29話
……人間って、一人いなくなったところで、意外とどうにかなるものだね。
というわけで固まったワカメだったモノを放置しながら、放課後。
レコウは先に行ったらしい。
万が一にも怪しまれないように、少し時間をおいてつけていくか。
「(あらー、セシィちゃんの胸の感触、いいわねー。こっちも、やってみたかったのよー)」
「……静かにしててね」
まったく。
僕の感触なんて無いだろうに、でも気分がいいから許してやろう、このペンダントめ。
さて、レコウはどこで待ち合わせしてるって言ってたかな……、
あ、聞いてないや。
まあ、この学園内で、僕が先に見つけられないこともないでしょう。
それに、いざとなればレコウの掌握した座標から……って、これは卑怯だからやめるんだった。
「どこいると思う」
「(そうねぇ、待ち合わせといえば、定番はやっぱり中庭かしら)」
「ふーん、まあとりあえず探ってみるか」
レコウー、後あのピンク、メートー、
あ、本当にいた、もう合ってるのか?
流石に、この距離だとなに話してるかわからないな。もっと近づかないと、
「……あれ?」
「(どうしたの?)」
「人いる? 進行方向途中、見つかったらまずいかな」
「(同じ学年クラスの人? だとしたら、あの女にここにいたことがバレるかしらね?)」
というか、近い。
こっち、向かって来てる、避けられなさそう。
にしても、僕がこの距離に近づくまで気づかないなんて、なんて影の薄い、
「あ、クラスメイト、」
「(誰かしら?)」
「えっと、その、ほら。いつも二人組とか、一人あまってそうな子」
「(そんな人、いたかしら)」
ひどいな、仮にも元は同じクラスメイトだろ?
「(いえ、このクラスは学年が始まった時に偶数にしているはず。一人、あまることなんて、)」
え、それは、
一人休んだから、
つまり君がいないからでは、レリア?
君はやっぱりちょっと、クラスの一員っていうか、仲間意識とか薄そうだよね。
「(いえ、始まった時。つまりは編入生が一人入ったのよ、あの女。だから、それが私に成り代わった今、)」
「——っ、」
そんな、なら、なぜ、
まさか、誰かわざわざ奇数で組んでもない限り、そんなこと、
…………剣術の授業。
二人まとめて、まあ、問題ないか。
……あ、これ、僕のせいだ。
「本当にすまん少年」
「(あらあ?)」
「うん、ただの、勘違いだったよ」
ま、まあ、その後で、ダンジョンにも誘ったから、許してくれ。
あー、もう、目があっちゃった。
流石に彼をまた無視していくなんて、僕はできるけど、僕の夢が耐えられなさそうだよ。
「……や、やあ少年。奇遇だね?」
「(……なにかしら、そのキャラ)」
うぐぐ、確かにあっちの方が年上だけど、夢の経験が疼くから年下な気がしちゃうんだよ。
「少年って、いや、なんでもないです」
不満があれば言っていいんだよー!?
っ、落ち着け、本当にどうしたんだ僕は、
最近なんか、前よりも夢に引っ張られることが多い気がするぞ。気が緩んでるからか?
「……それより、あの、あなたに。聞きたいことがあって、」
なになに! 何でも、は、聞くな!!
ふぅ、悪いが、さっさと話を終わらせて、あっちの様子を見にいかなきゃいけないんだよ。
適当にあしらって、
「なんで、男のふり、してるんですか?」
…………おうふ。
なるほど、君が最初に気づくか?
なぜ??
「そ、その。前に着地するのを見た時、関節の柔らかさが明らかに男性ではなくて、」
……なるほど、あの時か、
しかし、関節、つまり股関節の部分だろ。
うーん、
「いや、気持ち悪いね」
「あっ、ごめんなさい、」
「おっと、すまん少年、つい、」
僕だったら、体幹とかで判別するのに。
君、そんな目で人のこと見てるのか、やっぱちょっとムッツリでは?
そんなの、意識して普段から観察でもしてないと、気づかないと思うけど……、
「……それで? ちょっと、制服が足りなかっただけだよ。別に僕は、一度も自分が男だなんて言ってない」
……多分。
だって、日常会話で、性別わざわざ確認することないし。
見た目で、普通……、
誰の胸が男だコラー、
「い、いえ、その。……最初は、また彼女に男が寄って来たのかと思ったんですが」
「はあ、男みたいで悪かったね??」
……この、人の胸見ながらいいやがって。
どうせ見るもんなんてないですよーって、
…………いや、違う、
こいつ、なに見て、
「どうやら、もっと悪い女みたいですね」
黒、はや、線、
一直線に、僕の心臓、
そこにかかっているアクセサリー。
「『』っ、閉じるよ」
多分聞こえてないな、ごめんレリア、説明する時間もない。
隙間は埋めて、つまりそのまま、僕の心臓、
「っ、まとりーくす?!」
何だそれ、いやそれよりも、これ胸デカかったら当たってたな。
上体逸らし、胸を強調するポーズ、ただただ悲しい。
……本当、悲しいよ、少年。
君のことは、僕の夢が気にしていたのに。
「あ、あれ。やっぱり、あなたも、あの女の仲間なんですね」
彼に、黒いモヤが集まっていく。
これは、鎧?
固まって、剣の形状をも作り出す。
……ああ、そうか。
君が、
「じゃあ、ボクが、守らないと」
潰してやるよ、偽勇者。
速い、あれについてわかっていたのはそれだけ。
ただ対面してわかった、あの鎧は発動した魔術そのもの。
僕の収納空間のような、既に発動し終わった現象。
「『雷撃』」
「…………、」
うーん、絶縁体。
焦げすらつかないや、もともと真っ黒だけど。
多分、あれは影のようなもの。
直接的な物理現象じゃ、散らせても消せないな。
「……おっと、」
剣が振るわれる、無駄にでかいからまだなんとかなる。
対魔物用の動き、これが対人に特化していたら厳しかったな。
……しかし、読みづらい。
これ、常に認識阻害、しかも強力な、
そんなに中身を隠したいのか?
その上こいつ、硬い鎧に見えて、本質は流動体だ。
性質が変化し続けている、本当に把握が大変で面倒臭い、
「『整理』」
「…………、」
やっぱ弾かれるな。
それに、結界のせいで一々発動まで邪魔が入る、
前より酷いな、屋敷を更地にしたのがバレて設定変更されたか? もう消し飛ばしてやろうか。
……レリアの手前、それに近くのあのピンクにばれかねないか。
でも、そんなこと考えてる余裕、いつまであるか、
「……おっと、来ないのか」
「…………、」
幸いなのは、この鎧、動きは速いけど反応はそうでもない。
多分、中の人間に依存しているんだ、
彼の神経は悪くなかったけど、僕には及ばない。
それに、
「『狭間の盾』、それに『狭間の剣』。さすがに、君もこれを喰らうのは嫌らしい」
久しぶりに使った。
空間の入り口を、手に持って振り回す。
円形の盾と、直線の剣。
中身は乱雑に繋げられていて、触れたものは粉々になる。
正直あんまり効率的ではないが、結界に邪魔されてるこの状態では、この方が小回りが効くし消費が少ない。
……しかしこれ盾の方はいいが、剣の方をクリーンヒットさせたら、多分少年死ぬな。
剣を振るうが、体を真っ二つにするわけにもいかない。結果的に表面を撫でるだけに留まってしまう。
「……その邪魔な飾り、まずは削ってあげたんだけど、」
「…………。」
意味ないな、すぐに復活した。
あれ全部、消し飛ばさないと意味ないのか?
いやもっと大部分を一気にいけば、効果はあるはず。
でもそれすれば、中身も消える。
……いや、僕は、それでも、別に、
「っ、と、」
「…………、」
「————、やば、」
ちょっと速くなった。
対応、されてきてるか?
いやこれは、中の人間を気にせず、鎧が勝手に動いてる?
はは、このペースで続けたら、中からジュースが出てくるかもね、
「ちっ、ゆるせ少年!」
「…………、、」
剣が、互いに交差する。
真っ黒な大剣は、僕の盾に吸い込まれて、
そして、真っ赤に光る目が、
……ええ、なにそれ?
「————ぁ、」
目からビーム。
そういえば、確かに最初もそんなん撃ってたね。
やば、これ、あたった、
「…………、」
肩、痛いな、でもその程度、
これ、そこまで熱くない、レーザーじゃなくて、体の一部を針にして飛ばしてるのか。
でも、どっちにしろ摩擦で、止血がすんだな、ありがとう。
悪いね。被害は、大した事ない。
そして僕は、君の肩に、剣を突き刺したよ。
「…………」
黒い剣が振り上がる、あ、もう生え直したんだ。
これは、直接削りまくっても意味ないかもね、一片でも残ってたら復活しそう。
というか、刺さった状態で動くなよ、抉れちゃうだろ、これ今中身に繋がってるんだぞ。
うわぁ、後ちょっとで、腕取れそう。
「……、
剣が迫る。
……そう、君を、直接消すのは大変そうだ。今は諦めてあげる。
その外面は、随分と隠すのが上手みたいだね。僕でも把握しきれてないや、
でも今、君?
中身、丸見えだよ。
『収納』
…………さて、
中身の無くなった影は、霧散した。
そんなこと知るかとばかりに、そのまま襲いかかってくるパターンも想定していたから、なんか拍子抜けだ。
まあ、そんなことになったら、今度こそ遠慮なく全身消し飛ばすまでやってやるが。
「…………ふう、右腕、上がらないや」
的確に剣の方狙って来たな、盾の方が面積でかいのに、僕が使いたくないのわかってたのか?
性格悪い奴だ、本当に少年が考えてやった? ムッツリだけど、どうだろ。
まあいい、それより情報を。
収納空間を開いて、
「(……っ、ちょっと、何が起きたのよ!)」
……あ、レリア。
そういえば余裕なくて、君のと同じ空間に飛ばしちゃったっけ。
ちょっと肩ちぎれかけてるから、ビックリしたよね。
「……ああ、そうだ。レリアって、聖女なら修復系の魔法とか使えない? さすがに貸してもらった杖じゃ厳しいし、僕のやり方だとちょっと荒っぽくなる」
いくら有効活用だからって、少年も、ワカメの肉片とかいきなり詰め込まれたくもないだろうしね。
他には、糞貴族のとかもあるけど、もっとサイズが合わないや。
「(ええ、できるわ……って! セシィ、怪我してるじゃないの‼︎⁇」
「え、うん。いつものことだよ」
「なっ、早く見せなさいっ! ああそとっ、結界邪魔‼︎ 『ぶち壊れ、
「ちょ、僕が中に行くから⁉︎」
いやこの子、僕がせっかく壊さないようにしたのに、なに躊躇なくやろうとしてんの!?
もう、この程度、本当になんてことないのに。
どうせ生まれてから全身置き換わった肉の器に、そんなに動じなくても、
「もう、重症じゃないの、『聖癒! 聖女フルパワーバージョン!!』」
「あはは、」
まあ、心配する分には、その人の自由だよね。
僕に否定する権利も義務も、ないか。




