7話
二十三人、だいぶ貯まってきた。これを丸ごとアレンが倒せれば、いい偉業になりそうだ。
「しっかし、全然人がいないのー、匂いはするのに。まるで誰かに消されてしまったみたいじゃー」
「……この中の匂いを丸ごと消すのは流石に面倒。僕たちについたのは消してるから、それで我慢して、」
「いや、そんなことしとったのか」
「自分の匂いはなるべく消しとかないと、居場所がバレるでしょ。そのついでだよ」
それに、僕のドブ臭い匂いを嗅がせるわけにはいかないからね、なんて、
「セシィ、我はそんな事は、」
「え、うん。僕もアレン以外はどうでもいいから気にしてないよ?」
「そう思うんじゃったら、そやつの前でくらい香水とか使っとったんか?」
「いや、勿体無いし?」
それにお金もなかったしね。
「……こういう言い方はしたくないのじゃが。パーティとして一緒にいたなら、そやつに対してだけでなく、他にも気をつかわないと、そのオスにも悪評がついてしまうのではないか? もし戻ることがあるのなら、」
「あ、いや、別に比喩表現の話であって、本当に匂いがするわけじゃないからね! 僕がアレンと一緒にいて、そんなことするわけないじゃん!!」
「おお、そうか。なら、いいのかの?」
そうだ、匂いなんて表面的なものじゃなく、もっと根深い奥底からヘドロより重く延々と漂ってくるんだ。
臭くて、汚くて、××くて、何ど死んだって消えてくれない。
それに、香水なんて付けて表面を取り繕うよりも、何も存在しない本来の僕の方がましって言ってくれたから。
「うわ、くっさいのー、」
「————っ、」
「なんじゃ、この部屋!? 扉越しなのに匂ってくるぞ、何の匂いじゃ?」
「……ああ、この部屋、さっきの奥のか。この中に、お宝はないよ、行こう」
「お、おう。……匂いが消えたの」
「うん、僕は慣れてるせいで気にしてなかったけど、確かに臭いよね。消しておこう」
部屋にいた二人、メスの方は別の空間に隔離しておいたけど、どういう関係だったのか。
お金のやり取りしてるならどうでもいいけど、それ以外ならあれか。あとで確認しておこう。
「……ちなみに、本当になんの臭いかわかんなかったの?」
「え、おう。なんの匂いなんじゃ」
「んー、まあ、ドブの発生源の臭いってところかな」
……卵生だし、そんなもんなんだろう。
ところでレコウって卵産むのかな、一応僕はあれだし、同じくらいの年齢比だから……。まあ、聞くのもおかしいか。
ドラゴンってそもそも、そういうことしなさそうだし、…………え、車? なんの夢だこれ。
三十二人、結構人多いなここ。
「しっかし、しけとるのー。まだ宝物庫は見つからんのか?」
「まあ宝物庫はね、ある程度お金が保管されてる部屋はあるけど……、」
あと盗難品も、まあこっちは手をつけるつもりはないけど。
「お、いつの間にじゃ」
「いつの間にって、ずっと前から。構造的に、入った時点でなんとなく、ありそうな場所も予測できてたし」
「え、ならなんで直行しなかったんじゃ?」
「そりゃ、誰か隠れてるかもしれないし、慎重に行くに越した事はないでしょ」
「隠れてるって、セシィ相手に隠れられたら大したやつなのじゃ。というか不可能じゃろ」
「そんな事ないよ。あくまでこれは技術、特化された魔法に負ける事だってある。それにほら、」
ここは、コソコソ自分の力で生きてるやつの溜まり場だ、
木っ葉はともかく、この規模なら、
「『収納』、出てきたよ」
投げナイフか、毒ついてるな、
背後から背中、首も狙えるだろうに、確実に当てることを優先か、
流石に僕も、毒耐性を得れるほど受けてはないから、これを投げてきたあの男より優先してしまう。
「うわ、本当にいたのじゃ!?」
「レコウ、魔法使わないでよ、」
知覚できなかったか。
身のこなし、魔法、両方だな。
直接収納したとして、いやもう遅いか、しょうがない。
「ちっ、気づいてねえと思ったんだけどな」
男だ、話しかけてきた、表情に焦りはない、
隠してるだけだな、散々部下を消してやったんだ、取り繕ってるだけだろう、ムカつく。
「それだけ殺気があればね」
「ついに殺気って言いだしたのじゃ、やっぱり変な方法で把握してるのじゃ」
「それだけ空気の揺らぎがあればね」
「言い直したのじゃ」
背後から、つまりは一度見逃したわけだ。
流石に同じ空間にいたらわかったはず、それに殆どの部屋は一応何か落ちてないかチェックもしたし、
「この方向……。ああ、あの部屋にいたんだ、悪趣味だね」
「いきなり人を消し飛ばす奴に言われたかねーな」
あの部屋、僕は無意識に詳しく覗くのを拒絶してしまったんだろうか。
いや、それにしたって、まるで僕が来るのが最初から分かっていたかのように、事前に魔法でも使っていないと。
……ん、あ、もしかして、そういう事か?
「……本当に悪趣味だね?」
「うるせぇ、ああいう場所ではうっかり本心を溢す奴が多いから、便利なんだよ」
「いや絶対性癖でしょ」
じゃなかったら、ずっとあの中にいるなんて、どんな罰ゲームだ。
「まあいい、便利だった中身は消えちまったが、ちょうど補充もできそうだしな!!」
「ふむ、そういう特殊性癖の持ち主ってわけじゃなさそうなのに、僕にその視線を向けるか。これは、少しは僕も成長したって事かな」
とはいえ、戦闘中。軽口の範疇で本気でそんな願望をぶつけてきているわけではないが。
よかった、流石にそれをされたら、耐え切れずに、後先考えず消し飛ばしてしまったかもしれない。それはまずいし。
それにしても、少なくとも軽口にできる程度にはそう見えるって事は、アレンにも少しくらいペットにしてもらえる可能性が?
だとしたら服のおかげか、レコウさまさまだな、感謝するとしよう、
「レコウ邪魔! そっち隠れてて!!」
「ひどっ!? ……まあ、セシィなら万が一にも負ける事はないか。しょうがないの」
「逃すのか? まあいいぜ、いけよ」
そう言いながら思いっきりあっちにナイフ投げやがったな。どうせ刺さらないだろうけど回収しないと。
しかしレコウを警戒している。下手すりゃ僕以上に、まあ確かにまったく情報のない正体不明の敵だし、しょうがないか。
それとも、僕が弱そうだから? レコウに比べて骨ばってるし、魔力の圧も弱いし。……まあ、その方が、警戒されなくて合理的だし?
でも今はダメだ、もっと僕を見ろ。
「『収納』、『放出(返すよ)』」
「うおっ、あぶねーな、わざわざ同じ速度で返してきやがって」
入れた毒ナイフを返してやる。
わざわざ運動量も収納してやってまで返したんだ、精々長く踊ってもらおう。
「いや、少しだけ遅いか? ……なるほどな、そういう事ならまだ俺の組もなんとかなりそうか?」
「まあ、一応全員殺す気はないよ。今は、だけどね」
わざとヒントをやったとはいえ、なかなか頭の回転が速い。まあそうでもないと、あそこまでの潜伏魔法は使えないか。
それじゃあ、次のヒントは気づけるかな、
「なるほど。そこに、ナイフを受けるための入り口があって、さっきから全部それ一つでやってるわけだな。道理でこんな高度なことをして疲れ一つ見せねーわけだ」
「……っ、」
「だかタネが割れれば!」
そう言って突っ込んでくる、ように見せかけて、煙玉に火をつけたな。
一度身を隠して再度潜伏する気か、それとも部下を心配したフリをブラフにして、そのまま逃げるか?
まあさんざん僕が人を消したのを見たあとだし、この程度がタネにも仕掛けにもならないってことは、わかっているんだろう。
つまり、彼は僕に合わせて演じてくれているだけ。
いいね、僕の夢が好きそうだ。
それに想定通りに思考を回してくれている、いいぞ、その調子だ、
でもだから、煙玉はダメだ、そんなものを使ったら僕の顔が見えなくなるだろ?
「『収納(それは邪魔)』」
「っ、そこだ!」
わざわざ見え見えのブラフに反応したから、僕と彼の距離がつまる。
さて、次はどうしようかな、どうすれば僕をもっと刻み込める。
荘厳に、それとも悪辣に?
「『放出(人の壁)』、どう?」
「ちっ、やっぱ悪趣味はてめーだろ」
そういうくせに、容赦なく部下もろともナイフ投げてきたね。
まあわざわざ空間作って停止させたままだから刺さらないけど、いや刺させた方が印象的だったか? 脳さえ止めときゃいいわけだし、まだまだ僕も甘いな。
「『放出(人の壁)』、『放出(人の弾)』、もいっちょ『放出(人の賑やかし)』、」
「はっ、ワンパターンだな!」
スルスル抜けて近づいてくる。
しょうがないだろ、関節動かせないんだから、あんまり面白いオブジェにはできない。
僕も長引かせるために後ろに下がってるけど、そろそろ行き止まりだ。
まあいいや、どうせもう弾切れだし、
さて、どうかな、僕の演目は。
そろそろ君の中に、僕の存在が刻みついたかな?
「おらっ、当ては外れたかよ!」
「うん。やっぱり悪辣よりも、荘厳の方がいいみたいだね。僕に合っているかと思ったけど、君の好みを忘れていた」
流石は悪党、この程度の悪辣は日常茶飯事ってことで、印象は薄いようだ。
やっぱり、僕に演出家は向いていないのかもしれない。
なら、もういいや、ゴリ押しするとしようか。
『整理』
「——っ、ぐ? 何だ今のは、」
「おお、いい反応だね。そうだよ、それが正しい、普通だ」
でも抵抗はできなかったみたいだね。
まあ疲れてたようだし、しょうがないか。
「ほら、来るといいよ」
「は、そう言われると逃げたくなっちまうな、」
「うん、それは駄目」
彼の背後の空気を固める。
重さがないから簡単にずらせるし、空気の流れが読みづらくなるから、あんまりやりたくはないけど。
まあ彼の後ろの通路、全てを固めたから、ずらされる事はないでしょ。
「くそっ、何だこいつはっ」
「ああ、安心して。きちんと物も止めといたから、壊れる事はないよ」
そう、せっかくだ、今日は何もなかったってことにしてしまおう。
金貨とか回収したけど、よくよく考えたらそれは後でアレンが拾うかもしれないからね。
ま、でも、ちょっとぐらいなら。アレンが頭を下げるなんて有り得ないし、落ちてたのくらいならいいか。
「はは、逃げはねえって訳だ、いいだろう!」
「うん、威勢がいいね。君の自信の源は、そのナイフか? 『じゃあまずはそれを止めてしまおう』」
空間に固定するのは、状態を固定するのとはちょっと違うから疲れるんだけど、主に自転公転のせいで。
今回は完全に掌握した後のナイフだけだからいけたが、普通はもっと時間がかかる。
まあ、本当はわざわざやらなくても良い、見せプレイってやつだ。
お、振り抜く瞬間に止めたのに、手首を痛めずにそのまま殴りかかってきたな、なかなか上手い。
「いや、やはりその肉体か? 『ならそれも止めてしまうか』」
あえて腕だけ止める。
それでも捻れないんだ、まあ下手に怪我されても困るけど——っ、と、
「『それとも精神か?』、とりあえず止まれ」
おお、せっかく残ったのに、自ら外して引きちぎろうとしてくるよ、どんだけ覚悟決まってるんだ。
せっかく段階的に止めて恐怖を演出しようとしたのに、結局全身止めてしまった。
こうなったら、内臓でも一つ一つ抜いていくか? 止めながら抜けば死にはしないだろうし……、流石に綺麗に直せる自信はないな。
「とりあえず胆嚢だっけか、あとは腎臓は一つとっても問題なかったな。肺は、二つあるけど流石に駄目だったような。……と、こんなことを言っても、理解できないか」
「……っ、」
「どうした? 口は残しておいただろう? …………って、これじゃあまた悪辣だな。荘厳で行こうって決めたのに、やはり僕には悪辣が似合っているらしい」
やってしまった、全く、これだから僕はもう。
「すまないね、じゃあ、君の最後に飛びっきりの荘厳をお見せしよう」
さて、で、とびっきりの荘厳ね…………、
…………、
…………、
…………、
…………荘厳に、
…………荘厳な、
…………荘厳の、
…………、
…………やはり、
…………うん。
…………なんも思いつかない。
え、いま僕、収納空間の中からっぽなんだけど?
…………どうしよ。