14話
真っ白な空間に潜って、彼女の背中。
この紅の竜が、本気で飛んだらどれだけ速いのだろうか、
もしかしたら、この空間が壊れるほどかも、なんて、それはありえないけど。
「魔王? じゃ?」
「そう、魔族の王。つまりは悪者、人間とってはね。アレンが倒せって、言われてた奴だったんだけど、」
「そいつがどうかしたのか?」
「どうにも、一人じゃなくて複数人いるみたい。六、七人? なんか曖昧だけど、この魔族はアホっぽいからしょうがないか」
見た目も能力も、全くわからなかった。
そこら辺の情報は厳しく統制されているのか、ただこれが無知なだけなのか。
僕は人型の魔族の頭を弄くり回しながら答える。
しかし、同じ魔法を使っているからか、言語もほとんど同じで吸い出しやすい。
外見も多少のバリエーションはあれ、大した違いはないし、
こいつは蝙蝠の羽生えてるから一発だけと、ちぎったらただ顔色の悪いのおっさんで通せるかも。
そんな彼らを今なお弄んで、弾け飛ばせるよりマシか? いやその方がきっとまだ人道的なんだろうな。ドラゴン以下、当たり前か。
「そんなにいたかのー。それで、どうするんじゃ?」
「どうもしないよ、アレンの手柄だし。もちろん、いざ戦うことになったら陰ながらサポートするけど」
「陰ながらって、全部一人でいい気もするんじゃが」
「僕が倒したところで、何にもならないでしょ。みんなは、かっこいいアレンを求めているんだから」
そして、勇者はみんなの人気者になって、それでおしまい。ハッピーエンド。
それ以外なら、今度こそ、
「で、今はどこに向かってるんじゃ?」
「ん? うん。神聖国ってとこ。正式名称はなんて名前だったかな。あそこ、アレンのことを勇者だと認めてないとかで、協力してくれないから嫌いなんだよね」
まあ、別に、まだマシだけど。
「でもだからこそ、アレンもあそこ近くは探索しないはず。道も逸れてるし」
「ふむ。でも勇者が出てくるほどの危機なんじゃろ? そんな好き嫌いをしてる余裕あるなんて」
「あるよ、人間だから。アレンも、嫌いっ言ってたしね」
それに、魔族による襲撃も今まで殆ど無かったし。
さきの襲撃がイレギュラーだったのだ。本当に、なんだって急に?
人に似たこの生き物は、何も教えてくれない。知らされてない。マジで使えないなこの雑魚。
「……アレンが首都を出たから、やっぱ誰か情報流してる奴いる?」
「ふむ、そもそも首都に留まっていたのは何故じゃ?」
「能力上げるためと、伝承の秘宝を手に入れるため。結局、どっちも達成できてないけど」
「あー、なら、焦る気持ちもわからんでもないの」
全くだ、アレンはいいとして、他の奴らは会った時からなんも変わってないし。
今後も散発的に襲撃が起こるとしたら……、うう、やっぱり離れるべきじゃなかったか?
「とはいえ、戻ろうと思えばいつでも戻れるんじゃろ? ほれ、そろそろ着きそうか?」
「んーうん。やっぱ早いね。一応、ちょっと離れた所に降りておこうか」
ぬぐぐ、僕が考えててもしょうがないか。今は気持ちを切り替えて、旅に専念しよう。
目標は、そうだな、せっかくだしこの国にも、アレンのことを認めさせてやるか。
聖神国、神に作られたとは眉唾だ。
魔法がある世界で何をと思うが、少なくとも祈った程度で救ってくるれる存在はいないだろう。
それとも、祈れば助けてくれるのは人間限定か? 夢も会ったことが無いみたいだし、やっぱり信用できないな。
「……目的のダンジョン。国の内部にあるね」
「お、早く行く行くのじゃ、我のお宝を探すのじゃ!」
「国に入るのは、あそこの城門を通る必要があるね」
「人が並んでおるのー、時間かかるかじゃ?」
「僕達、人権ないよね」
「いや急に言い方に悪意があるのじゃ……、って、まさか、」
あれ、くぐれなく無い?
「……こっそり、中にワープするのはどうじゃ?」
「……うーん。あの国、透明な膜で覆われてるの見える? 見えないか、」
「酷いの、まあ見えんが」
「別にぶち抜くのもすり抜けるのも簡単だけど、多分入ったことはバレるね」
にしても中々の結界だ、アレンの国には無かった。
魔道具か、複数人でやっているのか、個人でもできなくは無いだろうけど。
「中までぎっしり掌握されてる。後出しであの空間内を奪うのは、僕でも苦労するかな」
「そ、そんなにヤバい奴があるのか、怖いのー!」
……魔物避けの効果に物理的防壁としての機能もあるが、そんなもん全部ぶち抜いて、ここら一帯更地にできそうなドラゴンがなんか言ってる。
規模と精密性はすごいけど、所詮は物理な現象。秒も保たずに焼き尽くされるだろうね。
「いったい、なんでそんなものがじゃ」
「神聖国、それこそ神のみわざって奴なのかな。ムカつく」
「そうじゃの。どうする、諦めるかのじゃ?」
「いや、でも、僕はあの中に、唯一神アレンを広める必要がある」
「……それ、流石に中で言ったらマズいんじゃろうな」
「冗談だよ、アレンを神なんかにするわけないでしょ」
ふむむ、あ、大きめの荷馬車がある。潜り込むか?
「というか、勇者って神に選ばれた者とかじゃ無いんか?」
「さあ、何か、あそこは建国話の始祖が神じゃないから。国名になってたはずだけど、あんな国、どうでもいいでしょ」
「……そうじゃの、」
「それよりレコウ、あそこ、誰にもバレずに高速で潜り込めそう?」
聴いて観た感じ、それなりの広さの隙間があるし、二人くらいなら余裕で行ける。
「む、難しいこと言うのー」
「大丈夫、僕はレコウのその妙な精密性を信じてる」
「むむむ、そこまで言われたら、やるしか無いのー」
「ソニックブームは抑える、短距離の隙間を開けるから、あれを壊さなようにだけ注意して、」
視界、確認、誰が何を見ているのか感じるのは得意分野。
順番待ち、列、合流する前、速度を落とした、今!
「ピョーンなのじゃー‼︎」
音を振り切って、外の誰にも見られずに辿り着く。
確かにその荷車の中には、人が入るのに十分なスペースがあった。
二人が入っても問題ないくらい、快適な空間が、密閉された荷物の中に、何故か、
うん、目的通り、外の誰にも見つからない事には、成功した。
した、けども……、
目が、合った。
「「っ、」」
「のじゃーーっ!?」
「「黙って!!」」
二本の腕が、竜の口を塞ぐ。
右手と右手、そして僕は虫では無い。
白めの、ほっそりとした手。
僕の方が、白いし細いな、自慢にもならないけど、
深い、金色の瞳、これは、人間の目。
改めて、それと、目が会って、
「……お互い、騒ぎにはしたく無いよな?」
「……ええ、そうね、腹は立つけれど」
「のじゃ、のじゃ〜?」
……気づくべきだった、あんな不自然に隙間のあいた積荷。初めから、先客を乗せている前提だったか。
それにしても、凄い潜伏技術だ、僕がほぼ直接確認して、気付けないほどとは。
だが、考えてみればこれは好都合。
つまり、僕が何かしなくても、この一行が僕らを隠してくれるということ、
「……でも、ただ乗りしようなんて、失礼なことは考えてないですわよね」
「そうかな? 口止め料としては、悪く無いと思うけど。僕には、最初から君が見えていたし」
ブラフ、僕の演技は、国の重鎮にだって見破られたことはない。
「あらそう、『本当』かしら……、っ!」
……魔法、魔術師としての腕もいい、だけど不快だ、
「……今、覗こうとしたな、この僕を。やめておいた方がいい、止めなかったらきっと、酷いことになった」
「……そう見たいね。今の一瞬だけで、あなたの腹の黒さはよく見えたわ」
この程度が黒い? 笑わせるな。
お前が見たのは、ただの輪郭にすらなれやしない片鱗だ。
「でも、そうね、ちょうどいいかしら」
目が、また合う。
暗くて近くにある互いの顔すら見えないが、僕には整った顔の輪郭まで手に取るようにわかる。
「あなた、私の元に支える気はない? レディの部屋に侵入した対価として」
「……わからないな。何故、そんな話になる? それに、僕が誰かに従うことは未来永劫絶対にない」
アレン以外。まあこいつに、そんなことを伝える必要はないけど。
「少しの間でいいの。ちょっと即席で、私の自由に動かせる人間が必要なのよ」
「残念ながら、そんな人間、はいない。というか、わざわざこんな不審者を、手元に置く気?」
「ええ、だってあなたは随分と濁った目をしているもの。彼女の好みじゃなさそうだわ」
「……褒め言葉として受け取っておいてやろう、」
わかりきったことを言いやがって、とはいえ、これも本来なら、そう気づかれないようにしてたんだけど。
しかしこいつは、ちゃんと説明する気があるのか?
「……面倒臭そう。やはり、お断りだよ」
「あらそう、残念ね。ならその場合、私は町の中に帰れた後で、あなたを通報しなくてはいけなくなるわ」
「そんなことをしたら、君の方が捕まるんじゃないか?」
「私はいいのよ、中にさえ入れれば、味方はいるから」
……入り口で見つかることだけがまずいと、指名手配でもされているのか?
「そんなこと言って、僕がここで騒ぎ出したらどうするんだ」
「そしたら、あなたも入れなくなるわよ?」
「それは残念だけど、別に僕はここに入れなくたって問題はないんんだ。元よりただの観光ついで。君と違って必死じゃない」
「あら、私だって、べつに別の日にしたって問題ないのよ?」
「ダウト、嘘だね、」
事情はわからないが、この女はそれなりに焦っている。
人間の心は知らなくても、呼吸、体温、視線、いくらでも推測はできる。
「せめて目的を話せ、いきなり従えと言う奴があるか。余裕の無さが見え透いている」
「……そうね。癪だけど、その通りかもしれないわ、」
「お、認めた、」
「ただし、聞いたからには、手伝ってもらうわよ」
「従えと言わなくなったのはいい判断だね。でも、それではいという奴がいるか」
交渉は有利、これを手助けする気なんてさらさらないけど、このまま話を引き延ばして町まで入ってしまおうか。
「そうね、まずは、名乗りましょうか」
——息を呑む。
空気の流れが変わった。
……嫌な、予感がする。
前にもこんなことがあったような、とても僕にとって相性の悪いなにか、
彼女が、口を開く。
「私の名前は、ハイリゲンシュタール・ファン・レイチス
「長い! 覚えらんない‼︎ 三文字の愛称を言え!!」
「エエッ⁉︎」
なんか、凄いショックを受けた様子だったけど、知るか、面倒臭い。




