65. 冷徹な女獅子は酒の席で紅一点
翌日、氷壁の国の武装兵団は戦いを終えて帰還し、凛も自室へと戻っていた。
そしてクライアから告げられた副団長就任の打診についてを凛は考え込む。
クライア様からのお願いが、まさか副団長になってほしいだなんて。
こんなに光栄な事はないし、何よりも凄く嬉しい。
・・・けど、私にちゃんと務まるだろうか。
私はクライア様からの教えのみでこの二年間を過ごしてきた。
他の人達よりも人生の経験が少ないし、見た目も若い上に性別も女。
周りからの目線はきっと厳しい。
今まで以上に気を引き締めなきゃ務まらない。
コンコンッ
凛の部屋のドアがノックされ、凛はドアの方に向かう。
ガチャ
ドアノブを回してドアを開いたその先には、クライアが立っていた。
「ク・・・クライア様」
凛はわざわざ自室にクライアが来た事に驚き、思わず声を上げる。
「あぁ、驚かせてすまない。
昨日の私からの提案をどう思っているか気になってな。
昨日は急な提案だったから戸惑っただろう。
無理強いをするつもりはない、一晩考えた今の心境を聞きたい」
クライアは凛の部屋のテーブルへと座り、凛もその向かいへと座った。
凛は俯き気味の角度で数秒考えるように黙り込み、話し始める。
「・・・大変光栄な事だと思っていますし、とても嬉しかったです。
ただ、私は身元も知れないならず者で経験も浅いです。
知らない事もまだまだ多い私に、その大役が務まるかどうかが不安です」
凛は率直な現在の気持ちを簡潔に話した。
「具体的には何に不安を抱えている?」
「・・・国内での見られ方です」
クライアはなるほどと思い、眉間に皺を寄せながら上を見上げる。
「武力、剣術で言うのであれば君以外の適任は誰もいない。
それは君も理解している。
しかし、副団長ともなれば国内での立食パーティーや会議等に参加する場面もある。
それに不安を抱えている。 そういう事か?」
クライアは自分の脳内で凛の言いたい事を整理しながら、説明口調で凛に問う。
「・・・仰る通りでございます」
「なるほどな・・・。
なーに、君ならすぐ慣れるさ。
それを見越して君を指名している」
クライアはそんなの杞憂だと言わんばかりに軽く言う。
凛はそれでも不安な様子だ。
「・・・本当に大丈夫でしょうか?」
「もし仮に君を良く思わない輩がいたとしても、
王子の私が味方でいる上に、皇太子妃として早苗も味方として動いてくれるだろう。
そう考えれば何も心配はいらないだろ?」
「そんなっ・・・!
クライア様のみならずサナエ様にまでお手を煩わせる訳にはいきません」
凛はまるで自分が八百長をしているかのような立ち回りになってしまうのも許せなかった。
それは自分の甘えだと、戒めるように心に言い聞かせる。
「そう言うな、使えるものは使うべきだ。
もっと気軽に頼ってくれていいんだぞ?」
「し・・・しかし・・・」
「あぁそうだ!
丁度六日後の夜に貴族達を招いた仮面舞踏会がある。
そこにリンも出席できるよう特別に手配しよう。
仮装していれば粗相を働いてもリンの評価に影響はないしな」
クライアは思い付きで凛に提案をするが、凛は困惑してしまう。
「そんな急に・・・・!」
「まずは習うより慣れろだ。
間違いなくいい経験になるだろうし、丁度その日は早苗も参加する。
どちらにしても一度早苗とは面識を持っておいた方がいいだろうからな。
早苗は子供が中心の生活を送っているから普段会う機会などないだろう?」
「それは勿論、雲の上のお方ですゆえ、
会った事は愚かお目にかかった事もございません・・・!」
凛は既に緊張しているかの様子でそう言った。
クライアはその様子を見て、戦場だとあんなにも冷静でいられるのになぜこういう場面では緊張するのだろうかと不思議に思う。
「まぁ楽しみにしておいてくれ。
・・・あと、兵団員を集めて明日宴会の場を設ける。
その時に、リンを副団長に任命しようと思っている旨も皆に伝えるつもりだ」
「先に伝えるのですか・・・」
「あぁそうだ、その時の奴らの反応がきっと後押しになる。
リンに副団長になる事を決断してもらう為の、私の作戦だ」
クライアは素敵な笑顔を凛に向けてそう言った。
凛はなんて崇高で温かい笑顔だろうと思い、自分の立ち位置の居心地の良さを改めて感じる。
そして同時に、同じような感覚を以前に感じた事があるような、そんな既視感がちらついた。
なんだろう・・・いま一瞬クライア様と重なって、
うっすらと誰かの笑顔が・・・・・・。
「では、私は失礼する。
明日、遅れるなよ?」
クライアはドアの締め際にそう言い残し、ガチャとドアを閉めて去っていった。
凛はクライアに深くお辞儀をして、ドアが閉まってからも暫くお辞儀の姿勢を維持した。
クライア様の期待に応えたい。
これだけ気にかけていただいて、親身になってくれるのに
私が立ち止まってどうするんだ。
――――――
翌日、クライアは武装兵団の兵士達を集め、先日の土塊の国との戦いの勝利を祝う場として酒宴を開催した。
この宴会は、貴族同士の堅苦しい空気の宴会ではない。
作法や礼儀を気にせず、純粋に英気を養える場としての宴会だ。
場所も室内訓練場の中で開催しており、馴染みのある場所で周りを気にせずに騒げる空間である。
ガヤガヤとした空気の中、クライアが木箱の上に立って咳払いをする。
それを合図に兵士達は声を出すのをやめ、クライアの方に視線を向ける。
「諸君! 先日の戦いっぷり、実に見事だった!
我々は今回も勝利し、氷壁の国の強さを世に知らしめることができたであろう!」
「「わぁあああ!!!」」
兵士達は腕を掲げて歓声を上げる。
「我が国は白兵戦において圧倒的な強さを誇り、
今となっては負ける事はないだろう!
それもこれも皆の日々の努力、頑張りの賜物だ!
今日はそれを称え、好きに飲もう!」
「おぉぉおお!!!」
クライアの言葉を合図に兵士達は自由に動き出し、手にジョッキを持って酒を注ぐ。
様々なところから飛び交う会話で一気に空間はガヤガヤし出した。
その中で凛は酒という飲み物が苦手な為、水を片手に楽しむ兵士達を眺め、椅子に座る。
するとジョッキ一杯の酒を片手に一人の男の兵士が隣に勢いよく座ってきた。
「リン! ずっと話してみたかったんだ!
あの速さと剣技、クライア様を除いて
あんたの右に出るものは間違いなくいねぇ!
ありゃどうやってるんだ??」
その質問に凛は説明が難しいと悩む。
「どうでしょう・・・・・。
こう足元にフンっと力を入れるというか・・・・。
そうするとビューンって動けるようになるんですよね。
剣技についてはクライア様の教え通りなのですが、
直感的に身体をどう動かせばいいかがわかるというか・・・」
その凛の曖昧で抽象的な返答に男の兵士は何かを察する。
「ハハハハハッ!!!
やっぱあんたは天才なんだな!!
きっと武の神様に愛されてるんだろう!」
男は豪快に笑い、それからは他愛もない話を展開されて凛は笑顔でその場を楽しんだ。
ぐるぐると人が移動して回る中、凛は同じ場所に座り続けた。
武装兵団の中で言うと凛は紅一点、女性は凛だけだ。
動かずとも順繰りと男の兵士が凛と話す為にやってくる。
色目で見る男も当然いるが、凛に勝てないと分かっているからこそ誰も手は出せない。
そして何よりもクライア様が一番弟子と公言している以上、下手な事は出来ないのだ。
酒宴が始まってから二時間が経過した頃、クライアが一声上げる。
「皆! 少しだけ話しがある!」
兵士達はそれに反応し、各々赤くなった顔でクライアの方を見る。
「今後、武装兵団の人数も増えていくだろう。
それに伴って、私以外にも責任者を設ける予定でいる。
そこで・・・正式ではないが、私はリンを副団長に任命しようと考えている!」
クライアのその言葉に兵士達は歓喜する。
「うぉぉおおお!! リンさんになら俺はついてくぜ!!」
「俺もリンさんの為なら命を捧げる甲斐があるってもんだ!!」
「リンさん以外有り得ねぇだろぉぉお!!」
「「リーン!リーン!リーン!リーン!」」
遂には凛の名前を全員が肩を組んで叫び出す始末となった。
凛はその光景を見て、お酒を飲んでないのにも関わらず恥ずかしさで顔が赤くなる。
その赤い顔のままクライアの方に目線を向けると、クライアは狙い通りというような笑みを浮かべ、凛に向けてウインクをした。
凛はそのせいで耳まで赤くなって伏し目になる。
その後はまた一時間ほど、皆で馬鹿騒ぎをして酒を飲み続けた。
なんなら凛の副団長就任の話が出てからの方が盛り上がったようにも感じる。
誰一人嫌そうな顔をせず、お腹が痛くなるほどに笑い、肩を組んで騒いだ。
凛は武装兵団に入ってからの半年間、兵士達と今までちゃんと向き合って話した事が無い。
だからこそ自分がどういう見られ方をしているかを全く知らなかった。
凛は変に悲観的に考えすぎる節がある。
いくら強くても女の副団長なんて反対意見もそれなりにでるだろうと勝手に思っていた。
しかし、それも杞憂だった。
こんなにも心強い味方達がいるのであれば、国内での貴族達からの見られ方など気に病む必要はないと感じる。
その日の最後の数十分は凛も流れに身を任せ、苦手なお酒を一気飲みし、大喝采のもと宴会は終わりを迎えた。
――――――
「むぅ~~」
凛は変な声の出し方をしながら千鳥足で室内訓練場をでる。
そのあまりにも不安定な歩き方を後ろから見ていたクライアはやれやれと凛の元へと近づく。
「ほら・・・・らしくない事をするからだ」
クライアは凛の腕を自分の肩に回し、身体を支えてそう囁く。
「はひ・・・・・・クライア・・・しゃま?」
酔っぱらった凛はクライアを見つめて呂律の回らない舌で声を出す。
それを聞いたクライアは流石に呆れて笑ってしまう。
「フフッ、長い付き合いだが、そんな顔も出来るんだな」
クライアはフニャフニャになった凛の顔を見て、新しい一面を発見できた事に少しだけ喜びを感じ、べろべろの凛を凛の部屋へと送り届ける。
――――――
凛の自室へ向かい宮殿の廊下を歩く途中、クライアは奥から早苗が歩いてくるのに気付く。
・・・ん? なんでこんな時間にここを出歩いているんだ?
クライアがそんな疑問を思っていると早苗もクライアへと気付いた。
「あっ・・・クライアっ!」
早苗はなぜか少し驚いた様子だった。
「こんな時間にどうした?」
クライアは項垂れる凛を支えながら早苗に聞く。
「・・・クレアの寝かしつけ終えたら、
なんだか夜風を浴びながら散歩がしたくなっちゃって」
早苗は若干ぎこちない笑顔でそう答えた。
クライアは何か嫌な事でもあったのかと思い何か言葉をかけようと思ったが、それよりも早く早苗が口を開く。
「それより・・・その人はどなた?」
早苗は頭をぶらんと下に向けてクライアに半ば引きずられている凛に視線を向けてそう聞いた。
「あぁ、何回か早苗にも話してた弟子のリンだ」
「あぁ! その子がリンなのね!
それより相当潰れてるようだけど大丈夫なの?」
「慣れない酒を飲んでな、まぁまた後で話す。
リンを送り届けたら私も部屋へ戻る」
クライアは凛を引きずりながら早苗の横を通り過ぎていった。
早苗はその通り過ぎた背中をちらりと眺め、何かを感じる。
・・・・名前が同じだからかしら?
何となく似てるような・・・・・。
――――――
「・・・・むにゃむにゃ」
クライアは凛をベッドへと横たわらせ、布団をかぶせる。
思い返せば自分の娘、クレア以上にリンの面倒を見ている気がして、なんだかクレアに申し訳ない気持ちになる。
たまには家族との時間も確保しなければな・・・・。
クライアはそう決意しながら自分の部屋へと戻っていった。
第三章は細かい心理描写を意識して書こうと考えております。
当然戦闘シーンも今後ありますので皆さんの脳内でうまいことアニメ再生してください。(読者任せ)
私は語彙力を鍛えます・・・。




