71話
プリン。
それは、卵と牛乳とお砂糖で作られた、甘くて柔らかいこの世界の異物。
「………………プリン、を、」
「……売っていた聖女に、拾わせたはずだったが、」
「……お前は、誰だ?」
機械音、低く一定な顔の見えない音。
感情を感じない、淡々とした、まるで僕みたいな話し方。
なるほど、君が科学の町の主なのかな。
「人、いや何にでも名前を尋ねるなら、まず先にね、」
といっても、名前くらいはもうバレてるだろうけど。
これは釣り針だったか、まんまと釣られクマーってね、熊??
ともかくいいよ、ただで引き上げられるほど安いかは君次第。綱引きしようか、僕はどうせ抉り出されるものもない空っぽだけどね。
「………………マキ、ナ。それ以外の名は、一先ず無い、」
錆び付いた、途切れ途切れの声。
わざとか? 感情を悟られないようにでも。
少なくとも今の言葉に嘘は感じなかったが、真実も感じない。
どうだろう、流石に範例が足りないな。もっとパターンを引き出せば、判別できるかも。
「そう。じゃあ、セシィでいいよ。僕も、一応それ以外に名前はないから」
「……そう、か、」
これは、向こうも僕を測りあぐねて探ってるところかな。
僕にそんなことしたって無駄なのに、だってどうせ表も裏も上も底もない真っ黒な伽藍堂、
まあいいや、適当に貼り付けた表皮に針を刺してもらって、そのまま全部飲み込んでやる。
「あの、聖女とは、知り合いか、」
「そうだね。まあ、それなりに仲良くさせてもらってるよ。君も、仲良くしたいのかい?」
「……いや、そう。だな。まあ、聞きたいことはあったが、」
一定の、ボイスチェンジャーでも咬ませてるみたいな声。科学なんてものに手を出してるし、もしかしたら本当にそうかもね。
まあ魔法でも、技術でも、同じことできるけど。ともかくいいよ、君のことが解っていく。
例えこれが音ですらない文字だけだろうと、選ぶ単語、並べる文脈、入力までの思考時間。思想の匂いは、そう消せるものじゃない。
「なに? 僕で良ければ答えようか?」
「…………ああ、」
「うん。僕も聞きたいことがあるからね、」
「そうか、そうだな」
交換条件、まあ真面目に答える必要もないけれど、
例え嘘をついたとしても、そのデータは取れるからね。
さて、どっちがより多く中身を取り出せるかなっと。まあ僕は負けようがないズルなんだけど………………、はは。
「……………………では、まず、」
流れを感じる、音に確かに何かが乗っている。
ふむ、これは重要度が高いサインか、それともブラフか、なかなかに重そうな感情を推測できるよ。
初めから大きく来たね、返しで僕の反応を探りたいのか、これは舐められてるのかな?
うん、この容姿が効率的に出たかな、ありがたいね。さあ、君は何を求めるんだい。
「…………………………プリン、とは、どんな味なのだ?」
「…………砂糖じゃない?」
なるほど、あえて外してきたか、これで僕の動揺を誘う気だな。
……そうだよね、そうだと言ってください。
じゃないとなんか、僕がバカらしくならない!?
「それは、こう、どんな感じの味だ。甘いのか、美味しいのか、」
「ええ、まあ、個人の意見なら、そうなんじゃ?」
「どういう感じの甘さだ、まったりしてるのか、さっぱりしてるのか、」
「えー、どちらかというと、まったり? ……実際に食べた方が早いんじゃ、」
「こう、牛乳と卵を使った、黄色い系の味か。下は黒いのか!?」
「いやもう、そこまでいったら味わかるだろ!?」
こっ。こいつ、
ズルい!? 一つ質問につき一つ返答っていう暗黙のルール破ってきやがった!
くそぅ、確かに厳密に宣言はしてなかったけどさ。質問をあえてくだらなくすることによって試行回数を稼ぐ作戦か、だとしたらやりおる。
というか、そうであってくれ。じゃないと、本格的にこいつの思想がわからなくなる。
「……なに、食べたいの? 貰ってきてやろうか、君の家まで届けるよ、」
「…………いや、いい。今は、食欲がないからな、」
何それ、病人みたい。
むしろそんな時にこそ、プリンをお見舞いしてやりたいが、顔面に。
それじゃあ今度は僕の番、って、今のは質問じゃないからな、
「それで、君、マキナ? あだ名? まあいいや。単刀直入に聞くけど、君がこの町の変化の中心ってことで良いのかな?」
……無機質な声、どちらかというと低くて男性っぽい? でも話し方は多分、僕と同じ…………。いや、まだ範例が必要だな。
「変化、か。オマエの目には、これはどう映った?」
「…………む、」
質問に質問で返すなと、うわなんか怒鳴りたい。
しかし本当にだ、一問一答形式守る気がないのか? まあこの場合は探ってる僕と隠れてる向こうの差か。しょうがない、
相手が自分が優位に立っていると感じてくれるほど、情報は引き出しやすくなるからね。むしろ好都合さ。
「人々が平等に安定した生活を享受しているね。君の思い通りになったかい?」
「………………どう、だろう。彼に、聞いてみないことには、わからない」
彼?
何だ、文脈的に特定個人、それなりに感情が乗っていた気がするが、判別は厳しい。
「……そっちが、この町の旗なのか?」
「旗……。そう、……いや、どうだろう、」
要領を得ない、裏を探る、どうだろう。
そろそろ真偽はつくか、いっそ直接会ったら全部わかるかな、
「……オマエは、それを探して、どうする、」
「うーん。とりあえず、聞いてみたいかな。あんな壁なんて作って何したかったのって」
後はまあ、魔族に銃火器なんてばら撒いた理由ね。
あんな事して、魔族の相打ち狙いか? 確かにそれなら人間側的思考だが、その矛先は結局こっちにも向くだろうに。
放任主義の迷惑やろう。悪いけど、それが今の誰かの評価だ。もしくは、君のかな、
「……そうか。なら、ジブンが答えよう、」
「ふーん? なんか知ってるの?」
「ああ。少なくとも、あれを作ったのは、ジブンだからな」
……嘘、では、なさそうかな。
結局のところ、どんなに範例を集めたところで、僕の発見器としての機能はそこまで大したものでもないんだけど。
ともかく、聞くしかないか。
「なんで?」
「時間が、必要だった。あのまま決裂が起これば、小競り合いで、ただ一方的に片側が負けていた、」
「ああ。抗争一歩手前まで行ったんだっけ、」
そんな状態で、どうやってあんな大規模なもん作ったのか。
あれは科学の力だけじゃ説明つかなそうだけどね。少なくとも、向こう側に協力者でもいないと無理だと思うけど。
何せ、僕でさえ掌握に手間がかかりそうな魔法、魔術。あれも君がかけたんですか、科学の町の住人さん。
「それは、向こうが勝手にやった。何かしら、都合がいいことがあったんだろう」
「ふーん、」
「今は、力が拮抗している。こうなると邪魔だ。このまま、取り払っても良いが、」
「うん、まあそれに興味はないけれど。そうだ、じゃあ何で外に銃火器の情報を流布したの? それやっちゃったら、意味ないんじゃ、」
あのおもちゃに全幅の信頼寄せてるなら、まあ人口の差で同じ武器使っても勝てる算段なのかな? 最低でも交渉はできるかって。
そっちもまあ、興味ないけどさ。
「流布? ……そうか、オマエは国外から来たのか、」
「そりゃそうでしょ、何せ僕は聖女様のご友人だよ?」
そうそう、魔族のところ行ってたのも聖女様のお導きのままにー、って、
本人には止められてた気がするけど、些細な情報だね?
「だとしたら、すまないな。少なくともジブンは、その件に関与していない」
「国の代表者さんが?」
「ジブンは、少し広める手伝いをしただけだ。考えても、支配してもいない、」
……そう。自販機にカメラ仕込んどいて。
どうだろうね、結局道具は使うもの次第。本当に他意なく流れ出ちゃっただけの可能性、それが魔族にまで?
一応、嘘は感じない。今のところずっと。
これは諦めるべきか、それとも本当に表向きの真実を話してると考えるべきか。
後者だとしたら、僕と同じだな。嘘は真実で塗り固めた方が効果的だ。僕もまだ、嘘は言ってないからね、
「だが、外に広める、か、。心当たりは、ある、」
……嘘では、なさそう。
…………今のところ候補に挙げられるとしたら、彼とやらか。
そっちが、夢なのか? この四角いひび割れたレンズ、夢の世界の産物を通して繋がっているのはただの協力者。
僕が見つけるべきは、果たして誰か。
「ふむ? 教えてくれる?」
「……そんな事をできて、しそうな奴は、」
言い淀む、平たい隠された声でもなにか、悪い感情が浮かんでいる。
これは、なんだ、嫌悪感? 一体誰に、何に対して、
「……………………いや、確信がない。これ以上聞きたいなら、協力してほしいことがある」
交渉、ふむ、こっちが聞きたいタイミングで止める、まるでテレビのシーエムみたいだな。
まあ普通に考えたら彼か、しかし何やら隠したがり。なんだろう、何かの感情、しかし僕には人の考えることなんてわかんないし、
「……まあ、先に聞こうか、なに?」
「…………ああ。聖女に頼もうと思っていたのだがな、まあオマエでも一先ずいい」
交換条件か、うん面倒ならさっさと突撃してしまってもいいな、居場所はわかってるしね。
一応話だけは聞いてやろう、応えることはないけど。
今のところ、逃げた気配はない。殊勝な奴だ、それとも慢心かな。
まあ何にせよ、一方的に情報だけ抜き取っておさらば、
「簡潔に言うと、新たな勇者の誕生を防いでほしい、」
「よーしなるほど、詳しく聞かせろ⁉︎⁉︎」
っては! しまった、僕の情報漏れてる???
いや、流石にそんなことはあり得ないはず、落ち着け落ち着け。
ふむふむ、お願いだっけ? まあ詳しく聞かせなよ。
いや悪いね夢、でも直接関係あるかはわからないからね。
僕はいつだって、アレン一筋なのさ。
許してくれよ、僕の————、




