19話
学園。その名の通り、学ぶその。
だから当然、いつも実技ばっかりしてる訳じゃない、
今日の大きな授業は、
「はい。では、ここの列から、二つのグループに分かれてください」
僕は馴染みなんてないけれど、貴族にとっては嗜みの技、
「いつも通り、制限時間内に、お互いの主張を通してもらいます。今日の題材は、」
ディベート、口論大会。
流石に全員、いや殆ど貴族だから、ヤジが飛び交わないだろうだけましだけども、
それでも、僕に何かできるものではない。
あー、レコウもあっち行っちゃったし、もう適当に寝たふりしてようかな……、
「人間の奴隷は存在すべきか否か」
…………、
「当然ですが、ワタシ達の国に人の奴隷はいません。ですが、他の国には、未だその存在が容認されているのもまた事実」
……人の奴隷、ね。
おい腹黒ワカメ、これもお前の授業かよ、確かに似合ってるもんな。
あと司会のくせに、ヘイトスピーチすんな。
「それを踏まえて、存在に賛成派と反対派、それぞれの立場になったつもりで、話してください」
……というか、僕、
賛成派なの?
やる気が出ない、
「奴隷なんて、そんなひどいこと、ぜったいだめだよ〜」
「そうだな、メートの言う通り、絶対に合ってはならないことだろう」
おい女ぁ! あと王子ぃ! 気持ちはわかるが、お前らが先人きってそれ言っちゃったら、話が終わっちゃうだろうが。
あとピンク女ぁ? 君さっきまでこっち側の席に座ってなかったっけ、いつのまに王子の隣に?
なんか元の位置には、は! 君はこの前も、最後まで一人であぶれて先生とやってた子。
……彼のためにも、一応授業にはしてやるか?
「ですが殿下。国によっては彼らが存在しないと、経済が回らないのもまた事実。全ての国が、わたくし達の用に恵まれているわけではないのです」
お、宰相君。
腰巾着じゃなくて、ちゃんと腕なんだ。
護衛君や、それに似たのと違って。
いや、ちょっと、言葉はアレだけど。
あと、一応ほとんどの国で表向き、人の奴隷は禁止されてるはずだよ。
表向きは。奴隷はそもそも人じゃない? それを言われちゃおしまいよ、
「でもでも、そんな事しなくても、みんなで仲良くすれば、」
「ああ、国が回らないのは王の問題。奴隷によって成り立つ社会など、そもそも崩壊している」
せやな。
実際多分この国も含めて、急に全ての奴隷を解放したら、壊れて無くなる。
関係ない人まで纏めて、まあそれもいいけど、
「……ふむ。お前は、どう思う?」
ん、なに、メガネ君。
君は……賛成派か、
言いたいことがあるなら、あそこに混ざってきなよ。
ほぼ二人と、にぎやかしピンクだけで進んでるぞ。
「わたしは、あまりこの教科は得意ではないのだ。君の意見を参考にしたい」
えー、面倒臭い。
普通に授業になってるなら、わざわざ僕が何かしなくてもいいだろ。
いや、まあ、確かにあれじゃ、あんまり参考にはならなそうだけど、
はあ、しょうがないか、暇つぶしだ、
「……奴隷は、一つの受け皿でもある」
「……ふむ、続けてくれ」
「難民や、孤児。そもそも人権がない物。それらが、曲がりなりにも価値を持てるなら、少なくとも雑に殺されることはない」
死んだほうが、マシかもしれないけどね、
「……だが、そのために、孤児院や教会があるだろ?」
「……君、賛成派だよね? 全然足りないよ。それにわざわざ、労働力になるかも不安定な物にお金を使うくらいなら、最初からお金と確実な物にしてしまったほうがいい」
ま、全然内情は知らないけど。
もしかしたらお金が有り余って、裕福な暮らしをさせてもらっている孤児とかも、いるかもしれないし。
ほんと、羨ましい限りだね。いや、妄想に嫉妬するなんて、あまりにも非生産的かな。
「……そうか。——だ、そうだ、」
ん、なに、メガネ君。
僕の意見を参考してみんなに言うのはいいけど、僕の方を見るのはやめてくれない?
今日の僕は、目立たないで寝てようとしてたのに、ああ視線が集まる。
奇異の目だ、嘲はないからまだ耐えられるけど、こう見られるのは苦手だ。
「ふむ、なるほど。だが、やはりそれは王の問題。しっかりとした下地があれば、その者たちはいずれ民となり、国の富となるだろう」
「いえ、ですがそれは理想論です。現在進行で、全ての奴隷を民にするには、百年でも足りないでしょう」
「えー、でも、理想は高いほうがいいよー」
……夢物語。
でも夢では実際に、そうなっている国を知っているからな。綺麗な部分しか見てないからかもだけど、
というか、またそこで話し合えばいいじゃん、何で止めてこっちを見るの?
「あなたの意見、悪くないですね。是非もっと、発言してください」
うぐ、宰相君。君の名前だけ知らないな。
確かに賑やかしとはいえ、ずっと二対一だったもんな。しかもあっちが綺麗事。
というかこれ、王子に悪いこと言わせる訳にはいかないからって、意図的に派閥分けしたんじゃないか? あの腹黒ワカメめ。
「……えっと、」
「ああ、ワイス君です。ぜひ気軽に呼んでください、セレン様?」
「ワイス君。」
……こいつ、前から僕の言動、調べてたな。
こいつも腹黒だ、苦手だ、わかめよりはマシな感じがするけど。
「セレンか。どうだ、何か反論はあるか?」
王子、反論って、ピンクのは意見でも何でもないだろ。
えっと、何か、言わなきゃか、
「奴隷は、商品的価値を持つから、場合によっては指導や訓練を受けられる。こともある」
決して、この学院みたいな教育、ではないけど。
「だがそれは、孤児院でも同じことだ」
「孤児は、お金を落とすかわからない。でも奴隷は、お金になる。だからお金をかけやすい」
「奴隷でも、確実に富になるわけではないだろう」
「でもそれは、商人個人の問題。商売で失敗するのは自己責任、最悪安くても売りつけられる。だけど、孤児院は失敗できない。お金が無くなれば全員死ぬ、国が出していても同じこと」
人道的以外で否定する理由のない金脈を、わざわざ徹底的に潰すなんて、合理的じゃないだろうからね。
どうせ、経済社会を回す商品に、意思なんて必要ないんだから。
……夢? 何だ、社会を回す歯車? 何の記憶、嫌な感情か? 昔は、そんな負の記憶を眺めてる余裕なんて、なかったからな。
「それでもー、みんなで一緒になって頑張れば、」
「お嬢さま、それは素敵な考えですが、今は経済の話なので。お金が無くては、みんなで生きていくこともできませんよ」
お、いいぞ宰相。そのままピンク止めててくれ、
……って、あれ? 何で僕が矢面で喋ってるの?
「だがそれもやはり、王の問題だ。孤児の、いやそもそも奴隷になるような人間など、初めから存在し得ない、全てが守るべき国民。そうなれば、奴隷商売など成り立たない」
「国民よりも、奴隷の方が国にとって使い勝手がいい時もある。特に単純作業に、肉体労働。それから精神的な苦痛をともなう奉仕。感情なんて、必要ない」
「それでも、意欲を持って民に取り組んでもらった方が、より成果を得られるはずだ!」
「その結果、下層の人間は全員奴隷と同じ扱い。結局、上の人が楽をするだけ。なら、最初から最下層の人と、中層の人とで分けた方が幸福な民が多い」
……夢の世界も、こういうことだったのだろうか。
だからといって、じゃあ感情すら持てない僕らを認めることなんて、できないけど。
まあ、今は授業だから、
「苦痛を伴う、ほーし?」
「……まあ、そのへんで。生活水準の低い民を、奴隷と呼んでしまっては、また別の議題になってしまいますよ」
……ピンク女。あれ、カマトトぶってるだけだろ。宰相君も扱いに困ってるし。
しかし、柄にも無く、熱くなってしまったかな?
「……多数の幸福のために、少数の民を見捨てろと、」
「まあ、王の問題なら、そういうこともあるんじゃない?」
「……だか、それは。俺に、力があれば、。そんなこと、」
「うん、それじゃあ、頑張ってね」
一応、人の、奴隷はいないらしいし、
それに、この国を覆ってるほどの凄い魔法の技術があれば、労働力は何とかなるかもね。
……あ、いや、それはこの人が、追い出したんだっけ。
……まあうん、どっちにしろ、僕にはもう関係のないことか。
「はい。では、今日はここまで、」
授業も終わったし、
結局、これ勝ち負けとかは付けないのかな?
ま、仮に誰から見ても決まってたとして、王子の方を負けさせるわけにもか。
めんどうだねー。
「……レコウ、行こう。お昼だよ」
「うーん、むにゃむにゃじゃ、」
「寝たふりなんて、わざわざしてないで、」
「……やっぱ、セシィにはバレちゃうかの」
そりゃそうだ、どこの世界にむにゃむにゃなんて言って、ねむる子がいるんだよもう。
学食、席は基本自由だが、誰も寄り付かない席がある。
決まった人選、高貴な人が、よく使う場所。
……つまり、あそこら辺に寄り付かなければ、変な奴らに絡まれることはない。
メガネ、剣馬鹿、腰巾着、よし、いないな。
前は大量に積まれたご飯を、こっそりアレンの分にするのに苦労したんだ。
今日こそひっそり、部屋に帰ってやる。
「……よし、行くよ、レコウ。……あれ、どこ行った?」
うぐぐ、人混みが気持ち悪いからって、精神的に耳を塞ぐんじゃなかった。
どうせまたバキボキいいそうだし、ぐぬぬ、気が緩んでるのか?
しょうがない、ちゃんと脳を動かして、
「ここにいたのか、探したぞ」
「ええ、まったく。殿下のお手を煩わせて、なんて。さあ、こちらの席へどうぞ」
……ピィ!?
しまった、人が接近しているのには気づいていたけど、こいつらだとは認識してなかった。
というか、何で君らまで僕の方向かって来てるんだよ。
「おお、何だ、今日はお前らも一緒か?」
「ふんっ、騒がしくなりそうだな」
「殿下、勝手にいなくなられては困りますよ」
うぐぎっ、結局全員、揃いやがった、
いや、全員、ピンクちゃんはいないな。
まあ、あれまでいたら、いい加減濃すぎて吐いちゃうかもしれないけど。
「はあ、お前とは、まだ話したいことがある」
おい王子、横詰めんな。
いや、いつもの席なら、僕が横に詰めてるのか? どっちにしろ、僕をそこに詰め込むなよ。
「あんなに奴隷に好意的なやつとは、初めて話したぞ。魔導国では、みんなそうなのか?」
「いや、あれは授業だったから。僕別に、奴隷なんて納得できないし」
「……なんだ、そうだったのか?」
おい、何でそんな驚いた顔してんだよ、そういう授業だっただろうが。
……あ、さてはこいつ。あの授業、全部自分にとって都合のいい方に振り分けられてるな?
まったく、これだからワカメはゆらゆらと、
「なら、俺がこの国、いや全ての国から奴隷をなくしてみせると言ったら、」
「んー、まー、応援してるよ?」
「笑わないか?」
「笑えないよ」
当事者だもん。
全ての国って、ますはこの国を、完全に綺麗にするところからだと思うけどね。
「そうか。そう言ってれたのは、お前が二人目だ」
ふむ、もう一人は右腕の?
いやこの経済担当、めちゃくちゃ笑ってるわ。
ということは、別に、頭お花畑の、ああそういうことか。
「それよりわたしは、あなたの論才のほうに興味がありますね。以前にも、同じような経験が?」
あ、宰相まで詰めてきやがった。
というか、君たちマジで本当にいつもの席に座ってるんじゃないだろうな、僕のスペースめっちゃ狭いんだけど。
僕じゃなかったら潰れてたよ?
「別に、殆ど初めてだったけど」
「それにしては、まるで当事者かのように詳しかったですね。魔導国では、そのような教育にも力を入れているのですか」
「……まあ、うん」
知らんけど。
「是非とも、またあなたとは詳しく論じてみたいですね。今度は、敵としても」
「あー、考えとく?」
「はい。楽しみにしておきます」
「んーまあ、僕も、楽しむよ」
授業の上なら。それ以外は、ちょっと、
「楽しむ、ええ。……わたしのこと、どう思いました? セレン様。あなたには、随分と失礼なことをしてしまったとも思いますが」
「え、うん? めっちゃ距離詰めてくるもんね。失礼とまでは、思わないけど」
「……嫌では、ありませんでしたか?」
「まあ、うん、王子の行動の結果だし?」
あっちが先に横座ってきたせい、でも、こんなに詰める必要はないと思うけどな。
「そのためなら、何をしても構いませんのですか?」
「いや、まあ、ちょっとは離れてもいいと思うけど」
「……そう、ですか。いえ、何でもありません。これからも、殿下の良き話し相手になってくださいね」
「うん、君もね」
というか君がね、僕に押し付けるなよ、
「はい、わたしも、よろしくお願いしますね」
「えっと? うん、よろしく」
貴族の話は、要領を得ないな。
こいつ結局、全然席離れてくれないし、何がしたかったんだ?
……というか、話してる間に、また僕の皿が山盛りになってるんだけど。
そこ、馬鹿三人、ほら、他の二人が怪訝な目で見て、
「……これは、何かの儀式か? ほら、魚」
「ダメですよ、殿下。これは何かのバランスを取って載せているのです、適当に供えては。はい、スープも、」
……お前たちもかよ。
助けてレコウー、
——あ、ちょっとま、
——邪魔じゃー!!!
——キャー‼︎
うん、まあ、悪意がなくても、これもう嫌がらせだろ、
僕が普通の男の子だったとしても、どう考えても食いきれないよ、
まったく。




