26話
学園、今日は朝から騒がしい。
音の中心はピンク髪。どうやらみんな、何が起きたかは分からなくても、誰が起こしたかはわかっているようだ。
「……おはよう、メートちゃん」
「あ、おはよーセレンくーん」
慣れない、まあ他の名前呼ばれるよりマシか。
さてと人がいるな、このまま混ざって話を聞くか、それとも一人になるタイミングを伺うか。
「そー、あれが勇者様だよー、みんな見たでしょー?」
多分、見えてないんじゃないのかな。
しかし、こうしてみると、この女は本当にクラスの中心人物。誰とでも仲良くしている。
特別、誰かと親しくしたり、それこそ王子は、本当にこれと相思相愛なんだろうか。
まあ、僕には関係ないことか。
「え、うん、そうだよー? なか、誰かぁ? もー、勇者様はゆーしゃ様だよー?」
……お、何も知らないクラスメイトよ、いい事を聞いてくれたな。
少なくとも、真正面から聞いても答えてくれないらしい。
でもこれは、前に言っていた事と矛盾するか? チャンスだ、突いてみよう。
「メートちゃんも、勇者が誰かを知らないの?」
「……うん。メートは、勇者が誰か知っちゃダメだよ」
……ふしぎちゃんだ。
でもこれは、元の聖女を戻すきっかけになるか?
「それは、」
「でも大丈夫。聖女は、勇者が誰か知ってもいいから。だからわたしは知ってるよ」
「……そう、」
この女、これクラスの中心で言ってるんだよ?
どんなメンタルしてるんだ、ほら周囲の空気も、
「それでねー、えへへ、」
…………って、あれ?
みんな、普通の会話に戻った?
さっきのは、無かったみたいに?
どんだけこの娘、不思議ちゃんで通されてるの!?
いや、待て、何だ、流石におかしい。
これは、僕のせいじゃない、
いま、何が起こった——
「……んー、どうしたの?」
——目が合う。
ピンク色で、深く、吸い込まれそうな光。
苦手だ、ずっと見ていると、何か、底が漏れ出す。
聞かれている、僕に。周囲への会話ではなく、確実な矛先が向けられる。
「……何が?」
「うん。ちゃんと聞いてくれないから?」
「何を?」
「メートのこと、おかしいって思ったのに、何で隠すの?」
…………。
落ち着け。
なるほど、僕の演技が悪かった、確かにここは狼狽えないとむしろ変だ。
何か、この女が不審な術でも使ったんじゃないかと、周囲に合わせてしまった。
そんな魔法、使ったら僕が見逃すはずがない、そのはずだ。
つまり、対応を失敗した、怪しまれている、挽回しろ。
「いや、みんな気にしてないからね。そういうもんかと」
「えへへ、みんなは、じじょーを知ってくれてるからね」
「……なるほど、聞いても?」
「ん! メートは、聖女だって言われたけど、みんなの前で勝手に勇者様の正体を話すわけにはいかないのです。ダメって、言われちゃったの」
……つまり、上に口止めされてる?
「ほんとはね、勇者様のことは秘密なんだって。聖女以外、知っちゃダメだって。でも、もうみんなに言っちゃったから、メートは聖女になるしかないらしいのです」
……わからない、隠しているのは、敵なのはこの国? いやまあ、それはそうなのだが、じゃあこの子はどの立場だ?
「……結局、君は、勇者の本当の正体って、知ってるの?」
「…………んーー、」
そして、彼女は、ゆっくりと桃色の唇に指を当てて、
「秘密、です。」
そのまま、また何の中身もない会話の中に、戻っていった。
はぐらかされた、完璧に、この僕が。
でも、よくよく考えたら、僕は誤魔化し媚を売り自分を演じるのは得意でも、誰かの演技を暴く経験はそんなにしてこなかった。
あれが、僕と同じくらい外面を変えられるモノだとしたら、確かに僕じゃあ中身を見ることはできないか。
しかしそうなるとどうしよう、
一度、部屋に戻ってレリアとも情報共有しておくか?
勇者の正体は秘密、ね、
また聞いてないんだけどレリア、君ちょっと伝え忘れてる情報多くない?
ふむ、一度、お昼にでも話した方がいいかな。ああそうだ、レコウにも話しておこうか。
レコウは、まだクラスに来てないのか?
部屋も違うから、今日はまだ会ってない、
ふむ、まあ、僕が少し探せば、すぐ見つかるだろう。
一応、授業が始まる前に、今日の予定でも伝えおくか。
さてさてレコウは…………、
…………ん?
…………近くにいないのか? 少し感度を上げて、聞き取る範囲を広げて……、
————邪魔じゃ、
あ、いた。
あれ? 意外と近いな。ここは、空き教室か?
にしても、朝からやってるのか、全く変態どもは。
……何だよ、僕も人のこと言えないって? うるさいな。
「……あー、レコウー?」
とりあえず、面倒ごとになる前に、先に迎えに行くか、
……って、何だ、レコウの方からこっち来てる。
「おー、セシィ。どうしたのじゃ?」
「それ呼ばないでよ」
「ははは、安心せい。この辺には、誰もいないのじゃ」
「そう、ならいいけど」
……まあいいか、レコウに、情報共有しとこっと。
「ふむ、なかなか手強そうなんじゃの」
「そうだね。まあ、一応の問題は解決したし、ゆっくりやるよ」
「……いや、我も何とかしてみよう。まかせておけ!」
「……えー、」
どこから出てるんだろう、その自信。
この単純直線なドラゴンに、あの仮面の下を覗くのは厳しいと思うけど。
実際、僕のは殆ど覗けてないし。
ま、期待せずに、信じておこうかな。
…………さて。正直、身が入る気がしないが、いや元々か、
今日の授業は、
「……見学? なにを?」
「ああ、何でも聖女の仕事場を、見学できることになったらしい」
おう、メガネ君。
しかし、何だって急、なのかな?
「行くのは簡単だからな。なにせ、この学園内だ」
「なぜなぜ?」
「近い方が便利だと言う女がいてな、新しく自分で作ったらしい」
「……なるほど。ちなみにその女は、聖女で、今は違ったりする?」
「どうだろうな。あの女以外に、聖女が務まるとも思えんが」
……メガネ君、
君、空気読めよ。
こんなの、誰かに聞かれたら、多分まずいことになるぞ。
「わかっている。魔導国から来たお前だからこそ、話しているんだ」
「……生きづらそうだね」
「……ああ、全く。最近は、この国から出て行った方がいいかとさえ、考えているところだ」
空を指す。
ああ、あれ、まだ消えてなかったっけ。
「わかるか? わたしには、拒絶の意思までしか理解できなかった」
「あー、あれはね。多分、大丈夫だと思うよ。一応は、解決したみたいだし」
なんだ、聖女様。
別に、この国にも、君の理解者になれそうな人はいたんじゃないか。
「そうか、ならあんなもの、さっさと消すようあの女に言ってくれ」
「もし、あの女とやらに会えたらね。それで、この国に留まる気にはなったんだ」
「元より冗談だ。わたしが、この国から出ていけるわけがないだろ。わたしは、誇り高き、」
「あー、はいはい、エイン君ね」
危ないな、また長ったらしい呪文、唱えようとするんじゃないよ。
今回は、ギリギリで解除の呪文を覚えてたからいいけどさ。
「そうだ、わかっているではないか」
そして君は、何で決めゼリフ止められたのに、満足そうなんだよ。
まさか、君まで僕と同類って言うんじゃないだろうな。
「……あ、みなさん。聖女の間へは、危険物は持ち込み禁止です。ここに、置いていってくださいね」
わかめ、今日も引率はお前か。
「あ? この剣もか?」
「ダメに決まってるだろ。むしろ、何で普段から持ち歩いてるんだ」
「お前だって持ってんじゃねえか」
「私は護衛だ、」
「ワタクシが許可しました。ですが、それは魔導具。やはり、ここに持ち込みはできないでしょう」
「くそっ、昨日の失敗を受けて、装備を強化したのが仇となったか、」
「お、じゃあオレはいいんじゃねえの? これは普通の鉄製だぜ?」
「あなたは、普通に駄目です。何で持ち歩いてるんですか?」
「ちっ、しょうがねえ、外で待ってるか」
「そんなに嫌なのか?」
おい馬鹿ども。
なるほどメガネは、僕の横のポジション取ることで、あそこから離れてるのか。
くそ、なかなか賢いじゃないか、さすがメガネ。
というか、今まで気づかなかったけど、王子はどこだ?
「休みだそうだ。流石に、昨日のことがこたえたのだろうな」
「じゃあ護衛も付いてろよ」
「まあ、逆に気が休まらないのではないか?」
そう、一番に襲われてた、メートちゃんは普通に来てるけどね。
というか一応聖女、彼女もここで、なんかするのか?
「……何だ? あんな教師、いたか?」
何メガネ? ……ん、何だろうね、中の職員かな。
教師とは別で雇ってるのか、わかんないけどこっち来てる。
「なに? あ、この杖ダメ? そう、まあいいや」
別に、この程度で干渉なんてしないと思うけど。
この杖は、機構は恐ろしく複雑で精密だけど、これ自身は魔力を伴っていないのだ。
本当に、どうやったらこんなもん考えつくんだろう。
……あ、そうだ、
レコウー、杖ダメだってー、
聞こえてるかな、今は、ピンクちゃんの横にいるけど……。
え、なんで? 話、できてるの?
周りが騒がしい、でも僕なら聞こえるはずなんだけどな、
……やっぱり近づいたはいいけど、話せてないのか?
んーー、集中。いや、口動いてる、小声?
なになに、
——今夜、あとで、
嘘!? 成功したの!?
く、舐めてた、あのドラゴン。僕より先にあっちに気づくなんて。やだな、
いや、まあ、ピンク女の方が、来るもの拒まずなだけか。
それに、みんなの前なら拒否しづらいし。
わかっててやったのかな。だとしたら、なかなかやりおる。
いや、ただの偶然か。だってそれなら、小声で話す意味ないし。
まあ今夜、レリアも連れて見に行くか。
何か、話が進むといいけどね。




