90話
エウス・苗字は、なんだっけ。
あんまり聞き覚えがないような、逆にあるような、ともかくそんなん。
どことなく僕と似ているらしい彼女の元へ、一人で走る。
——あら、セシィちゃん一人で行きたいの?
——うん。効率的にね。僕は相手選手の方知らないし、そっちにも説明いるでしょ?
——まあ、そうねぇ、
……それに、僕が元気な姿見せないと、休むためにズルしてるみたいになっちゃうからね。
そんな最もらしい理由をつけて、本当のところは、よくわからない。
ただ何となく、二人きりで話がしたかった。
僕は、何のために、戦えばいいのか、
「……どうもエウス、さん?」
「おや、どうしましたかお嬢さま?」
探し回ってそこにいた。
少し暗い控え室、敗退者がくるには相応しいような相応しくないような、少なくとも運営責任者がいるには狭苦しい。そんな部屋。
「——いや、その。レリアが、三位決定戦をやらないかって言い出したんだけど、」
「おや、なるほど、」
「まあ、僕は別に、どっちでも、」
「ふむ。それは——、」
目が合う。
取り敢えず僕は問題ないですよと体を動かして、元気ピンピン健常アピール。
なんかレリアに責任押し付けた形に、いや別に本当に僕からは何も言い出してないんだから、特に何もないんだけど。
「————、」
「……あー、えっと、無理なら……」
「——————素晴らしい! さらに祭りを盛り上げようと言うのですね! ではすぐに、そのように手筈を、」
おお、テンションの落差が激しいな。
と言うかその場合、あなたは今から試合なんですが、疲れた様子は……、
うーん、怪我は、少なくともないね。
そりゃそうか、レリアの結界あるし、多少の擦り傷すらついてないか?
……でも一応、内側に疲労隠すの上手い奴もいるし、
この人も、多分そのタイプだろうし、なんか悪いし、一応詳しく確認しといた方がいいかな?
女性同士とはいえ、あんまり奥までジロジロ覗くのもどうかと思うけどね。
「そうと決まれば、彼女にも話をしなければね、」
「(……しかし突拍子のない思考の躁は、疲労の証だ。——いやこれが平常運転なのかも、どうだろう……)」
「どうかなさいました?」
「いや、なんでも??」
声に出さない独り言に、覗き込まれる。
劇場仕立ての観察眼か? まあわざと分かりやすくしてる方が悪いか。
しかしそう、少し屈まれるといやでも目につく部位が、くそぅ、
……そういやそれで前にも覗いたな、じゃあいいや、喰らえメディカルチェック!
「…………?」
「————なにを、して、」
「…………あれ?」
何だろう、この違和感。
流石に触れずに内臓まで見通すのは、そこまで精度がいいとは言えないんだけど、
「さっき、試合したんだよね?」
「——ええ。残念ながら、力及ばず負けてしまいましたが、」
「……そのわりには、息とか切れてないね、」
「まあ、劇団員として、体力には自信がありますので、」
……そうか、それで説明は果たしてつくのか?
僕だって別に医療に関してはそこまで詳しくない。
精々が、自分の体調くらいは完璧に把握できる程度。
それを元に考えるに、これは、この状態は、
試合で負けたというのに、あまりにも、いや全くと言っていいほど内臓に疲労が蓄積されていない。
……レリアの結界? いやあれにそんな効果はなかったはずだ、
それにこの中身、どこかで、。いやそれは今はいいか、
ともかくこれは。
「……本当に、本気で試合、したの?」
「ええ、ワタシの持てる、全霊を持ちまして、」
嘘だ。
いやこれは、わざと言葉を組み替えてるな。
この反応、やはりどこかで、
「……本気で、演技、したってこと?」
「————おや、」
突き詰める。
この行為に果たして意味はあるのか。
別に、僕は八百長を咎めたり、試合を盛り上げるためにプロレスする事を咎めるつもりはない。
そんなこと言ったら、僕の方が内臓ボロボロだし。
でも何故か、気になったから、
「————あなたには、やはりお見通しですか、フロイライン。いえそれとも、ジョンスミス様とでも?」
「いやまあ、別に?」
試合すら見てなかったとは言えないな。
試合くらい見てたら、今こうしてわざわざ確かめるまでもなかったのかな。
「ふふ。誤解のないように言っておきますが、決して相手の方が弱かった訳ではありませんよ。アナタにもきっと、忘れられないお相手でしょうから、」
「はあ、それは、そうだね?」
うん。
どうなんだろう、どっちにしろ今更知りませんでしたは言い出せない。
だって死亡フラグ族だよ、それこそこっちの、均等に配置された健康的な中身の持ち主の方が、よっぽど脅威に思えるけど。
「それで、魔法の裏側を覗いてしまった悪い子猫様は、なにをお望みでしょうか?」
「うぇ、……いや別に? ……あ、じゃあ僕の正体内緒にしといてね?」
うーんこのノリは、やっぱり苦手だ。
それに、よく考えたらこのお願いは、この人の最終目標的に聞き入れられない、
……いや、というか結局、この人なにがしたいんだろう。
自分で勝ちたかったのか、他人を勝たせたかったのか、よく分かんない。
お祭りでやりたいことも終わったし、今なら聞いても、いいのかな?
「…………んーー、えっとーー、エウスさんはやっぱ劇団とかやるくらいだし、物語とか好きなんですかーー??」
「ええ、それは、」
でも真正面から聞くのは流石にだな、はは。
そういや僕って、相手の話を聞くのは得意にしたけど、自分から話題振るのはあんまり慣れてないっけ。
不自然な会話になってないといいけど、
「一番好きなのって例えばどんな、。あ、僕はやっぱり、勇者が魔王を倒して、ハッピーエンドってやつだけど、」
「ハッピーエンド。それは良いですねえ、ボクもそういうお話は、大好きですよ、」
……嘘だ。
僕は別に物語とか興味はない。
それはそれとして反応を見る、いつも通りの劇団チック、嘘か本当か感情は、もっとちゃんと話せば解るのかな。
「それで、エウスは、」
「そうですねぇ、勇者。……ワタシが一番好きな物語は、ある旅人の話なんですよ、」
む、話がズレてしまった。
勇者についての反応が欲しかったのに、まあ人物像のプロファイリングには役に立つか。
って、こんなことばっかり考えてるから、相手の思考も解らないのかな? そんなこと言ったって、今更どうしようもないけど。
「遠いところから訪れたある旅人が、そこで出会った少女を救い上げ、共にいくつもの悲劇を自由に解決し、やがて世界すら救ってしまう。そんなお話です」
「……なるほど?」
旅、か。
それで旅芸人になりたいのかな?
よくわからないけれど、まあ少しくらいは行動原理が知れた、かな??
「それにしても、世界を救うだなんて、まるで勇者みたいだね、」
「ええ。お話によるとその旅人は、神様から特別な力を与えられるとか、」
「へー、」
アレンはそんなのなかったけどね。
神様だなんて、それこそ物語にしかない幻想。
…………勇者、やっぱり、いやでも?
「……なんて話なの?」
「いえ。なにという程では、色んなものがありますので、」
「ん? 誰が書いたやつとか、それともこの国に伝わる話?」
「誰が、まあ、さまざまな人が、自由にですね、」
………………?
形としてある有名なものじゃなくて、誰かが話したその場の夢、みたいな?
集団で見る自由な世界への憧れ、それが形を持って受け継がれた、とか、
この闘技場、そしてそこのことを考えると、それが一番しっくりくる。かな??
「……あー、だからみんなで自由に旅芸人、的な、」
「…………ええ。あなたも、見たことがあるんじゃないですか?」
僕?
僕はそういうの、無かったな。
そんな余裕も、希望も、何も、
夢なんて、それは、僕のものじゃなくて、、
「本当に?」
「え、うん、」
「————本当に、そう?」
むむ、いや、なんか、そう言われると、
………………………………。
………………………………。
………………………………。
………………………………。
………………………………。
………………………………。
…………いや、やっぱり、僕に夢物語なんてないけど、
でもまあ、君のなら沢山知ってるからね、よく好きで読んでたみたいだし。
なのにこんな状態にしちゃって、ごめんね。
ともかくそれじゃあ、そっちが滲み出てたとか?
どうなんだろう。いくら見やすくしてるとはいえ、僕はそんな奥まで見通せるようにしたつもりは無いんだけど。
——これは僕だけの夢だ。
勝手に出てきたとか?
わからない、わからない。
わからないけど、わざわざ話すほどでは、やっぱりないはず。
何故かは、知らない。
「…………悪いけど、やっぱり僕には、そういうのは無かったかな、」
「————それは、残念、」
あはは、本当にね。
ところであー、話は変わるんだけど、君もしかして兄弟とか、
「でも安心してください。忘れてるだけですよ、ジョンスミス、」
「は? というかそれで呼ぶのやめ、」
「プリンセス、プリンの時は、そういう事もあるのかと思ったんですけどね、」
「それわざわざ口に出すの、って、本当になんの話、」
「大丈夫です。儚い夢なら、思い出せば良いだけですよ、」
「……っ、何して、」
「——ボクに、お任せください」
『想起』




