46. 遠征前夜
瞬太郎はあのキリングルールの一戦を越えてから、残り僅かだった土塊の国での模擬戦は本気で取り組んでいた。
周りの勇者達からは急になぜやる気が戻ったのかと怪訝そうな顔をされていたが、スッキリしたような表情のいつもの瞬太郎に、勇者達はなにがあったのかを聞く気にはならなかった。
それはつまり、普段の瞬太郎にまともな話を振る気にならないのが早苗だけではなかったということでもある。
土塊の国での修行も終えた勇者達は、いよいよ残すところは魔物討伐のみとなった。
土塊の国が一番魔物領土から近いので、出発はこの国からになる。
来たる魔物討伐遠征の三日前に、各国から派遣された参謀と兵士達が土塊の国に集まった。
遠征に必要な食糧や馬車を運んできてくれて、今回の遠征の説明を受ける。
その話によれば、魔物討伐遠征部隊は各国から僅か十名の戦力にならない兵士が勇者のサポート役として同行するそうだ。
サポート役といっても本当に食事や寝床のキャンプを作る等のような、身の回りの世話係という意味合いで実際に戦闘に参加することはないという。
勇者達はその話を聞き、本当に自分達だけでやらなければならないんだなと改めて実感する。
早苗は正直クライアが居れば私達より遥かに容易く討伐できるのではないかと思ったが、次期王子という立場を考えても、予言書のことを考えてもそれは無理かと思い直す。
その後、各国が勇者用に新たに作ったローブを勇者達は受け取った。
勇者達は配属予定の国のカラーに合った装飾が施されたローブをそれぞれ身に纏う。
ローブの生地の色は全員灰色で統一されているが、装飾の色は卓也は赤、早苗は青、舞は緑、瞬太郎は茶色、それぞれの国のメインカラーで装飾されていた。
勿論そのメインカラーのみでは煌びやかさに欠ける為、金や銀などが含まれた豪華な装飾も施されていて、一目でこの人が勇者だとわかるようなローブだった。
勇者達は自分達のその姿を鏡越しに見た際に、あまりにも格好いいローブに思わず笑みが零れてしまう。
とはいえ、この世界の平和の為に命を懸けて戦わなければならないのであればこれくらいは当然かと、卓也は浮かれた笑みを殺し、一人冷静になった。
魔物遠征の前夜、今までであれば勇者四人だけで集まって過ごしただろうが、今回は遠征に参加する兵士を全員招集した豪華な食事パーティーが開催され、勇者達もそれに参加する。
土塊の国の大穴を囲む丘に設備の整ったバーベキュー場のような場所があり、そこでパーティーは行われた。
国側の狙いとしては全員の士気を高めるという意味合いと、勇者と兵士達同志がコミュニケーションを取り、結束を高めるという意味合いで企画されたものであったが、勇者達からすれば全員が大人ばかりな上にお酒も飲める訳ではない為、空気に馴染めずただただ萎縮してしまった。
しかし服装も相まって目立つ勇者達は、様々な大人達から話しかけられるので余計に疲れが溜まっていく。
こればっかりは勇者達の中でも比較的社交的な卓也ですら流石に疲れ、一人会場から離れて夜風に当たりにいく。
「はぁ。 早く寝床につきたいもんだな」
夜の土塊の国の深淵のような大穴を微かに照らす小さな篝火達を眺め、卓也は呟いた。
言葉ではそう疲れを口にするものの、目の前に映る異世界の絶景に心は陶酔し、自分の世界に浸る。
明日から命を懸けて魔物達とやり合うのに、意外と恐怖心なんて湧いてこないな。
なんなら少しワクワクすらしている。 これは自分の強さに自信がついたからなんだろうか。
いや・・・この世界にきてもう一年近く経過したが、まだこの世界をリアルと思い切れていないのかもな。
自分の身体で・・・生身でただゲームをプレイしているだけのような、そんな感覚。
過去プレイしたゲームでも俺が苦戦したゲームなんて殆どないし、自分のゲームセンスにはかなりの自信がある。
その自信が、この異世界のリアルへの自信にも繋がっているのかもしれない。
まあ実際ゲームみたいな設定だしな。
勇者となって修行を積んで魔物を倒す。
ただそれだけだが・・・そのそれだけが、ゲームからリアルになるだけでまるで感覚は違う。
ただ街を歩くだけ、ただ馬車に乗るだけ、ただ景色を眺めるだけ。
そういったどうでもいいすべてのことですら鳥肌が立つほど五感を刺激してきて、前の世界よりも遥かに生きている実感が湧く。
初めて覚醒した時なんかは魂が震えた。
ついに魔術を使えるようになったあの感動は忘れることはないだろうな。
あぁそうだ・・・思い出した。
ガキの頃の俺は、ゲームの中の世界に憧れていた・・・。
こんな世界に入れたらどれだけ楽しいのだろうと感じていた。
その念願が思わぬ形で叶ったんだ。
そりゃあ恐怖よりワクワクが勝つはずか。
前の世界なら大人になったって生活の為にしたくもない労働を強いられるだけだしな。
それに比べれば憧れてた世界で命を懸けて戦った方が遥かに生きる意味を感じられる。
この世界と俺は相性が良い。
自分の力でどこまでいけるのか、それを確かめたい。
この世界で俺は・・・無双してやるぞ。
「あら、こんな所に居たのね」
卓也は背後からのその声にバッと後ろを振り返る。
振り返った先には二つのグラスを持った早苗がこちらへと歩いてくる姿が映った。
「あぁ、ちょっと疲れたからな。 少し席を外していた。」
卓也はそう言い終えると、早苗の方に向けた顔を再び大穴の景色へと戻す。
「兵士さん達も卓也様はどちらに?ってあんたを探してたわよ」
早苗は話しながら卓也の隣へと歩いてきて、片方のグラスを卓也へ渡す。
「もうしばらくしたら戻るさ」
卓也は渡されたグラスを受け取り、ほのかに香るぶどうの匂いに誘われ、グラスの飲み物を少量口に流す。
「ここ・・・いい景色」
早苗は卓也の眺めていた大穴の景色を共に眺め、うっとりとした表情を浮かべた。
「あぁ・・・いい眺めだ」
景色を眺める二人の間に十秒ほどの沈黙が流れ、早苗は目を少し細めて小さく口を開く。
「・・・ついに明日ね」
「あぁ。ついに待ちに待った魔物遠征だな」
「・・・緊張はしないの?」
早苗は目線だけを卓也に向けてそう聞いた。
「丁度さっき一人でそれを考えてた。
・・・不思議と緊張も恐怖もない」
卓也のその言葉に早苗は笑みを浮かべる。
「へぇ、卓也らしいわね。
卓也のそういう所、私は好きよ」
「・・・・・」
卓也は何と返すのが正解なのかに迷い、一秒で思考を放棄して黙り込んだ。
再び沈黙が流れ、少し気まずい空気が流れる中で早苗が話始める。
「・・・実は私、本気で卓也のこと気になってたの」
卓也はその言葉に表情を一切変えず、心だけが少し驚く。
卓也は早苗が自分の事を好いているのではという可能性を以前から感じてはいた。
それは前の世界の時、今のメンバーで行動を共にし始めて間もない頃からずっとそうだ。
他人に厳しい早苗だが、いつも自分にだけは甘いように感じたし、話かけられる回数も比較的多かった。
ただ、このタイミングで直接的にその心情を口にされたという行動に卓也は少し驚いていた。
「気になってた。 って事はもう過去の話なんだろ?」
卓也は言葉の意味を汲み取り、問いかける。
「フフッ。 やっぱり鋭いわね。
そう・・・。 先の事を考えるとどうしてもね」
「先の事というのは、魔物討伐後の話か?」
「そうよ。 私達は各国にバラバラに配属される。
それってつまり、ずっと一緒の生活は叶わないってことでしょ?」
「それはそうだな」
「私は現実的でない恋愛はしない主義なの。
叶わない恋なんて面白くないからね」
卓也は早苗のその言葉を聞いて自分とは考え方が違うなと感じ、少し空を見上げる。
「早苗らしいな」
卓也は少し皮肉まじりにその言葉を発した。
「私らしいでしょ?」
早苗は皮肉じみたその言葉をものともしていないと示すようにそう返す。
「でもなんで今、わざわざそれを俺に伝えたんだ?」
「なんとなく、ゆっくり話せるのは今日が最後な気がしたの。
あとは・・・この夜の雰囲気とこの景色のせい・・・かな」
早苗は再び景色に目線を移し、溜息をつきながら雰囲気に包まれにいく。
「フンッ、それは早苗らしくないな」
卓也は鼻で笑った。
小馬鹿にするように笑われた早苗は眉間に皺を寄せる。
「うるさいわね。
私だって浸りたい夜だってあるわよ」
「まぁそれは同感だけどな。
・・・この生活ももう終わって、今後は別々の生活になる。
だが、なんだかんだすぐ慣れるだろうよ」
「そうかもしれないけどね。
でも今みたいに過ごすのが最後って知ってると、
どうしても寂しい気はするわよね」
早苗のその言葉が本心なのかは、早苗自身もよくわからなかった。
生活の変化がストレスになるのは間違いないが、クライアという存在が早苗に氷壁の国への配属のメリットを与えてくれている。
だが他のメンバーはそのようなメリットを感じる要素がないだろうと早苗は決めつけていて、寂しいという感情が一番共感が得れるのではと思い、咄嗟にでた言葉なのかもしれない。
「まぁな」
卓也も似たような心情で、ただ合わせてそう返事する。
卓也は人同士の感情によって揺さぶられることが殆どない。
ただ先の事だけを合理的に考える。 思考が勝手にストレスの感じにくい道筋を考えてくれる。
今はただ、魔物討伐にワクワクしている感情が心を埋めている。
「でも、全く会えない訳ではないし、
たまには私との時間もつくってよね?」
早苗は卓也との関係が薄くなるのが良くないと思っており、その言葉を口にする。
それは四大国同士で起こり得る覇権争いの事を危惧しての言葉だった。
卓也は敵に回すべきじゃないわ。
協力関係を築ける関係値を維持するべき・・・。
「あぁ、俺も元々そのつもりだ」
卓也も炎威の国に配属された後も他国の話を聞く機会が欲しいと考えていた為、当たり前のようにそう答えた。
他の国の事を知る機会はあった方がいい。
早苗に限らずあいつらとも定期的に話す機会は設けれるだろうか。
「良かった。
私的には他のメンバーとの関係が切れてしまったとしても
卓也とだけは良好な関係を続けていきたい気持ちがあるの。
それだけ頭に入れておいてね?」
早苗は気が済んだのか、会場へと戻る方向に身体を向けて卓也の横を離れる。
卓也はその後ろ姿を追うように冗談を投げかける。
「どうせ他の奴らにも同じ事言ってんだろ?」
「捉え方が捻くれているのね?
でも、今の言葉は間違いなく本心だというのは伝えておくわ」
去り際に早苗はそう言い残し、会場へと姿を消していった。
実際早苗のその言葉は本心である。
ただ、覇権争いの事も見越して自分の身を守る要素を含んだ言葉としての本心だ。
仮に四大国同士が本気で揉めた場合、戦う相手として一番相性が悪いのは炎威の国。
氷壁の国とは魔術としての相性があまりにも悪い。
事実、卓也との模擬戦で早苗が勝てたことなど一度もない。
相性の悪さを体感して理解している早苗だからこそ、本心としての言葉だった。
卓也は再び大穴の景色へと目を落とす。
「はぁ、配属後の外交関係か・・・」
卓也は早苗との会話によって、魔物討伐後の国同士の関係について思考を巡らせた。
ゲームの思考が染みついている卓也は、国盗り合戦の歴史シュミレーションゲームに当て嵌めて考えていく。
卓也は何かを閃いたようにハッと空を見上げた。
「もしかしたら・・・・」
卓也はそのまま頭を少し整理し、何かが定まったような顔をして会場へと戻っていった。
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