。

 『国家は皆様に隠し続けているわけであります。皆様に苦しい生活を強いて溜め込んだ炭素を外界に放出しているのです。具体的なことはこの資料に全て書かれています。国営工場内でハロアルカンという含炭素化合物を合成し、いたずらに外界に放出している。それによってシェルターは慢性的な炭素不足に陥り、食糧や物資の不足を引き起こしていたのです』

 『神原議員は今日の記者会見でこのように述べたわけですが、どういった意図があると思われますか』

 『昔から、民間会社や新帝都大学の研究によって、シェルター内の炭素循環が定常的ではないということは知られていました。これまで国は自発的な二酸化炭素の放散が理由であると説明してきたわけですが、それが真実ではなかった可能性を示しています』

 『神原議員にかけられている殺人罪とはどのような関係があるのでしょうか』

 『神原議員は異邦人の遺体を燃焼することで二酸化炭素を手に入れようとした、殺人および死体損壊の罪に問われることになります。この動機と何らかの関係があると考えるのが自然でしょう。ただし、全容解明は警察の捜査ならびに裁判を待たなければなりません』

 『仮に国が実際にハロアルカンと呼ばれる化合物を外界に放出していた場合、その目的はどのように考えられますか』

 『こちらも国からの説明が待たれます。専門家によりますと、このハロアルカンには人体に有害な種類もあるとのことで、最近の度重なる異邦人の来訪との関係性が示唆されています。国は異邦人を安全保障に関わる大きな問題と捉えている。つまり、異邦人によるシェルターへの大規模な干渉があった場合、シェルター14での我々の生存権が脅かされる可能性があり、それを防ぐために毒物を撒いているという意見もあるんです』

 『私たちは再び地球の表層環境を破壊しようとしているということでしょうか』

 『我々の生存権確保のためにはやむをえないという考え方です。特に軍が主体となって計画が進行している可能性もあり、その場合には止められるものではないでしょう』

 放送ではアナウンサーと解説委員の会話が続いている。きな臭い話ばかりでこの場の雰囲気も少し悪い。そんな時、居酒屋の扉が開いた。

 「ここにいらしたんですね。扇署に顔を出したのですが、もう帰宅されたと聞いて探しました」

 「九里さん、どうしてここに」

 「話したいことがあったからです。ここいいですか」

 九里は髪を耳にかけて了承を取る前に田中の隣に座る。吉野が怖い顔をしているが気に留める様子はない。余計に雰囲気が悪くなっていく中、九里は三人全員と目を合わせて話し始めた。

 「明日から浅野議員の公設秘書として働くことになりました。そのこと、まずはお世話になった三人に直接伝えようと思いまして」

 「優秀だからすぐに働き口は見つかると思ってたよ」

 「それは良かったですね」

 田中と鈴木はおのおの言葉をかけるが、吉野は眉間に寄せたしわを戻そうとしない。九里はそれを見て少し頭を下げた。

 「これまでの様々な非礼、ここに謝罪します。あなたたちのおかげで私は新しくこの世界を見る目を手に入れられた。できるものならまた田中さんたちとお仕事したいです」

 「それは困るな。九里さんと仕事ってことは、また政治が絡んだ面倒な事件を相手にするってことだ。流石にもうこりごりだよ」

 「でしたら個人的に懇意にして頂く形でも構いません」

 「え?」

 「いいですね?」

 「それはまあ」

 九里の圧に押される形で田中は頷く。端末ではまだ神原の記者会見についてのニュースが流れている。九里も同じようにビールを注文してそれを一気に半分まで飲んだ。

 「あの神原議員の話、田中さんはどう思っているんですか」

 「どうして俺に聞くの」

 「実はどういうことなのか、もう分かっているんじゃないですか」

 「買いかぶりすぎだよ。それにこれは政治側の仕事でもある。神原の話が本当なのかどうか、九里さんこそもう知ってるんじゃないの」

 「知りたいですか?」

 九里が意地悪い顔をする。田中は困って鈴木や吉野と顔を合わせたが、そこにある顔も田中を助けてくれるものではなかった。

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