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情報過多の荷物持ちさん、追放される  作者: エム・エタール⁂
荷物持ちさん、追放される(プロローグ)
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間話 少し昔の話


 これは、僕がもう僕だった頃。


 僕が、まだ生きてなかったころ。






 ……………………。


 ……………………。


「おい、お前!!」


 ……怒号、苛立ち、何をそんなに騒いでいるのだろう。


「ぁ、なんでしょうか、××様」


 心当たりはないな、ということはいつもの八つ当たりか。

 本当、なんでいつも機嫌が悪いんだろう、多分この仕事向いてないんじゃない?


「ちっ、こい、このうすのろが!!」

「っ、はい。」


 こいつ、名前なんだっけ、

 いや、使えてはいるんだ、認識してないだけ。

 まとめてご主人様とでも呼べれば楽なんだけど、こいつはあくまで従業員。上がいる以上そう敬う訳にもいかない。


 そこら辺が、機嫌の悪い理由なのかな?

 人間の思考は理解しきれない、まあこの単細胞なら予測はつくけど。


「この部屋だ、入れ‼︎」

「え、、はい、」


 従順に、命令に逆らうことはない。

 でも、素直に従いすぎるのも駄目。怯えを見せて、優越感を刺激してあげる。


 愚かすぎるのは駄目、純粋に苛つかせるから。

 賢すぎるのも駄目、劣等感を抱かせるから。


 適度に馬鹿で、適度に優秀、それが僕の価値を保つ。


「こ、こは?」


 ……中、人がいるな。

 いや、僕と同じ、物か。

 …………ふむ、少し特殊な、品物なのか、


「……おい、今日の訓練、まだだったよな?」

「、、はい、」


 いや違うけど、そもそも四六時中やってるし、

 これは建前、いやマジでスケジュールわかってない可能性あるな。


 どうでもいいや、後でこいつのミスってことになって、また八つ当たられないようにだけ管理しとこう。


「ほら。せっかくだ、たまにはお前にもやらせてやるよ。しっかり覚えな」


 ふむ、何を取り出そうとしている?

 紐状、ああ鞭か、慣れ親しんだ形状だから見なくても把握できちゃうな。


 話の流れから推測するに、僕にこれを使えと?

 うーん、これは同調して感謝した方がいいのか、困惑して怯えた方がいいのか、どっちが好意的か。

 少なくとも、わざわざ使わせる側に選ぶってことは、それなりに気に入られているらしい。


 予定通りだ、あれは僕を気に入り始めていることにすら、気がついていないだろう。

 奴隷に絆されてるなんて察されたら、また面倒臭いことになるしな。


 となるとこの二択は重要だぞ。

 うむむ、何か、判断材料は、確か夢の中に似たような状態の物語があったか?


「…………ぁ、はい。」


 答えは黙秘、って訳にもいかないな。

 嫌だけど、あなたのために従います、これが正解。


 鞭を手に持つ、その重さに受け止めかねて慌てて持ち直す。

 今のは半分演技、僕の体格なら実際こうなる、でもちゃんと計算すれば問題はない程度。


 持つ側になるのは初めてだから、流石にちょっと持ち慣れなかったのは本当。

 嘘をつく時は、真実をしっかりと混ぜたほうがいいらしい。もはや僕に真実なんてあるのかわからないけど、真実風味くらいは挿入できるし、


 夢も、鞭を持ったことはなかったんだね。

 まあ、君は普通の人だったらしいから、そりゃそうなのかな。


 しかし、鞭というのは感じれば感じるほど合理的なフォルムだ。

 知識を痛みを与えることに効率的に変化させている、別の世界にも存在するほどだからよっぽどだ、

 きっと、神なんてものがいても、その用途でしか使えないだろうね。


「早くやれ、」

「っ、」


 早くても、遅くても駄目、

 悩んで、それでも恐怖に抗えない、そう感じさせるタイミングが重要。


 今から害する対象を見る。

 強い敵意のこもった目だ、でも僕までは向いていない。

 アハハ、従業員には劣るとしても、同じ商品からもなるべく顰蹙は買わないほうがいいからね。


 わざわざ、まだ治されていない僕の跡を見せて、怯えるふりをしといて良かったよ。

 ま、なるべく君にだけ手を抜いてるように見えるようにしてあげるから、

 精々、恨まないで。


 なんて、流石に言わないよ。でも、もう会わないといいね、お互いに。


「ほら、しっかり狙えよ? いつもお前がやられてるみたいにな、」

「——、はぃ」


 今のは、思い出して怯えてる演技。

 嘘は、どれくらいの割合かな?


 ……にしても、わざわざ説明してくれるなんて、そんなに僕のことが好きか?

 いや違うか、耳元で小さな声で言ったな、僕じゃなきゃ聞こえてないか。


 さて、すまんな、少年?

 本当に、ごめんね? この申し訳ないって気持ちも、演技なんだ。

 君に、伝わっているといいけど。


「——ぁ、!」


 軽く、鞭を振る。

 初撃は、とうぜん失敗させる。

 技術もなく、力任せの、でも僕の筋力なら大したことない、


 パシンッ、


 音が出る、しまった、少し上手くし過ぎたか?

 鞭の振り方は意外と複雑なんだ、下手どころかやり方すら間違っていた方が自然だ。

 いやでも。僕がなんどこれを見てきたと思っている、この程度なら知っていても問題ないか。


「ガッ!?」


 当たった、端の方に掠めただけだけど。

 ふむ、いや、本当にほとんど痛くもないくらいのはずだ、

 これは、わざと声を上げて当たったふりをしたか?

 なかなか、強かじゃないか、僕の仕事もやりやすそうで助かる。


 でも、やり過ぎは注意だぞ、

 ほら、不審がられたらどうする。


「くっふ、いい音だ。流石にうまいな、鞭を使うのは慣れてるからか?」

「は、ぁ、」


 うーん、嫌味?

 使うっていうか使われてるっていうか、本当に下手くそにやったんだけど。

 音にしたって、ただの空気が裂ける音、こんなの別にある程度で振れば……、


 いや、待て、もしかして?


「おら、次だ!」

「はっ、はい!」


 鞭を振るう、大きく空気を叩くように。


 パシーンッ、


 音が鳴る。

 そして相手の子供の表面だけを削る。


 傷跡としては十分痛そう、元々紫がかった肌が、さらに青くなる。

 でもこの程度、僕たちにとってはかすり傷なくらい、


「ギァ!?」


 いい声を上げる。

 そして従業員は、やっぱりだ、満足した表情。

 こいつ、鞭がどれ程ちゃんと当たったか把握できてないんだ。


 そういや、ちゃんとした調教師とは別の奴だもんな。普段適当に力任せで振ってるだけだとしたら、こんなもんなのか。


 いいね、都合がいい、最初から気づいておくべきだったな、もうちょっとこっちの能力も鍛えておこう。

 相手の無知は、僕の利益だ。




「ッ、ガ、ハァ、」


 だいぶ、鞭を打った。

 僕も、体力の限界だ。表面上は。

 わざと大振りにやって、体力を消耗したことにしたんだ、実際普通の生物なら十分に限界と言えるくらい。


 相手の方も、途中で意識を失いかけたから、薬を飲まされてまで続けられた。

 あれも演技かな? 確かに気を失ったら楽だけど、今その状態で逃がしてもらえるはずないのに、

 安っぽい、質の悪い興奮剤。そんなもん使われるくらいなら、普通にしてた方がマシなのにね。


 ほら、僕の手の方も、こんなに真っ赤になってるよ?

 ……ま、流石にこれは、君の傷跡に比べて弱すぎるから、わざわざ見せないけど。

 従業員には疲れたふり、でも君の前では気丈なふり。

 加害者が被害者より傷ついてる?


 そんなことあっていい訳ないだろ。


「さて、じゃあそろそろ、」


 ん、なんだ?

 まだ終わりじゃない? ストレスはおさまったようだが、今度は遊びの時間って感じか?

 とはいえ、流石に僕もヘトヘトの設定だ、そんなに激しいのには付き合えないんだけど、


 ……あ、奴隷君の方が外された。

 拘束、いやそもそも反抗防止の魔法がかかってるから、最初から意味はなかったんだけどね。


 僕も、かけられてる。

 でも後もうちょっとだ、


 そして、改めて僕の方に、


「それじゃ、しばらくこの部屋で介抱でもしてやんな? あ、いや、まだ続きをしててもいいぜ」


 いや、鞭渡されても、もう重いんだけど疲れたんだけど嫌なんだけど、

 なに、まだ観察してる気?


 ……もう一発くらい、やっておいた方がいいか、

 どうだ、どうするのが一番観客心理を満足させられる?


「ほら、あいつも期待してるんじゃねえか?」


 そして男は、僕の服の下をめくってくる。

 そのまま、触ってもきたな、


 なんだろ、普段は汚い奴隷なんかって、手を出さないのに。

 手を出すとしても、わざわざそれ用でもない僕になんて、なんだ急に、


 ……………………あ、でも、すぐに終わった。

 それ以上はない良かったなんだ、ただの気まぐれか、


 そのまま、僕を少年の方に押して転ばせて、部屋を出ていく。


 …………いや、まだ外にいるな、見てる、なんのため?




 ………………少年と、目が合う。


 鞭を打たれて疲弊してるが、僕が加減をしたからまだ体力はありそう。

 それに、お互い痩せているが、元々の性別の関係で向こうのほうが筋力がある。

 そして僕の手元には握ったままの鞭。


 なるほど?


「——っ、」


 ああ、悪趣味だ。

 僕は気に入られてると思ったんだけど、いや気に入られてるからこそ見せ物として楽しみたかったのか、

 流石に、必要以上に痛めつけるようなら止められるだろうし、死ぬことはないだけマシだけど。


「……ハァ、ッ、」


 深い、鏡を見てるかのような瞳。

 紫に近い肌色に、何度も暴力を振るわれた、僕が振るった跡で上気する。

 アカイ、確か、薬も使われてたっけ、まだ抜けてないのかな?


 さてまあいいか、君にはやり返す権利があるもんね。

 せめて好きにしていいから、ここで終わらせて禍根を残さないように……、



 …………まて、薬?



「ぁ、ぁぁ。」


 なるほどね、

 合点がいったよ。

 わざわざ見せびらかすように触ってくる訳だ、

 アハハ、本当に悪趣味。


 メガアウ。


 どうしよっか殴られるよりはマシかなどうだろわかんないや


 なるほどなるほどなるほど僕は本当にアレに気に入られ過ぎてしまったらしい


 自分で手を出す気にはならないけどペットにするくらいならちょうどいいと、

 あああ納得した。


 どうする、まあ、抵抗した方が自然だ。


 めがあう、




 僕と、同じ目。




 …………まあ、アレの相手をするよりは、マシかな、


 君も、大変だったもんね、


 僕も、少しくらい、我慢するとしよう、



「」



 …………突き飛ばされた、

 床に転がる。


 そして、少年は、僕を一瞥もしなかった。


 なんでだろう、まだ何もしてないのに。


 それよりまずい、これはアレの想定と違う。

 アイツらは、ことが自分の思い通りにいかないことを我慢できないんだ。

 何か、行動を起こさないと、


「チッ! こんなきたねー人間、触れるかよ!!」


 ……突然、大声を上げた。

 僕は、まだ、何もできてない。


「あのクソ人間もオマエも、ふざけたことしやがって!!」


 あ、やめろ、ばか、だめ


 まだ、外で聞いてるんだぞ、そんなことも、


 わかってるの? なんで、どうなの? わかんないよ。




 歯軋りをする音だ、怖い、


 僕にじゃない、ほっとしてしまう、

 そうだ、安心していいはずだ、ただこいつが勝手にバカをやっただけ。


 なのに、なんで、僕は、こんなに嫌な気持ちなんだろう。




 彼が、連れて行かれる。

 僕は、そうだ、安心しなくちゃいけない。


 だって、そうじゃなきゃ、この行動に意味が無くなってしまうから。


 救った人より、救われた人の方が傷ついてるなんて、



 そんなこと、あっていい訳ないだろ。

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