64. 冷徹な女獅子と氷壁の国の王子
太陽の光が照り付ける見渡す限りの荒野。
一面に広がる青空に一際目立つ積乱雲が君臨していて、あの中には何がいるのだろうと思いを馳せる。
地面に仰向けで倒れる兵士は、酷い耳鳴りの中でそんな事を考えていた。
倒れたまま顔を横に向けると、揺れる視界に無数の人間の足が見える。
視界が揺れているのは蜃気楼のせいなのか、脳が揺れたからなのかはわからなかった。
兵士は自分はついていないと振り返る。
半年前、突如として国同士の争いが始まり、無理やり徴兵されて兵士となった。
時間をかけて作り上げた強固な軍ではなく、俺達は即席で集められた烏合の衆だった。
土塊の国は先読みの力がない間抜けな上層部しかいない・・・。
もっと戦争を予期して準備をしていればまだ違ったはずだ。
・・・そのせいで俺は今、こんな目に遭っている。
「「うぉおおおおお!!!」」
ガキン! キン! キン! ズシャァ!!
脳の揺れが収まってきたからか、耳鳴りが遠のき始め、兵士の叫び声、生々しく肉を絶つ音、金属同士が激しく擦れ合う甲高い音が再び耳に響き始める。
くそ、こんな所で死んでたまるか・・・・!
兵士は力を振り絞り、再び戦場で立ちあがる。
「おらぁぁあ!!」
雄たけびを上げて剣を強く握り締める。
すると、奥から味方を片っ端から斬殺しながら突き進んでくる女騎士が目に入る。
それを見た兵士は、剣を握る力がみるみる弱まっていった。
「あぁ・・・俺は本当についていない」
兵士は先ほどの威勢とは打って変わって戦意を喪失した。
そして周りの兵士の怯える声がうんざりするほど聞こえてくる。
「あいつは・・・冷徹な女獅子だ・・・殺される」
「あれが例の・・・強すぎる・・・」
「あんなのと戦うくらいなら・・・動物の獅子の方がマシだ!!」
「くる、くる・・・だめだァァあ!!」
ズシャッ! ズシャァ!! ズブッ プシャアァァ!!
数百人の兵士達がぶつかり合う中、黒髪の女騎士が戦場で存在感を示す。
俊敏かつ華麗なステップで数々の兵士の懐に入り込み、一撃で鎧の隙間に剣を通して肉を斬る。
あまりにも圧倒的なその剣技に、土塊の国の兵士は恐怖で足がすくんだ。
その女騎士は顔面を返り血で染めながら兵士の方に徐々に迫っており、兵士はその姿から目線をずらせない。
そして瞬きをした次の視界には、血塗れの顔の中に光る眼光と目が合った。
その無表情にも関わらず鋭い殺気の眼光に当てられて、兵士は身体が硬直してしまう。
ズシャア!!!
気付いた時には首元が切り裂かれていて、鮮血が目の前に撒き散った。
兵士は白目を剥いて直立したまま横へと倒れ、地面へと沈む。
―
その女騎士は氷壁の国の鎧を纏い、的確に敵兵の急所を突いて戦場を駆け回る。
その圧倒的な駆ける速度と無表情で敵を殺して回る姿から、〈 冷徹な女獅子 〉との異名で敵国から畏れられていた。
今回の戦いも氷壁の国が優勢で、土塊の国の将軍は撤退を決断する。
「くっ・・・・退け!退けぇぇえ!!!」
土塊の国の将軍の一声で土塊の国の兵士達は敗走していく。
その様を見て、氷壁の国側も戦闘を打ち止める。
「そこまでだ!!
敵は後退していく!我々の勝利だ!!」
立派な馬に乗り勝利の雄たけびを上げるのは、兵団の指揮を執る氷壁の国の王子、クライアだった。
そのクライアの雄たけびに感化されるように氷壁の国の兵士達も雄たけびを上げる。
「わぁぁああああ!!」
生き残った兵士達は盛り上がって声を上げていく。
「今回も俺達の勝利だ! 我が国は最強だ!」
「こちらには最強の女騎士も最強の王子もついてるからな!」
「クライア様万歳!! リン様万歳!!」
クライアは冷徹な女獅子と呼ばれる女騎士の元へと馬を進めて声を掛ける。
「リン、今日も見事な戦い振りだった」
女騎士のリンは馬を降りて膝まづく。
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
クライアはその徹底した礼儀作法を見て、自分が教え込んだとはいえ何とも言えない複雑な気持ちになる。
「そんなにかしこまるな。
もっと楽にしていい。
それより、野営地に戻ったら私の幕舎にこい。
今日は大事な話がある」
リンはクライアを見上げ、ほんの少し驚いた表情を浮かべて返事をする。
「仰せのままに」
―――――
その日の夜、クライアの幕舎にリンが訪れる。
「失礼いたします」
入り口の布を捲り、ピンとした姿勢のリンが姿を現した。
「そこの椅子に座ってくれ。
あと・・・もう少し昔のように肩の力を抜いて大丈夫だ」
クライアはまるで申し訳なさを感じているような言い方でそう指示を出す。
「・・・承知致しました」
リンは多少不服そうに力を抜いて椅子に座る。
クライアは温めていた銀製のティーポッドに紅茶の茶葉をティースプーンですくい入れた。
そこに沸騰したてのお湯を注ぎ入れ、蓋をする。
茶葉を蒸らしてる間、座るリンの方に背中を向けながら話しかける。
「こうしてゆっくり二人で話すのも久しいな」
リンはクライアの背中を見つめて口を開いた。
「・・・半年前の出陣の時以来でしょうか」
「もうそんなに経つか・・・。
本格的な戦争に備え、軍を強化し始めてからは
中々時間が取れなくなってしまったからな。
・・・だが今日の勝利で、暫くは落ち着きをみせるだろう」
クライアはポッドの中をティースプーンで軽く一回混ぜる。
「・・・クライア様は立派です。
王子としても考える事が多い中、軍を率いるなど・・・」
「ハハハッ、まさかリンに心配されてしまうとはな。
だが、心配には及ばない。
誰かに任せるくらいならば自分でやりたい性分だからな」
クライアはリンの元へとポッドを持ちながら移動し、紅茶をカップに注ぎ入れる。
「あ・・・ありがとうございます」
リンは王子という身分の人に紅茶を注いでもらうという無礼に気付き、ソワソワし始める。
「よいよい。
肩の力を抜けと指示したのは私だ」
その様子に気付いたクライアは優しくそう言い、注ぎ終えたポッドをテーブルへと置く。
「こんな戦場付近でなんだが、お茶会といこうじゃないか」
クライアはカップを手に取り、紅茶の香りを楽しむ。
リンもそれに合わせるようにカップに手を伸ばし、陶器から伝わる温かさを感じる。
「最近はどうだ?
少しは昔の記憶は戻ったりしていないか?」
「・・・いえ、それについてはまだ何も」
リンは俯きながらそう言い、クライアも残念そうな表情を浮かべる。
「・・・・・そうかぁ」
クライアが少し落ち込むような様子を見せると、リンはバッと顔を上げて話し始める。
「しかし、記憶がなくとも今の生活に満足しています。
クライア様に拾われたこの命、クライア様に捧げる所存です」
リンはキリッとした顔つきでクライアの目を見る。
「・・・リンが良いのであれば、記憶が戻らない限りはそれでいい。
だが・・・私は少々心が痛むのだ。
記憶を失った君を拾い育てたのは私だが、
きっと君の人生は一変してしまったであろう。
記憶が戻れば、他に大切にしていたものが見つかるはずだ。
その時、私は止めはしない。
自分の大切なものの為に生きろ。
それが私の下に居る事なのであれば、それもいいだろう」
クライアはリンの事を心から想った言葉を言い渡す。
そして約二年前、リンと出会った時の事をふと振り返った。
――――
勇者の魔物遠征が終わってから五年後。
世界から魔物という脅威が消え去り、各国はお互いの利権で度々言い争う事が増えていた。
王子であるクライアも少なからずその影響を受け、ストレスが溜まった時は決まって狩りに出るのが習慣化していた。
そしてその日も、二名の護衛だけつけてクライアは国境付近に狩りへと出ていた。
「クライア様・・・そろそろお時間です」
「・・・・わかった」
その日の狩りを終え、国境付近の狩場から氷壁の国へとクライアは馬を進ませる。
土塊の国との国境付近は荒野が広がり、遠方まで見渡しやすい場所だった。
クライアは身体能力が異常に高い為、視界に捉えた超遠距離の動物を射抜く事で狩りを楽しんでいる。
そんなクライアの異常な視力で、帰り道の荒野の上で真っ黒な球体が浮いているのが目に映った。
「・・・・なんだ・・・あれは」
クライアは狩りをする時は決まって同じ狩場だった。
だがこの数年間、あのような球体は目に留まった事がなければ、その日の行きの道中でもあれは見ていない。
そのなんとも不思議な現象と、見た事のないその球体にクライアは恐怖と興味が同時に湧いた。
「お前たち・・・少しここで待て」
「あっ! クライア様!」
クライアは馬で駆け出し、一人でその球体へと近づいていく。
すると、その球体はクライアに気付いたかのように瞬時に姿を消す。
「・・・・・!!」
黒い球体が突然消えた事にも驚いたが、なによりも驚いたのは、その消えた球体の中に一人の少女が倒れている状態で現れたことだ。
クライアが良く訪れるこの狩場近辺は余程の物好きしか人が来ないような穴場スポットだった。
居たとしても狩りを生業とする男くらいのもので、女性がいるところ等見た事がない。
そしてその女性が謎の球体の中から現れて倒れているというこのトリッキーな状況に、クライアは何か強く惹かれるものを感じた。
「君・・・大丈夫か? 起きるんだ!」
しかし、いくら声を掛けてもその少女は目を覚まさなかった。
クライアはこの少女を救助する為に護衛を呼びつけ、その少女を宮殿で回復させることにする。
「この少女を医務室へ」
少女を抱きかかえて護衛の馬の後ろへと乗せ、クライア達は急ぎで国へ戻った。
宮殿へと戻り、客室のベッドに横になる少女を見つめ、テーブルに置かれている所持品に目を通す。
この少女は一体何者なのか、クライアはそれが気になり、少女の身に着けているものに何か手がかりがないかと探った。
すると、何かの身分証明のようなバッジが目に入る。
「・・・・リン」
クライアの手に取ったそのバッジにはリンという名前が彫られていた。
それは、ウィズダムで今は亡きダンが凛の為に造った仕事を請け負う為のバッジだった。
クライアはそのバッジを見てもそれがどこで造られたものなのかはわからず、この少女の名前はおそらく〈 リン 〉という事だけを理解した。
「・・・・・んっ」
ベッドの方から声が聞こえ、クライアは振り返る。
反射的にバッジを懐へとしまい、リンに声を掛ける。
「目覚めたか??」
凛はゆっくりとクライアの方へと顔を向け、きょとんとした表情をする。
「・・・・・・」
クライアと目が合っても凛は無言だった。
奇妙に思ったクライアは質問を投げかける。
「君はどこの出身で名前はなんと言う?」
「・・・・・・わからない・・・」
その回答にクライアは衝撃を受けるが更に質問を重ねる。
「何か覚えている事はないか?」
「・・・・何も・・・・・私は・・・誰?」
その回答はクライアの想像を超えてきた。
黒い球体から現れた記憶のない少女。
クライアは少女の今後の処遇を迷った。
通常、一般人を保護した際は身元の分かる者はそのまま家へと帰し、身元の分からぬ者は施設へと送られる。
しかしクライアは、リンに運命のような何かを感じた。
この少女は自分と巡り合う為にあの場所で姿を現したのではないかと。
「そうか・・・。
なら・・・君は今日から私の配下だ。
名前は"リン"と名乗るがいい」
クライアは咄嗟にそう口に出し、記憶を失った凛はクライアの部下となった。
これが今から二年前の出来事である。
今までストレスの発散は狩りの時間に使っていたが、凛と出会ってからの一年半は、リンへの剣術、武術の教育に時間を使った。
それは記憶を失った幼気な少女に、生きる為の術、身を守る為の術を与えるつもりだった。
しかし、あまりにも飲み込みの良いリンを教えている内にクライアも多くを教えるようになっていた。
クライアは自分の剣術、武術を完璧に覚えた人間と出会った事が無かった。
数多の弟子に教えを与え、数多の弟子が挫折したのを見てきたクライアは、自分が特別な強さを持っている事に気付き、いつの間にか自分の真骨頂を教えるのを諦めていた。
だが、一人のまだ幼い少女がその真骨頂を教える気にさせた。
それはクライアにとって大いなる可能性だった。
いつの間にかその時間はクライアにとっても楽しみとなっていき、かけがえのない時間となっていった。
それからリンには多くの時間を使い、自分の娘のように可愛がった。
小さい範囲だがわざわざ国の領土の一部を与え、貴族として赴任させるほどにだ。
そして一年半の月日が経ち、自分の一番弟子はリンと胸を張って言える程にリンは強くなった。
だが決して一年半で修行を満了し、教える事が無くなった訳ではなかった。
今から半年前、遂に氷壁の国と土塊の国が争う事となり、物理的に教える時間が取れなくなったからだ。
以降、氷壁の国最強のクライアは軍を率いる事となり、リンもその戦力として加え、今に至るのだ。
――――
幕舎の中でリンはクライアに想いを告げる。
「私はクライア様に命を救われ、育てていただきました。
それは記憶が戻ろうとも消えない事実です。
確かに記憶が戻れば、何か大切なものが見つかるかもしれません。
ですが、この御恩は返さなければ私の気が済みません」
クライアはリンの想いに温かさを感じ、ニコリと優しく微笑む。
「そうか・・・・。
では、その想いに甘えて一つお願いがある」
「なんでしょう・・・?」
リンはどんなお願いだろうかと頭の中でパターンを考える。
だが、考えがまとまる前にクライアからその願いを告げられる。
「我が国のこの武装兵団で、副団長となってくれないか?」
第三章が始まりました。
時間軸が飛び、色々な変化が展開されます。
書いてる私も楽しみながら筆を進めております。
引き続き、ご愛読いただけると幸いです!




