1話
「聞こえかったのかセルース、お前をこのパーティから追放するって言ってんだ、お前はもう用済みなんだよ!」
剣と魔法が跋扈するある日のダンジョンに、我らがリーダーの粗暴な声が響き渡る。
「え、何で急に、そんな追放なんて」
叫びを受けるのは大きな荷物、リュックを背負って、背負わされてるともいえるが、確かに戦闘にも殆ど参加できていない文字通りのお荷物。
「はっ、そんなこともわかんねえのか、相変わらず馬鹿な野郎だな」
つまりは僕、
「うっ。でも、僕がいなくなったら、この荷物はどうするのさ? これは僕の魔法で空間を大きくしてるからこのサイズだけど、ほんとはもっと大きいし重いんだよ?」
とはいえお荷物にはお荷物なりの矜持がある。とりあえず今の自分に出来ることをアピールして、どうにか考えを改めてもらうよう説得するけど、
「ふん、俺様がてめえみてーな邪魔者を抱えたまま、今日のダンジョンで何を手に入れたと思う?」
「えっと、確か無駄に装飾が意味深だった、裏路地の古具屋で売ってっ、そーな鞄?」
「そうだ、これはお前のゴミみてえな魔法よりも、よっぽどたくさんのものを収納できる魔法の鞄だ!」
「そ、そんな、確かにそれは今の僕の魔法より何倍も効率がいいように作っ、らーれーてるけど。それなら今まで通り僕がそれを持って荷物係になるから、」
「はぁ!? どんだけ図々しいんだよ!!」
どすっ、と鈍い音がした。
お腹を蹴られる、痛い、ジクジクする。
「……んっ、。うぅ、アレン、」
「ちっ、軽々しく俺様の名前を呼ぶんじゃねえよ雑魚が。それにな、お前を邪魔者だと思っている奴は俺様だけじゃねえんだぜ」
そう言って視界を向けると、赤、緑、黄色の三人の女が目を向けている。
蹴られて顔を見せない様にうずくまった僕を、見下している。
「そうよそうよ! いっつも気持ち悪い視線送ってきて、あたしだってさっさと追い出したかったんだからね!」
赤色、魔法使いの女が囀る。
正直、常に鬱陶しいとは思っていたけど、気持ち悪い視線はただの箱入り娘の自意識過剰だ。貧乳だし。
「そうですね、あなたは自身がどれだけわたしたちの足を引っ張っていたか、自覚もなかったんですか?」
緑色、癒し手の女が騒ぐ。
教会所属とはいえ戦闘能力の無いこいつは、お荷物具合では大差ないと思うけど、多分一番胸がでかいから許されてるな。むかつく。
「まあ、そうだな。確かにこれ以上お前が私たちの戦いについて来るのは不可能だろう」
黄色、剣士の女が嘲る。
ぶっちゃけリーダーのアレンに比べても、大したことない腕前だし、いてもいなくてもあんまり変わらない気がするが、この中で一番偉い貴族の娘で扱いが面倒臭い。胸は普通。
「というわけだ、おら、さっさとその中身全部よこしやがれ」
「あっ、ちょっと待って、」
青色、目元まで伸ばした僕のボサボサの髪は、表情を隠すのに便利だ。
何とか感情を抑えている内に、我慢できなくなったアレンが無理矢理リュックを取ってしまう。
そんな強引に扱って、中身が飛び散ってしまったらどうするつもりなんだろう、危ない。
「おお、全部入るな、清々するぜ。貴重な空間魔法の使い手だか何だか聞いて今まで連れて来てやったが、こんなゴミを押し付けられちまうとは運がなかった。だがこれで、本当に用無しだ」
アレンが、そしてその他が背中を向けていく。
「え、本当にそのまま行くの、僕の荷物は?」
「は、お前の荷物だ? 武器の一つも振れねえお前に荷物なんてねえだろ? 全部元々俺様のものだ」
「え、全部……。えっと、今来てる服とかも、」
「くそっ、相変わらず気持ち悪い野郎だ。じゃあそれが餞別がわりだ、俺様に感謝するんだな。もう付いてくんなよ、お荷物が」
「……そう、っ。」
こんなモンスターがいるダンジョンに一人取り残される、ということで一縷の望みを賭けてアレンの足元に縋り付いてみたら、
「ちっ、二度と俺様にそのツラ見せるんじゃねえぞ、このゴミクズが‼︎」
ゴスっと、また蹴飛ばされてしまった、今度は顔。
お腹より痛くは無い、お腹の方が良かった。
「っ、んぅ、……あ、」
そして、僕がへたり込んでいる内に、今度こそアレンは、とそのパーティは行ってしまうのであった。
…………僕は昔、誰かの夢だった。
夢を見ていた誰かは平穏で素敵な世界に何故か飽き飽きしていた様で、そして何があったのかは知らないけど多分事故にでもあって、この体になった。
そこからはまたいろいろあったけど、まあ簡単に言うと生まれた時から親もよくわからない奴隷だったわけで。
僕には耐えられたけれど、誰かには耐えられなかったほどの曖昧な記憶の果てに、誰かは僕の夢になってしまった。
今ではここに知らない世界の誰かがいたのは僕しか知らないけど、それでもその夢は僕に地獄の中で生きる術を教えてくれたので、これは子供が見た素敵な夢だったと思っている。
それに実は、この夢は僕に知識だけでなく、特別な贈り物を残してくれたりして、
「……ん、はぁ。本当に捨てられちゃった。どうしよう」
アレンが見えなくなってしばらくした後、僕はダンジョンの中を歩き出した。
ダンジョンの中は危険なモンスターが生息していて、もし戦う術を持たない人間が一人で歩いていたら、簡単に死んでしまうだろう。
「……お、オオカミ型だ。大丈夫かな、怪我しないといいけど」
それは熟練者も同様で、少し隙を見せれば簡単に命を落としてしまうのがこの世界。心配は、いくらしたってし足りない。
「でも群れないタイプだ。一匹ずつなら、流石に問題ないはず」
とはいえ、今は目の前のモンスターをどうにかするとしよう。
荷物を渡してしまった今、蓄えは必要だし。
それにしても、僕の荷物も全部纏めて持って行かれてしまいかけたのは、困るところだった。
あの中には、人には言えないアレンについてかいた手帳とかもあったのに。
「ガウッ‼︎」
「あ、来た、それじゃしょうがないか、」
僕の目線の後ろから、それなりの速度でモンスターが飛び掛かって来る。
意外と大きい、爪も牙も鋭くて、
「『収納』っと。うん、高く売れそう」
実は僕の魔法は、割と色々できて便利だったりする。
「ん、それじゃあどうしよう。手っ取り早く宝石でも探して売ろうかな。『整理』」
例えばこれ、広大な収納空間に何が入っているか確認するために、かなり広い範囲で正確な探索ができる。
それにオマケ効果もある。
「あ、ここ、隠し部屋がある。宝石に、黄金に、これは……、」
ともかく、僕はダンジョンの大きな道をそれて、隠された空間に行ってみることにした。
「人間が、我の根城に何用だ!!」
隠し部屋には大きな真っ紅のドラゴンがいる。
しかも人間の言葉を話す、かなり高位のモンスターだ。
「……喋ってる、話はできるのかな」
「図が高いぞゴミクズが、灰にされたいのか‼︎」
どうやら勝手に住居に侵入されたことを怒っているご様子で、
それは申し訳ないと思うが、お前今なんて言いやがった?
「……あ?」
「っ、何だ人間。本当に死にたい様だな‼︎」
そして大きな竜は喉に熱を溜め、僕程度を簡単に消し炭にしてしまう様なブレスを吐こうとするが、
いや、そんなことよりも、こいつ今、よりにもよって僕のことゴミクズと呼んだのか。
アレンと同じ様に、何てことを、許せない。
「『火龍の獄炎』!!」
「『うるさい、黙れ』」
そして、竜は喉を赤熱させたまま、まるで時間が止まったかの様に固まってしまう。
いや、固めたのは僕だけど、
「——っ、な、なんなのだ、これは!?」
「あれ、その状態で喋れるの? ああそっか、もともとその体で人間の声なんて発声できるわけないし、これも魔法なのか。まあ都合がいいしそのままにしとこう」
しかし、ムカつくけど話せるドラゴンか。
これは、いい出会いをしたかもしれない。
「ぐっ、我に一体何をした!?」
「何って、ほら、収納空間の物って新鮮なまま止めておけたりするでしょ? それだよ」
「……は? 収納空間? 何を言って、」
「だから、ここはさっき整理したんだよ。つまりここは僕の収納空間ってこと」
収納空間の中のものは割と自由にできる、時間を止めた様にそのままにして保存したり、纏めて取り出せるよう接着したり、まあ今はそんなことどうでも良いけど。
「それより君、今暇? 時間ある?」
「時間って、……貴様によって止められているらしいが、」
「よしっ。じゃあいいね、ちょっと僕に付き合ってもらうよ!」
「え、いや、何をするつもりだ人間め‼︎」
「何って、そりゃもちろん。床屋の穴になってもらうんだよ」
「は、なに。——ちょ、こっちくんな。やめろ、ヤメローー!?」
というわけで僕は、このいかにも友達のいなさそうな引きこもりドラゴンに、愚痴を聞いてもらうことにしたのでした。
「えっと、つまり貴様は、ずっといたパーティに追放されて傷心中というわけだな?」
「うん、最初はそれもいいかなって思ったけど、やっぱ辛い、悲しい、しゅん」
「うわ面倒臭さ、。……うむ、わかった、この我が話を聞いてやるから、取り敢えずこの止めるのをやめてくれんか。ずっとこの体勢は大変だ」
「ん、うん、いいよ」
ビターン、動かした瞬間に尻尾で思いっきり殴ってきやがった、目が回る。
「はっはっはっ! 思い知ったか人間め、貴様程度、我が本気を出せば一瞬でゴミク
「あぁ?」
「クューン。あれー、何で無傷でらっしゃるのでしょうか、」
「収納空間の物同士は、どんなに接触しても損傷しない設定にしてあるんだよ。それよりほんと、殺すよ?」
とはいえ位置はずらせるけど、しかしこいつさっきから何度も、
「っ、いやまて、ということは我に攻撃することも不可能‼︎ つまり所詮は人間が我に勝てる道理な
「『放出』、一部だけ」
「なぁーー!? 我の尻尾ーー!?!?」
ちょっといい加減うるさいから切っちゃった、まあトカゲだし先っぽくらいなら生えてくるだろう。多分。
「……あの、これは」
「……ドラゴンの内蔵って、どれが一番高く売れたかな、」
「あ、ほんと、調子乗ってすんませんっした。どうか命だけはご勘弁を、」
「……因みにこんな機能もある。えっと、収納物、ドラゴン。群れの中では最年少、子供扱いが嫌で家出中、黄金の動物像を抱いてないと眠れない」
「いやーっ、やめてー!?」
これは収納物の状態を確認する機能。そもそも収納物を完璧に把握してないと、空間魔法なんて危なくて使えないしね。
「あ、メスなんだ。それで、他の情報は……、ふむふむ魔法。あ、変化? 変身魔法使えるんだ、ふーん」
「あ、えと、それは、使えってことでしょうか」
「ふーん」
「あ、はい、『変化』!」
そして、まあお願い通り、そこに人型が現れる。
幼い、僕と同じくらいの少女、年齢的にはもっと上ぐらいだったはずだが、竜の寿命的にはこんなものなんだろう。
うん、貧乳だ。まごうことなき貧乳だ。今巨乳を見たら殴りかかっていたかもしれない。
「うん、よしっ」
「あ、よかったのだな、ふー、」
「えっと、それで、何を抜くんだっけ?」
「ぐ、愚痴を聞いてストレスを抜くのじゃ! それで、貴様は追放されたパーティをどうしたいんじゃ!?」
「あっ、そうだったね。……えっと、それでさー」
「しかし聞けば聞くほど酷いパーティじゃのー、よく我慢できたものじゃ」
「うーん、まあね、」
「貴様ほどの力があれば、そいつらなんぞ敵では無いのではないか? どうして言いなりになんてなっていたんじゃ?」
「いや、まあ、連れ出された時に、神輿より目立たないよう、釘を刺されたってのもあるけどさ。ほら、みんな貴族だったり、教会の意向があったり、勇者だったり」
「勇者? え、その屑オスが勇者なのか!?
……世も末じゃな〜」
「んー、いや、そんな、でも、う〜ん」
ちょっとイラッとしたけど、まあ、客観的に見て事実だし口をつぐむ。
「しかしこの辺に落ちてた鞄一つのせいで追い出されるなんて、運が悪いのー。いや、運が悪いのはむしろそいつらなのか?」
「うん。いい加減おっきい荷物を背負ってたら邪魔そうにされたし、なんか上手いこと新しい道具と僕の魔術が噛み合って進化したって方向にするために、わざわざ作ったのに」
予定では、今頃も新生荷物持ちとしてあそこにいれたはずだったんだけど、
「……え? 作った?」
「収納空間使えば先に置いておくのも簡単だし。あー、でももっと性能下げときゃよかったのかなー?」
「あー、うん。そうじゃなー?」
うー、せっかく裏路地回って、それっぽい太古の遺物みたいな鞄まで買っといたのに、失敗した。
「……しかし、それだけの力を持っているのに、良く蹴られた際にやり返さなかったの。そんなに人間どもにとって勇者は絶対なのか?」
「んぅ、それも失敗した。もっとやり返せば良かったのかな?」
今思い返しても腹が疼く、
二発って、しかも一発は顔。
「お、そうじゃ、そうじゃ。そいつらなんぞ、貴様の最強の力でけちょんけちょんに、」
「そしたらもっとアレンに蹴ってもらえたのかなー?」
「————に、ん、あ、ん、え⁇」
せっかく人生で二度と無い様なチャンスだったのに、もっとグチュグチュにしてほしかった。
もう、僕の馬鹿!
「顔も良かったけど、やっぱりお腹に無遠慮でやられるのが良かった、ジクジクした、子宮がキュンキュンした、ちょっと越えちゃったから表情を隠すのに苦労した」
「お、あ、……、貴様メスか!?」
「え、うん。奴隷の娘が勇者の仲間にいたなんて、もし万が一の可能性があるなんてしれたら、外聞が悪いから男装させられたけど」
というか、胸がないからズボン履くだけで完成、悲しい。
「まあでも、おかげで全力で蹴ってもらえたから結果オーライかな」
「はーーーっ、難儀な性癖しとるのー、。あ、もしかして、貴様そのオスのこと好きなのか? そんな扱いされて?」
「ん、うん。大好き。超好き。だってアレンは僕をあの地獄から救い上げてくれた王子様だもん」
あの時のことは今でも思い出せる、というかそんなに昔でも無いし。
夢すら死んで、苦しみしかなかった暗闇の中で、僕という存在が初めて生きることを許された。
苦痛と絶望以外の感情を、初めて現実で知ることができた。
ともかく彼が直接、僕のことを選んでくれたわけではなかったけど、それでもアレンは僕にとっての救いだった。
「それにさ、アレンは僕のことちゃんと人間扱いしてくれるんだよ!? ゴミクズー何て呼ばれるけど、少なくとも人間としてずっと見てくれたし、そう呼ばれるのも何かだんだん気持ち良くなってったし、」
「うわっー、と、はーーー、。あ、それで最初ブチギレてたのか、なるほどなー」
「最後だってね、身寄りのない僕を捨てたいなら、万が一にも変なことを言いふらされない様に、さっさっと事故死にして殺せばいいのにさ、そのまま放置するだけで許してくれて。あ、でも、どうせならアレンに服をひん剥かれたかったな。そしたら最高に気持ちが良いし、そのままもしかしたら襲ってもらえた可能性も、。いや僕の薄汚れた体なんてアレンに使わせるわけに行かないけどさ、でも最低限ペットぐらいには、」
「ストープッ、ストープッ! ——重いわ!? 性癖も闇も重すぎて黒い炎吐いてしまいそうじゃ!?」
止められてしまった、せっかく気持ちよく愚痴れてたのに。
「……胃もたれすると、黒い炎吐くの?」
「そうじゃ、めちゃくちゃこげくさいんじゃぞ!?」
「はえー」
まあ、でも、初めてこんなに本心を話せたし、少しは気が楽になったかな。