間話 少し昔の話2
僕は知れる、ここにいい事なんてない。
僕はできる、少しでも悪くならないよう、
僕はわかる、無が、最良なんだ。
……………………。
……………………。
「……入れ、」
暗く、ジメジメした場所だ。
どこもそうではあるけど、ここは特にかな。
懲罰房、別に僕たちは囚人じゃないけど、それ以下ね。
正式な名前は知らない、多分お仕置き部屋とか、そんなの?
そこに、入る。
僕は、罰を起こした、
そういう事にしたから。
「……ぁ、」
房には、先客がいる。
やあ、また会ったね、少年。
さっきぶりだ、元気かい?
「…………アー?」
目を合わせる。
相変わらず、鏡でも見てるみたいだね、
暗くても、よく感じるよ。
「……ナンデ、オマエまでここに来たわけ?」
話しかけてきた、加害者に。
敵意はない、本当にただの困惑。
やめてくれ、こっちの方がおかしくなる。
「…………君に、お礼を言いに?」
ほら、頭がおかしくなったから、普通に答えちゃったじゃないか。
ここは、怯えて逃げるのが正解だ。
じゃないと、なんで君がこんな所にいるのか、訳がわからなくなっちゃうからね。
でも、そうだよ、見なよ。
これが僕、演技、しかない物。
怯えてたのも演技、戸惑っていたのも演技、君を嫌々害していたのも演技。
はは、恨むといいよ、君がしたのは全部、無駄だったって。
そして、もう、こんな事、
「…………アー、ベツにいーよ。気にしてねーし?」
……………………そう。
「で? わざわざその為に、何やったんだよ」
「別に? 何も」
ただ、アレの行動が問題になったんだよね。
思ったより、僕の商品価値は高いらしい。
という事で、僕が悪い事にして、自ら罰を受ける事にした。
従業員には盲目で従順、その上の人には賢く慎みがある、そう見させた。
良い手だった、
一つ問題があるとすれば、今回の件で従業員が変わるとしたら、せっかく媚を売ったのが無駄になってしまうって事だな。
アレは、馬鹿で愚かで御しやすかったのに、
でもまあ今回の件で、人間は頭が弱すぎても面倒臭いということがわかったから、別にいいか。
「ナンダそれ? そんな事まで考えてんのか??」
「そりゃ、そうだよ。少しでもマシにしたいからね」
…………あれ?
……なんで僕は、こんなこと話してるんだろうね。
もしこの事を話されたら、僕はおしまいなのに。
まあいいか、この反抗的な目の君と、それは表面に出さない僕。
どちらを信じるかって言われたら、僕にさせる自信はあるから。
「オレはそんなメンドーなの、できねーなー」
「何で? 便利だよ??」
せめて君もさ、そのわかりやすく不満がありますよーって表情を止めれば良いのに。
僕みたいに賢くやれとは言わないけどさ、せめて黙ってじっとしてるとか。
「ヤだよ。人間に、媚びてるみてーじゃん」
「媚びろって言ってるんだよ、わざわざ苛つかせる必要あるの?」
「ハッ、それで少しでも嫌な気分になってくれんなら、精々するぜ、」
「そしてその皺寄せが、また僕に来ると、」
よくよく考えなくても、そもそもアレが起きたのだって、君がなんかしたからでは?
君からのストレスを発散するついでに、気にいってた僕で遊ぼうとしたんじゃ、
「ウグッ、。それは、悪かったよ」
「いいよ、別に。むしろあの時間は、僕にとってはマシな時間だったしね」
普段はあの逆なんだよ?
それに今も。
ここは良いね、暗くて、ジメジメして、喉が渇く心配をしなくてすむ。
衛生状態に心配はあるけど、寧ろ人の出入りが少ない分、他よりマシかもね。
「それに、どう考えたって、悪いのは僕だ、」
君は、どこまでいっても被害者。
謝られるなんて、僕が余計に惨めだ。
「……どう? さっきの続き、する?」
「ア? なにがだよ?」
「そりゃー、ナニ?」
……うん、見た限り、まだ薬の影響も残ってるね。
それに、拘束もされてない。
まあいちいち縛り上げるのも、面倒臭いからね。
「…………ハッ、ダレが人間なんかに、発情するかよ、」
「ふーん? 果たして僕は人間なのかねー?」
ま、こんな貧相な体じゃ、そもそもムリか?
君もどうせ初めてだろうし、ならもっと、
……いや、この状況じゃ、僕でも十分マシだと思うんだけどね、
贅沢な奴め、この。
「……というか、人間人間って、さっきも言ってたけど君、もしかして、」
全身が紫に腫れた肌、痛々しい、
誰のせいだ。
でも、それを抜きにしても、この肌の色は少し特殊。
紫に近い桃色の肌色。これは、
「アア、魔族だぜ。いいだろ、人間とは違うんだよ」
「ふーん? その割には僕と同じように使われてるけど」
「ホットけ」
魔族か、初めて見た。
人間の敵、つまりは、僕の、
ま。どうでもいいか。
「ペタペタ、」
「イタッ、さわんな!?」
「悪いね。まだ、細かいことは感じるだけじゃわかんないんだ。直接は触れてないだろ?」
さて、傷が酷い。
僕のだけじゃない、あの後、暴行を受けたんだろう。
まだ、血が止まってない所もあるな、
「じゃあ、ここを押さえて、こっちを上げて、」
「ア? ナニやってんだ? せめて傷口押さえろよ、」
そんなことしたら、傷口広がるし、バイキン入っちゃうでしょ、
ただでさえここは汚いんだから、僕が直に触るわけにも行かない。
それに、僕と君はここから出たら他人なんだ、仲の悪い。
僕の悪評を触れ回られても問題ないようにね、君がいつでも僕のことをきれるように、
だから、治療した跡なんて、残すわけにはいかないだろう?
「…………ホントに止まった」
「うん。知識様々だね、」
流石は僕の夢。
でも、それにしても早いかも。
魔族の体の作りについては、夢にも無かったからね、興味深い。
「……基本は、人間と同じなのか?」
「……オ、おい、なに見てんだよ」
「見えてはないよ、ここ真っ暗だし」
真っ黒なのは悪くない。
これ以上底がなくて、安心する気がする。
あと、何を見てるかって言うと……、
ナニ?
「……やっぱ、一緒なんだ。そりゃ、そうなのか?」
「ウオィ!? ホントに何やってんだテメー!?!?」
「声大きいよ、外に聞こえたらどうするの」
ま、近くに誰もいないけどね。
流石に、壁一枚や二枚の距離に人がいるかくらいはわかるよ。
それ以上の距離から聞いてくるとしたら、化け物すぎてどうしようもないね。
ま、流石にそんな奴、いないだろうけど。
「いや、もしかしたら、ツインとかドリルとかパイルバンカーとかビックマグナムかもしれないし」
「言ってることがマジでわかんねえが、ロクなことじゃねえってことだけは分かるぜ」
そうかな、ほら僕の夢も、男のロマンだって言うよ多分。
……どうだろうね、君はもう何も言ってくれないや。
何で。僕だけが残っちゃったんだろうね。
「オマエ、もうちょっとだな」
「そうだね、君だけ見られるのは不公平か」
——なら、見てみるかい?
さっきもちょっと見えたと思うけど、
ああでも、こんな真っ暗じゃ僕以外は見えないか。
なら触ってみる?
身体はともかく、ここはそれなりに綺麗なままだと思うけど、
「どうだい?」
「………………アー、」
なんだよ、反応してくれないと僕が変な奴みたいじゃないか。
二重の意味で、一切反応しないで、
……なに、手握り込んでるの?
どうした、まだどっか痛む、
いや全身常に痛いか、何でもない。
「ナア、それやめろよ」
「なにが?」
ふむ、こんなシチュエーションは、男の夢だと思ったんだけど、それとも、やっぱ貧相すぎてダメか? 一応、こういうのが好きな人もいるらしいぞ、知識でも、実際に会ったこともあるし。本当に君は贅沢だね、僕はそんなにも何もできない無力な子供か、そうかそうだねそうなんだよ。
僕は、
「……ベツに、オマエだからじゃねえよ。この状態で、手を出す男なんていねからだ」
「…………僕の経験上、九割以上の人間はここで手を出す」
「ジャア、そいつらは男じゃねえんだよ」
……何だそれ、
それじゃあ、僕は今までオカマかなんかとしか会ったことがないって言うのか。
「…………こんな、震えた奴にな、」
呟くなよ、聞こえちゃうだろ。
違うよ、僕が震えてるとしたら、そんな声を聞き逃さない為。
ただ空っぽな器が、外からの反応で揺れてるだけ。
だから、
「水分補給、する?」
「イヤ、なんもでてねーよ」
しまった、少年のために感極まった演技をしようとしたのに、そもそもの水分が足りなかった。
うぐぐ、いくら湿ってるとはいえども、流石に外に出す余裕がなかったか、
こうなったら、
「しょうがない、一度下から補給する」
「ハ? なに言って、ってオマエ!?!?」
うーん、器がない、直で行くか。
暗いから良いけど、流石にまじまじ見られたら恥ずかしかったかも、
「オマ、ホントにやめろよ!? なんだ、マジで襲われてーのか!?」
「あはは、自分から襲われに行く人なんているわけないでしょ」
そんなん変態じゃん。
なんて言うんだっけ夢?
……マゾヒスト、そうそうドMだ、
いやぁ、そんなんなるわけないじゃん、
僕は常に、こんな世界壊れてしまえって呪ってるんだよー?
「はいはい、そうなったら付き合ってやるから、マズそれヤメロ!?」
ありゃりゃ、やっぱ君が飲む?
「ヤメロって、この、情報過多ニンゲンが!?」
「あはは、なにそれー、」
僕は空っぽだ。
僕なんて精々、
夢と今の記憶、
二物持ちくらいが、限界だよ。
それ以上になったら、忘れちゃうかもね。
彼とは、その後も話をした、でもそれだけ、
しばらくしたら、いなくなった。
すぐに、僕の担当は変わった。
前までの、直情的で扱いやすい人間と違って、より合理的で理性的な人間。
より、僕を商品として、物として扱うようになった。
だから、僕もアプローチを変える事にした。
従順に、だけど何も無い。
感情も、思想も、拘りも、執着も、何も無い、完全な無。だけど外面は完璧。
道具として、とても使いやすいように。
演技するのは簡単だった、だってもはや演技じゃないから、
従順な所だけが嘘、それ以外は僕のからをそのまま見せつけてるだけ。
僕は君たちに従っている、何故だろう、理由はないよ、だって感情がないから当然だろう?
僕を従えていた鎖はもう無い、僕はいつだって自由になれる、でもそんな気はない、何故なら思想が無いから、
何だろうね、矛盾してるかい?
さあ、僕にもわからないよ。
でも、自由になれるなら、せめて、
ああ、そうだ、僕以外に、誰か、
誰だろうね、拘りが無いからわかんないや、みんな等しく覚えられない。
でも、会ったら知識として使えるはずなのにね、会えないね、誰か。
誰だろう、執着がないから思い出せない、わかんない、そもそもそんなもの無かったのかも、
だって僕は無だから、今動いてるのは惰性。止まる理由もないから動いてる、動く理由もないのに動いてる。
何だろこれ、気持ち悪い
誰か、共感してくれるかな、僕以外見れもしない、このバケモノ
……そうだ、最近偉い人に会った。
名前は覚えない、どうせ合えば使えるし、
何でも、ついに僕を使う人を決めたらしい。
どんなんだろうね、興味ないや、
今と変わんないよ、なんでもいい、
どうせ、どこも真っ黒、
ああ、そうだ、それならいっそ、全部そうしちゃおっか。
僕は無、つまり全てが無、変わんない。
やる理由も無いけど、やらない理由も無い。
うん、そうしようか、何でだろう、そっちの理由は少しだけあった気がする。
外に出た、じゃあ、
外に出る。
「……なんだお前、気持ち悪いな。俺様にそんな顔見せんなよ」
僕は、
「お? なんだその顔。……ふんっ、そっちの方がマシじゃねえか。さっさと来い、この俺様の荷物持ちの人間になれる事、光栄に思うんだな」
真っ黒が、嫌いになった。




