6話
「なるほどのー、変化の術を使いたいと。それで我を見てたんじゃなー。しかし、すまんが我は魔法を教えるのは苦手じゃぞ」
「うん、知ってる、」
「え、」
「それに大丈夫、いざとなれば裏技もあるし……。と、そろそろだね」
華やかな町のその裏。
表が綺麗であればあるほど、その肥溜めは深みを増す。
王都ですらそうだったんだから間違いない、
実際こうして簡単に、それなりの規模のアジトに辿り着いた。
「とりあえずこの辺、人のいない倉庫に出ておこう。あ、レコウもう一歩こっち。そこだと壁に埋まる」
「ふむ、まあ我は人間の作った住居に埋まったところで、ノーダメじゃがな」
「うーん、その魔力量なら普通はそうだけど。レコウの場合、ちょっと背の高い雑草に重なってもミンチになる可能性が」
「え、今まで我、何度もこの空間から出てきとるんじゃが」
「ちゃんと出入り口を作った場合は大丈夫なんだよ。でもあれは反応が大きいからね、一応は敵地だし直接『放出』した方がバレずらい」
とはいえ、流石にそんなに高位の魔術師が、こんな肥溜めに留まっていることはないと思うけど。僕みたいな例も無いこともない、警戒はしておこう。
「……先に全部、整理しておくか? でも対応できる相手がいた場合、それこそこっちの存在を伝えるだけだし、」
「よーし、じゃあ財宝探してレッツゴーじゃー」
「あ、ちょ、待って。まだそっち確認してな、」
扉を開ける。
目があったっ、ぽい。
扉を開けたレコウが一瞬固まったから、
流石にこの無鉄砲トカゲも、いきなり目の前に人間が現れたら驚くらしい。
「なっ、誰だ、
「お、『火龍の
「『収納』、『やめろバカ!』」
叫ばれる前に男をしまって、バカを止める。
疲れる、別にこの程度の速度の魔法は問題ないけど、精神的に疲れる。
というか、あのバカトカゲ、僕が止めなかったら何をぶっ放すつもりだったんだ。
力加減は得意じゃなかったのか全く、
「…………。」
「……ん? ああ、人型だから口で喋ってたのか、『もういいよ』」
「——っ、おお! 久しぶりの感覚じゃの」
「久しぶりってほど、経ってないけど」
「しかしこれ、いつでも使えるじゃな。これじゃあ、我が何をしてもセシィに勝てなくなってしまうじゃないか、はっはっはー」
何かやるつもりだったのかな。
しかしこの単調さだと、なんか弱みでも見せたら、下剋上でも狙ってきそうだ、
まあレコウならしないだろうけど。
……ん?
「別に、いつでもってわけじゃない。ただレコウが何してもいいように、常に掌握状態にしておいただけで」
「え、我の扱い?」
だって、そうしとかないと何かあった時に、レコウのこと守れないし。
……いや、その、このバカトカゲは、気づいたら見えてる地雷原に、自ら突っ込んだりしてそうだし。
「それで、さっきいた人間はどうなったんじゃ?」
「いつものとこに、しまってあるよ。脳まで止めておいたから、自分がしまわれた自覚もないだろうね」
「ほー、相変わらず何でもありじゃの?」
「まあ魔力量が多いと、普通は、抵抗されるんだけどね。魔術師でもない人間なら問題ないけど」
まあ抵抗されたらされたで、色々やりようはある。
そういや試してないけど、どうせこの子は何の抵抗もなく、収納できるんだろうな。
「しっかしそうなると、我の財宝ちゃんと同じ場所に人間が入っているわけか。なんかちょっと嫌じゃの」
「あー、分けといた方がいいか。でも次元はいくらでもあるとはいえ、人間を大量に詰め込む用の空間ってのも、何か気持ち悪いな」
「ちなみにその人間って、どうするんじゃ? 売れるのか?」
「…………さあ?」
人間なんて、商品としては扱いにくいし、宝石とかの方がよっぽど楽だろうに。いや、人間を元手に、石ころに手を出すのか。
こいつら、憲兵にでも突き出せばお金が貰えるのかな。そのあとは収容か処刑か、僕にするのは一応違法だっけ。
どっちにしろ、楽そうだな。
「……石の下にでも纏めて埋める?」
「ちょっ、流石に墓穴直行は鬼畜すぎるんじゃないか?」
「墓じゃなくて重しだよ」
「うわぁ、。生態系も崩れそうじゃし、もしそうなったら我が先に焼いてやろう」
「いいよ、別に。あ、それとも食べる?」
「いやじゃよ、なんてこと聞くんじゃ!?」
「え、そう?」
まあ、確かにこんな路地裏の人間なんて、僕と同じでドブ臭くて食えたもんじゃないか。
この子、意外とグルメだし。
「さてと、宝物庫はどこじゃ?」
「宝物庫ってほど立派なものはないと思うけど、まあどこかに纏めてある場所はあるかもね。さっきの倉庫は違ったみたいだし、あるとしたらもっと人が多い場所か」
「あ、人間の匂いじゃ」
「うん、見えてる、『収納』」
曲がり角の先、これで四人目。
結局、こいつらは適当に力を奪って解放することにした。近接技能がなけりゃ、アレンでも楽に倒せるだろう。
「ほう、我の鼻に勝るとも劣らないとは、やはり便利じゃの、空間魔法」
「え、収納しか使ってないけど」
「ん? あの先の人間を見るために、いつもの整理とやらを使ったんじゃ」
「使ってないよ。あんなのに一々使ってたら、せっかく魔術師に先に見つからないようにしてるのに、意味ないでしょ」
と、この向こうのさらに奥の部屋に二人、そしてそれを見ているのが一人いるな。騒ぎを起こさせないために、纏めて入れないと。
「え、じゃあ、どうやって」
「何が? 『収納(あ、一人はここに、二人はこっち)』」
「ほら! 今! よく分からんけど見ずにやったじゃろ、どうやっとるんじゃ!?」
「ん? ……ああ。ほら、音とか、空気の振動とか? レコウは出来ないの?」
「できるかじゃ!?」
ふむ、常に真っ暗な中で行動できるよう、このくらいは必須技能だったのに。
ああ、レコウは夜行性らしいし、爬虫類っぽい細目だから暗いところでも見えるのか、
……あれ、夜目が効くのは猫であって、爬虫類はむしろダメだっけ。うむむ、夢の記憶が曖昧だ。
「空間魔法を使うなら、この程度は簡単に出来ないと危ないから。それに、空間魔法の素養が見つかってからは、たくさん訓練もさせてもらったしね」
「……やはり、怖いのは空間魔法の存在じゃなくて、セシィそのものなのでは」
酷い言われようだ、慣れれば簡単なのに。
特に風を切る縄なんかをずっと感じていれば、嫌でも空気の流れが体に刻み込まれる。
あの独特や先端速度の加速は、ずっと鮮明に覚えてるくらい印象的だ。
「体の感度が重要なんだよ。薬使ったり、慣れて鈍くならないよう最低限のところで治したり。あ、電流なんてのも試したな。いざって時に魚だと困るから、いろんな技術があったんだ」
「……おう? よく分からんが、大変だったんじゃな」
「まあおかげさまで、アレン相手に魚になることもないだろうし。いやそんな事は万が一にでもないんだけどね」
「お、おう。まあ魚になる事はないじゃろうな、まだ変身魔法も使えんし。……何で魚?」
……確かに、何でだろう。
おっきくてポテっとしてるから? 分からない、覚えてない、いや夢も知らなかったのかも。
「……お、あの先の。魔法使いだ」
「ほう、マジかじゃ」
「うん、対して魔力量は多くないから問題ないけど。一応、警戒しておいて」
「…………ちなみにそれは、どうやって調べてるんじゃ?」
「え? ……勘? ほら、たたずまいとかで大体」
「えーー……」
「いや、それにほら、魔力を感じれば一発だから! 魔法使う人ならみんなやってるから!!」
「普通そんな事できないのじゃ……、」
む、失敬な、ならどうやってみんな魔法を使ってるっていうんだ。
小さい炎一つ出すのにも、失敗したら大爆発を起こす可能性があるんだぞ。
魔力を全て正確に把握しておかないと、危なっかしくて魔法なんて、
……あ、このトカゲ、もしかしてそういう事か?
「レコウ。次から魔法使う時、僕から離れてね」
「ちょ、違うぞ!? セシィがおかしいんじゃぞ!? 我のほうが普通じゃぞ!?!?」
「あーはいはい、『収納』っと」
お、全然抵抗してこなかったな。まあ気を抜いていたしね。
やはりスニーキングは効率的だ。アレンの休日にもよくしてたっけ。いや、あれはたまたま、行き先がちょうどいい距離で被ってたことが、何度もあっただけだけど。
「……むーっ、」
「あー、ほらっ。そこの角先、金貨落ちてるよ!」
「……金貨は動かないのじゃが」
「え、何言ってるの? 当たり前じゃん」
まったく、文句を言いたいのはこっちなのに、大好きな金を見つけたんだから機嫌を直してほしい。
……ん、いや、レコウが欲しいのは大っきい黄金であって、金貨が欲しいのは僕でした。
これは失敬、道端に落ちている金貨より価値の低い頭を下げるので許して。
「……本当に金貨じゃ。普通落ちているとして、銀貨や銅貨だと思うものじゃろ。やっぱり確信して、」
「『収納』。あ、頭を下げる必要もなかったか、これまた失敬」
「……セシィは、たまに別人が喋ってる用になるの、」
そんな小声で言わなくても、全部聞こえてるのに。もしかして、レコウは考えている事が口に出ちゃうタイプか?
僕なんて、生まれた時から観察されてる人にすらバレないほど、表情を隠すのが得意なのに。
ポーカーフェイスも、アレンに何考えてるかわかんねぇ、って言ってもらえたから、できるのに。
「それでも、僕がちょっとしたミスをすると、すぐ見つけてくれるんだ。まあアレンの前でミスなんてしないけど、ミスに見える事はあるからね。つまりそれだけ僕のことを見てくれて、キャーッ、」
「……セシィは考えている事が口に出ちゃうタイプなのか?」
「失礼な、これは惚気だよ」
「うわっ、なお悪いのじゃ、」
本当に、誰が見たって従順に見えるような完璧に作られた表情を、アレンだけは気持ち悪いって言ってくれたんだ。
髪で隠してた方がマシだって、無理してそんな表情見せられる方がうざいって。
だから、セルースは、あなたの前でだけは本当の自分になれたんだよ。
ああ、愛しています。