60. 交錯する想い
舞は上空からサキに向けて手の平を向け、風の魔術を唱える。
「エアロブラスト!!」
空気の渦が舞の手から発射され、サキの進行方向より少し先に風が破裂するように巻き起こる。
―――
サキはその目の前からの急な風圧で後方へと吹き飛ばされていく。
だがサキは、吹き飛ばされながらも焦げゆくダンから視線をずらさなかった。
何としても助け出したい。
その気持ちがサキを前へ前へと進めさせようとする。
「うぅ・・・・・!!!」
サキは歯を食いしばりながら姿勢を戻そうと後方に炎を発火させた。
サキは卓也ほどの火力は出せない為、ブレーキくらいにしかならないが、風が弱まったタイミングで再び前へと氷の上を滑り出す。
―――
上空からそれを眺める舞は再び同じ魔術で足止めしようとする。
お願いサキ・・・!
もう止まって、これ以上傷つけたくない。
「エアロブラスト・・・!」
舞は再び意図的にサキへの直撃を避けて弱い魔術を放ち、サキの目の前でまた空気が破裂する。
―――
だが、今回のサキは氷の上を滑りながら手を後ろに掲げて炎を発火させていた。
その炎のブーストにより、風圧に耐えながら少しずつ前へ進む。
そして目を微かに開き、ダンを見ながら必死に風に耐え続ける。
―――
舞は上空から耐え藻掻くサキを見て、息が詰まるほど胸が苦しくなる。
もう嫌だ・・・。
あんなに苦しんでるサキを見てられない。
舞はくしゃくしゃになっていく自分の顔を手の平で覆い隠し、この状況から目を逸らした。
―――
ダンの身体はとうに限界を迎えていた。
魔力を膨大に使ったことによる全身の激痛と、卓也から浴びせ続けられる業火により、もう身体の感覚など殆ど無い。
だがそれでもせめて卓也を道連れにと、ダンは痛みを無視して棘を出し続ける。
ズズズズ
卓也の右腕に刺さっている棘が更に奥へと突き進み血肉を抉る。
「うぐぁぁああ・・・!!!」
ダンは卓也の叫びを聞きながら目が虚ろになっていき、意識が朦朧とし始める。
その朦朧とした意識の中でサキの声がうっすらと耳に届く。
「ダン・・・さん!!」
まだ自分をまだ助けようと後ろで足掻くサキに気付き、ダンはサキの方へと振り返る。
その瞬間、ダンとサキは目が合った。
―――
焼かれて苦しんでいる人間とは思えない穏やかな表情を浮かべるダンを見て、サキは何かを悟り、ブワッと涙が溢れる。
あぁ、・・・もう覚悟は決まってるんだな。
わかるよ・・・ダンさんはこんな状況でもあたいの事を案じてくれている。
・・・最期の最期まで。
サキは目と鼻の先に助けたい人がいるのに、自分の力不足で何もできない歯がゆさに苛まれる。
親を知らないサキに、父親のような存在を想像させてくれた人。
あんなにも強面な見た目とは裏腹に、いつも周りを気遣ってくれる優しい人。
なぜそんな良い人がこんな目に遭わなければならないのか。
サキはこの世の不条理を恨み、目の前の勇者を恨む。
涙で滲むサキの視界の先で、ダンの口がぴくりと動いたのにサキは気付く。
サキは目を凝らして燃えゆくダンのその口元を見つめた。
『 生 き ろ 』
サキには声は届いていなく、口元の動きしか見えていない。
しかし、届いていないのにも関わらず、サキの脳内では確かにその言葉が再生された。
「ダンさ――
ボォォオオオオ!!!!
サキの叫び声を掻き消すように炎は巻き起こり、限界を超えたダンの硬質化は解除されて身体は一気に燃え盛る。
そのまま火だるまとなったダンは炎の中へと姿を消していった。
それを見て、サキは絶望と哀しみにより感情が焼き切れそうな感覚に見舞われる。
全身の力が抜け、サキの手足からは炎も氷も出なくなり、風に身を任せるように後方へ吹っ飛んでいく。
「ダン・・・さん・・・」
これは夢じゃないかとサキは考えながら力なく呟く。
精神的な苦痛に耐えられず意識が朦朧とし、天井の景色がぼやけて見える。
生きろ・・・って・・・そりゃきちぃよ・・・ダンさん。
全てを投げ捨てようとするサキは宙を舞う。
そしてそのサキのかろうじて開く瞳に、突然と黒い人影が映り込んだ。
ガッ!!
サキは何者かによって身体を持ち上げられる。
薄れていく意識の中でそれが誰なのかは認識できなかった。
サキの頬に生ぬるい水滴が落ちる。
サキは朧げながらもそれが涙だと気付いた。
自分を運んでくれている人は何かに悲しんでいる。
サキは誰なのかもわからない腕に包まれているにも関わらず、何故か心が緩み安堵した。
そしてこの現実から逃れるように、その腕に身を任せてフッと意識を失う。
―――
サキを運ぶ黒い人影はフードを取り、意識を失ったサキを心配そうに見つめる。
そのフードの中身は、悲痛の表情を浮かべながら泣きじゃくる舞であった。
「ごめん・・・ごめんサキ・・・!」
意識を失ったサキに対して、舞は一人で何度も謝罪を繰り返す。
舞はわかっていた。
サキが救おうとした人は、きっとサキの大切な人なんだろうという事を。
舞はわかっていた。
サキにとって数少ない、心を許せる親しい人だったのだろうという事を。
舞はわかっていた。
国を出て一人だったサキを救い出し、面倒を見てくれた人だったのだろうという事を。
サキの大切な人を殺したのはあたしの仲間で、助けようと必死になっていたサキを邪魔したのはあたし・・・。
ごめん・・・。
あたしずるいよね・・・?
サキにあたしだってバレないようにフードなんか被ってさ。
あたしはサキの大切な人よりも、あたしの立場を優先した・・・。
最低だよ・・・。
ごめん・・・ごめん・・・・・・。
舞は心の中で自分を何度も戒める。
自分に対する軽蔑。
サキへ謝りたい気持ち。
焼け死んでしまった人への贖罪の気持ち。
様々な感情がごちゃまぜになり、胸が張り裂けそうになる。
だけど、あたしにとってサキの命が最優先だから・・・!
舞は神殿を抜けて上空へ飛び上がり、先ほど戦線を離脱した白髪の男の子を探す。
「見つけた・・・」
舞は背中に人を担ぎながら必死に走る白髪の男の子を見つける。
「サキ・・・。
こんな形では会いたくなかった・・・。
でも、でも必ずまた・・・迎えに行くからね・・・。
だから、お願い・・・生きて」
舞は意識を失っているサキにそう語りかけ、風の魔術を発動する。
ブワッ
サキの身体は風に乗り、ノアの元へと運ばれていく。
舞はそれを名残惜しく暫く眺め、卓也の元へと戻っていく。
―――
「ぐあぁぁ・・・あぁぁあ!!」
卓也は右腕に刺さったダンの棘を無理やり外していき、腕から血をだらだらと垂れ流していた。
くそ異端者が・・・!
この俺の右腕を・・・許さない・・・!!
このゲームはやり直しが効かないんだぞ?
卓也は息を荒げ、痛みを誤魔化すように唸り声をあげる。
完璧主義者の卓也は自分の腕が使いものにならなくなり、怒りに打ち震えていた。
右腕を失えば今後の自分の人生に大きな支障が想定されるだろう。
卓也はそれを考えれば考えるほど沸々と怒りがこみ上げてきて、目の前で黒焦げになったダンを思い切り右足で蹴り飛ばす。
「くそがっ!!」
ゴンっという鈍い音と共に黒焦げのダンの身体は横へと倒れる。
卓也はもう魔力は残されておらず、怒りのぶつけ方が蹴る事ぐらいしかできなくなっていた。
ブゥゥゥゥンンン
すると突如脳を揺らすかのような重低音が響き渡り、卓也は一瞬で背筋が凍った。
卓也は突然のその音に困惑した表情を浮かべながら、音の出所を探るようにきょろきょろと辺りを見渡し始める。
「ま・・・まさか・・・・・・」
卓也は音の正体に気付いた。
目線の先の黒い球体が小刻みに震えながら重低音を響かせていたのだ。
舞も上空から神殿に戻る際に徐々に大きくなる不穏な重低音に気付き、心がざわつき始める。
「なに・・・・凄い・・・殺気・・・・」
舞は思わず空中で停止し小刻みに震え始める。
―――
その音はどんどんと大きくなり、早苗と瞬太郎の方にも重低音が響き始める。
「はぁ・・・はぁ・・・・・」
早苗と瞬太郎は魔力が底を尽き始めており、息を切らしながら最後の魔術を当てる好機を伺っていた。
ブゥゥゥゥンンン
すると神殿から鳴り響く重低音に早苗が気付く。
「今度はなに・・・?」
早苗はもうこれ以上の戦闘はこりごりな様子で呟き、音が鳴る方向へ目線を向ける。
だがここからでは遠すぎてなにが音を鳴らしているのかはわからなかった。
「おい。 あれ見ろ」
早苗に向けて瞬太郎は顎をくいっとレンの方に動かしそう言った。
早苗は目線を神殿からレンの方に戻すと、レンはその音の方角に顔を向けて状況を伺っている様子だった。
「・・・どうやらあの音が気になるようね」
瞬太郎と早苗はこの機を逃さない為に最後の魔力を振り絞ろうとする。
―――
凛は漆黒の球体の中で黒緑のオーラに満たされていた。
覚醒したのだ。
目の前でナギが吹き飛ばされて気絶した。
目の前でルカが左腕を切断されて血を噴き出した。
目の前でダンが真っ黒になるまで焼かれ続けた。
目の前で意識を失ったサキが連れ去られた。
目の前で命を落としたダンが蹴り飛ばされた。
凛の大切な人達が、凛が憎む人達によって傷つけられ、殺された。
胸にぽっかりと大きな風穴が空いた。
凛はこの世界に来て出会った人達のおかげで多くの心の穴を埋めてもらった。
さらに言えば埋めて満たされた心にさらに何重ものコーティングをしてもらった。
だが、目の前で自分の心を形成する要素だった人達が次々と倒れていく。
その度に、心が軋み、心が剥がれ、心が削れ、抉り取られていく。
もう今の心の穴は隙間が空いている等のような甘いものじゃない。
きっと慣れてしまっていた。
満たされた状態に慣れてしまい、失う事を考えていなかった。
一度満たされてしまった心は、失う事によってより大きな風穴が空く。
目の前が真っ暗になっていく。
昔もこんな事があったと凛は思い出す。
全てがどうでも良くなり、何の為に生きているのかがわからなくなる感覚。
生きている意味なんて、今でも本当に分からない。
だけど、この世界にきて、皆と出会って、生きる事に前向きになれた。
生きててもいいって思えた。
意味なんかなくとも、ただ生きていたいと思えた。
だけど。
だけど今は全てがどうでもいい。
私が死んでもいいから、ここに居る全員に死んでほしい。
心の底から・・・本当に死んでほしい。
お願いだから・・・死んで?
ねぇ・・・死んでよ。
お願い?
死んで?
少しでも気になると思っていただけたら
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