79話
————トーナメント、第二試合。
ようやく人数も半分に減って、洗練された試合の始まり、
「あ、僕ちょっと、キジ撃ちに行ってくる」
「おう。…………生地? 衣装直しでもするのかの??」
さてと、お相手はどんな人かな。
トーナメント表見れば名前はわかるし、前の試合を見てればどんな人かもわかるはずだけど、
うん。面倒臭いし覚えてないや。
……それに、あんまり人が戦ってるところを上から見下すのも、ほら、
人が多くてうるさくて、疲れちゃうしね。
「……さてと、今度はどんな、人かな?」
現れたのは、なんかあんまり強そうじゃないメガネの青年。手には金属製の鋭そうな、刀?
それなりに強そうな武器、本戦からは特に制限なかったからね、簡単に人殺せそうな鋭さだ。
いや、結界のおかげで仮にあの殺意の高そうな道具で切られても大丈夫なんだけどさ、レリアの仕事が増えるから気をつけよう。
しかし、おかしな武具。ふむふむあれは。
…………む、なんだ、どこに繋がって、
「ふふ、データによると、あなたはただのまぐれで勝ち上がってきた子供ですね。つまり、わたしの勝率は九十九点九パーセント!!」
うわデータキャラだ! 死にそう!!
警戒してたのが馬鹿みたいだ、頭良さそうなのにバカみたいだ、頭良さそうだからばかみたいなんだ。
「…………百じゃないんだ、」
「ふふふ、残念ながらわたしのデータに、あなたのものはありませんからね。つまり、とるに足らない注目されていない選手ということですよ、」
「あ、はい」
「ということはもはや、データなど不要ということです!」
そして、そのまま武器を構えて、試合開始。
なんか全てが早いよ、データキャラがデータ捨てちゃったよ、逆に殺さないのに苦労しそうだよ、
「初撃で決める、右に避ける確率、左に避ける確率、無駄です、全て見えています!!」
そして、怪しくメガネを光らせて、その目はもはや僕を見ていない。
そこに映った、メガネのきらめきを追いながら、一足で距離を詰める。
刀剣が怪しくブレて、振動しながら素早く動く。
あまり戦闘慣れしてなさそうな腕から、ガキッと完璧な振り下ろし。
僕がどちらに避けようとも追いかけてくる、完璧で綺麗な太刀筋を、
……結局、データ使うんだ。
まあそりゃそうか、今も見てるもんね、
「このまま終わる確率、百パーセントーー!!」
「……うわー、」
ビックリして、思わずといった具合で手に持った木刀突き出す。
狙うは本体、すなわち顔面、その眼鏡。
そして、高速で向かってくる相手がこの意識外から出した一撃を避けれる確率、ゼロパーセントってね、
——ゴスっ、バキャッ、グシャッ、、本体が砕け散る音。
——うわー、グシッ、ゴシュッ、、事故を装って、本体をすり潰す音。
「ばがなっ、そんなの、データにな、」
ガク、ドサ。
付属品が倒れる音、
打たれ弱え、これもデータキャラの宿命か、はは。
それじゃ、レコウに聞こえないよう控えめにっと、
「やったー、かったーー、」
よし、バレないうちに戻るか。
闘技場から戻る帰り道、ふとポケットに手を入れて歩きスマホを、
……フォンではるあけど、スマートかと言われると、まだちょっとゴツいかもね。金属板。
ともかく、試しに、
「いや、ここ電波来てないわ、弱いねー、」
聞きたいことがあったのに、
データキャラ、あのメガネ、度が入ってなかった。
つまり伊達メガネ、エセデータキャラ、……でもなくて、あれは、
「科学、っぽかったな。僕以外にも、誰か送り込んでたのか、」
相手の情報を探るカメラの付いたメガネに、振動しながら相手に合わせて自動で動いた刀。
それに多分、靴にも細工してあったかな? 僕は行儀良く普通の靴に履き替えてるっていうのに。バレるからだけど。
魔導具、確かに燃料が魔力を元にしていたからそうでもあるのだが、あの機構は、
「……考えすぎな可能性もあるか。ただ似たようなものが作られただけかも、」
それとも、結局科学も道具も使い手次第。
向こうで買った、もしくは向こうの人が普通にこっち来てお祭り参加しただけの可能性。
「こっち側だけで最強決める伝統の大会なんてのは、向こうからしたらそりゃ面白くはないかな、」
だからといって、祭りそのものを潰そうと工作する奴は、潰してらやないといけないんだけど。
選手として出るだけならいいんだけどね、レコウも楽しめる科学のおもちゃ持ってる人、他にもいるかなーっと。
「あ、レコウーっ、」
視線の先に、歩きながら声を出す。
暗い闘技場の裏から、人の多い観客席へ、
レコウには、ギリギリ届かない、そんな声。
まるで、普通の少女が出すような、明るく友達に投げかける普通の言葉。
なんて、
さてと合理的、裏から帰る僕の通り道に、誰かいる。
いや、誰かがいたって別に問題はない、自然に気配をならして通り抜けるだけだ。
だからそこにいるのは誰かじゃなくて、
「おや、奇遇ですねプリンセス。御休憩ですか?」
無視のできない大物な誰か。
この会場の支配人にして、僕の、なんだろう。
まあ友達のとも、取引相手ってところかな? つまり結局ほとんど他人ではあるけどね、
「ええ、エウスさん。在庫を取りに行ってたんですよ、」
ほら、聖女プリン。
にしてもそれ見てプリンセスって、安直な、
普通、そんなの考えても口に出さないよ。
……口に出さなきゃ、セーフだよね?
「よければ、あなたもどうですか?」
「え。あ、ああいや、すまないが、遠慮しておくよ。こんな素晴らしいものは、みんなで楽しむものだからね? ——決して、一人でダース単位で食べるものではないよ!?」
……何を慌てているんだ、というかそんなにやるわけないだろ売りもんだぞ。
あげるとも言ってないし、買え。お金払って好きに配ってろ、差し入れにもオススメですよ?
「はは、まあ、そうだね……。」
「それじゃ、僕はまだ販売がありますので、では、」
この人と話すとなんか疲れるんだよね。
演技力、高い技術のそれがあるってことは、つまり見破る力も強いってわけで、
僕の内側まで、まあ何も無いんだけどさ、それ言いふらされても困るしね。
「いや。そうだな、待ってくれ」
「なんですか?」
「やはり買わせてくないかい、それ全部、」
は?
それってこの手に持ったプリンの箱?
どんだけ甘党なんだこいつ、僕が同じことしたら確実に気持ち悪くなるぞ、
吐きは、意地でもしないけどね。
「……当店では、この商品の過剰摂取による健康被害について、一切の責任を負いかねませんが、」
「ふふ、違うさ。キミも言っただろう? みんなで楽しむものだって、それに、」
「ああやっぱ差し入れで、飾り付けとかは、」
「ボクが買いたいのは、キミのほうさ」
…………おっ、
ビックリしたけど、鳥肌までは立たなかった。
なんていうか自然すぎて、側から見るならともかく、真正面から受けると普通に受け入れちゃうな。こういうものなんだって、
見てるかどこぞのダメ王子、これが真の王子様ムーブだぞって、
……いや、なんか流されそうになったけど、客観的に見て急になんだにこいつ!?
「非売品です。…………もう既に持ち主いる、わけでは無いけど決めてるし…………、」
「おっとすまない、あまりにもキミが麗しすぎてね。この後、時間があるか聞きたいのだった、」
……時間?
ふむ、次の試合まではまだかかるな、
トーナメントでは端の方だったし、この分だと夜になるか?
でも普通にレコウと観戦してたいんですけど、
「…………無いわけでは、まあ、」
「おや、ではプリンをもう一箱いただきましょうか。その時間分だけでも、ワタシにくださりませんかマドモワゼル、」
……んー、ここでプリンセスって呼ばれてたら断ってたな。
…………ま、こいつの思想とかいろいろと気になるところはあるし、付き合ってやるか、
「ええ、喜んー、代金分は?」
「ははは、手厳しい。アナタには、既に心に決めた王子様がいるようですね?」
むむっ、なんと、そこまで見抜いたか、
……どうやって? …………まあちょっと心の声漏れてたけど、絶対に聞こえない音量にはしたつもりだったんだけどな。
これも演技力か? それとも、もしかしてレリア経由でバレてた?? その可能性もあるな。
まあ別にこの程度はいいけどさ、
「ええ素敵な方が。なので、要件はお早めに、」
「では、どうぞこちらへ、レディ、」
跪いて手を添えて、うーん完璧なムーブ、偽物の方が様になってるってどういうことよ。
これが本物には無い向上心ってやつが、嫌いじゃないけど、なんか方向おかしくない?
「えっと、こっちですか?」
「はい。ご案内しますよ、」
まあ見てる方向はわかるので、その手は取らずに歩き出す。
僕はエスコートなんてされる性格じゃないからね、確かに今はお嬢様な学園の制服だけど。
しかし恐ろしい、こうも対面で王子様ムーブに徹されると、僕も釣られてお姫様ムーブしちゃいそうだよ演技力。
これが私服にされてるドレスで、頭の中が僕じゃなかったら危なかったね。
覚えておけよ? どんなに外面が良くても、こんな王子様にホイホイついて行っちゃダメだよ。
でないとほら、
「暗い、ですね、」
「ええ、まあ、元々この辺は照明がついていなかったので、」
こんな簡単に、怪しげな暗がりの中に連れ込まれちゃうんだから。
「足元は、大丈夫ですか?」
「はい、エウスさんの案内が上手いおかげですね、」
「いえいえ、恐縮です」
人気のない、静かな、裏。
華やかな闘技場に慣れれば慣れるほど、不安感しか感じない影の底。
つまり僕には何も感じないただの空。
そんな通路の先には、
「ここです。ぜひ、どうぞ中へ、」
きっと綺麗な世界の闇が詰め込まれた、地の下の部屋。
そこ一体どんなどれだけのモノがあるのか、外からは絶対に見えない区切られた扉、
金属の匂いがする、布が擦れる音がする、甲高い騒ぎの触感がする、慣れ親しんだ味がする。
きっとああ、この先にあるのは、
僕が何度も何度も、見て、——した、、
ドアを、開けた。




