61. 消えて、死んで、終わって
凛はもう理性を失っていた。
以前、ルカが目の前で背中を斬られたあの時以上の憎悪が凛を支配する。
球体の狭い空間の中で黒緑のオーラは増幅し続け、その空間を埋め尽くす。
凛はそのオーラと一体化するように溶け込んでいき、周りが何も見えなくなった。
押火卓也、湊早苗、彼方舞、陣地瞬太郎、私はあなた達に悲惨な死を与えたい・・・。
凛のその切実な願いでオーラは密度を増していく。
―――
ブゥゥゥゥゥンンンン
漆黒の球体が放つ重低音はどんどんと音量を増していく。
ついに舞は耐えかねて地面に降り立ち、耳を塞いだ。
「なにこれ・・・いや!」
気味の悪い音が鼓膜を激しく震わせ、耳が痒くなるほどに刺激する。
球体の一番近くにいる卓也はその音の影響で頭を揺さぶられるような痛みを覚えた。
「ぐっ・・・!!」
重い音が頭蓋骨まで響き、脳を揺らす。
一体あの球体は何なんだと卓也は心の中で苛立ちを感じる。
―――
早苗と瞬太郎との戦闘に意識が向かなくなったレンは、凛を閉じ込めた黒い球体を宙を浮きながらただじっと見つめていた。
「・・・そろそろだ」
レンがそう呟いた時、黒い球体に変化が訪れる。
キィィィイイインンン
さっきまで重低音だった音が、耳を劈くような甲高い高音へと切り替わる。
舞は両手に思い切り力を入れて耳を塞ぐ。
「うぅ・・・!!」
そして、次の瞬間。
プチュン
漆黒の球体は忽然と姿を消し、木々の葉が風で擦れる音だけが流れた。
卓也と舞は唖然とした顔で何がどうなったのか理解が追いつかない。
ただ二人の耳には大音量の甲高い高音による耳鳴りの余韻が後を引き、唖然としたままその場で固まる。
戦いに意識を集中させていた早苗と瞬太郎は、背中を向けて浮くレンに、ここぞとばかりに魔術を打ち込む。
「砂針・サウザントニードル!」
瞬太郎の周りの砂が無数の針の形を成していく。
「氷牙・ダイヤモンドフロー!」
早苗の目の前につららのような氷の結晶が複数顕現し始める。
二人は最後の魔力を振り絞り魔術を発動していた。
大規模な魔術はもう使えない。
だからこそ最低限の殺傷能力を持った魔術により、隙をついた攻撃で仕留めるしかないのだ。
無数の砂の針と氷のつららは、レンの背中へと向けて一直線に飛んでいく。
背中を向けたままのレンは漆黒の球体が消え去るのを見届け、哀愁漂う表情で悲しげな笑みを浮かべる。
それが何の意味を持った表情なのか、それはこの世に生きる誰もが知る由もなかった。
「・・・いってらっしゃい」
レンは誰かに向けてそう呟き、突如として黒紫のオーラが消え失せる。
ズシャズシャズシャズシャッ!!!
同時にレンの背中に砂の針とつららが突き刺さり、レンは空中から地面へと落下していく。
ドサッ
地に落ち、うつ伏せに倒れたレンの背中は棘だらけとなっていた。
ドクドクと背中から血が流れ、口からも吐血する。
だが、レンの表情はとても安らかで、まるで死を迎える事に喜びさえ感じているようだった。
僕の長い旅も・・・やっと終わりを迎えられる・・・。
あぁ、ラウラ・・・遂に僕もそっちに行くよ・・・。
レンはゆっくりと瞼を閉じ、微かに笑みを浮かべながら息を引き取った。
早苗は地に落ち動かなくなったレンを見て、半信半疑ながら喜びを口にする。
「や・・・やったわ!」
瞬太郎はニヤリと笑い、体力と魔力の限界を迎えて地に伏せる。
バタッ
舞は落ち着いて状況を把握しようとあたりを見回す。
早苗と瞬太郎があの魔王みたいな人を倒した・・・?
さっき消えた黒の球体もそれと関係してたの・・・?
いや、もうそんなことはどうでもいっか・・・。
あたし達は・・・生き残ったんだ。
舞は卓也の右腕の傷のことを思い出し、卓也の元へと急いで駆けだした。
卓也が視界に映り、だらんと垂れた右腕を左手で押さえながら痛みに悶えているのが見えた。
「卓也っ!!」
舞が駆け寄ると、卓也は怒気を纏った顔で舞を見る。
「お前・・・!
何故あの時すぐに動かなかった!!
お前がちゃんと動いていれば俺のこの腕は・・・うっ!」
卓也は舞が上空で立ち止まっていた事を咎めたくて仕方がなかった。
自分の思い通りに舞が動いていればこんな筈では無かったのにと怒りが沸々と込み上げる。
だが流血が酷い卓也は唐突に気を失う。
「お前のせい・・・で・・・」
バタッ
戦闘が終了して分泌していたアドレナリンが切れたのか、糸が切れるように卓也は意識が飛んだ。
「卓也・・・!」
舞は卓也の怒りは当然だと感じた。
舞はサキの安否を優先し、結果的に卓也の援護に動けなかった。
卓也からすれば裏切り行為に他ならない。
けれど舞はそれでも後悔はしていない。
卓也に申し訳ない気持ちはあるものの、サキを助け出せた事の方が舞にとっては大きい。
もしかしたら今回がきっかけで卓也との関係は崩れてしまうかもしれない。
舞はその懸念が頭に浮かんだが、とにかく今は目の前で倒れる卓也を放置する訳にはいかないと足元に風の魔術を発動する。
ブワッ
するとそのタイミングで早苗が駆け付ける。
「卓也!!」
右腕が血だらけで気を失っている卓也を見て早苗は叫んだ。
舞は丁度良く現れた早苗に指示を出す。
「早苗、卓也の右腕を止血してほしい!
あたしは兵士達を呼んでくるから! 瞬太郎は無事?」
「わかったわ!
瞬太郎は向こうで寝てるけど、ちゃんと生きてるわよ」
早苗はそう答え、早速卓也の右腕に氷を纏わせ止血しようと動く。
宙に浮かんだ舞は早苗の返答に頷き、この神殿の地よりももっと手前で待機させていた兵士達の元へと急いだ。
舞が兵士を呼びに行ってから、夜空はみるみると深い闇に溺れ、星の瞬きが目立つ頃に舞は兵士達を連れて神殿へと戻り、負傷した勇者達と合流する。
兵士達はすぐさま勇者の治療に動き出し、可能な限りの手当てを行った。
一番重症だった卓也は出血多量による意識不明の重体だったが、早苗の止血もあり、なんとか一命を取り留めた。
そしてその深夜、勇者を乗せた馬車は元々兵士達が待機していた野営地に帰還し、長い長い夜を越えた。
―――
一方ノアは、気を失ったナギとルカを連れて来た道を戻り、なぜか風に運ばれてきたサキも馬車へと横たわらせて必死に馬を走らせた。
風に運ばれてきたサキにノアは疑問を思ったがそれを考える余裕がない状況だった為、その時はただ生きて帰る事にひたすら意識を注いでいた。
感情が希薄なノアも、その時ばかりは生きた心地がしない焦燥感と寂しい気持ちが入り混じり、眉をハの字にしながら馬に乗る。
行きの道中はあんなにも楽し気な雰囲気で進んでこれたのに・・・。
ノアは帰り道の景色に行きの道中の記憶を重ね、一人哀しい気持ちを抱えてウィズダムを目指した。
―――
こうして神殿での激戦は勇者の勝利で幕を閉じた。
結果的に誰も死なせずに依頼を完遂した勇者達は英雄として迎えられるだろう。
逆に、敗走した異端解放団は悲惨な結果となる。
ダンは焼死。
ルカは左腕を失い意識不明の重体。
ナギは全身強打の衝撃による意識消失。
サキは肉体と精神の疲労困憊による意識消失。
凛は黒い球体ごと存在が消失。
異端者が陽の目を浴びる日を迎える為にただ勇者よりも早く魔物の根源を潰しにいく旅だったはずが、結果として勇者と敵対し、異端解放団は取返しのつかない痛手を負った。
且つ異端者だとバレた異端解放団は今後、世界から追われる可能性もあるだろう。
そして、世界を救った四神教の教祖であり、世界と敵対した黒魔術師レンも、最期は世界の敵として戦死し、結局レンの話した内容はなんだったのかは永遠の謎として闇へと葬られた。
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