4. 順応していく凛と勇者
黒羽凛はウィズダムへの道中、空腹に襲われていた。
「お腹減った・・・・食料になるものは近くにないの?」
凛はアンデッドの衛兵に問いかける。
「この先に進むと川が見えてきます。
その近辺には凶暴性の低い獣も生息していますので
狩りを行い、食料にすることはできます」
迷うことなく足を進めながら衛兵は淡々と答える。
お腹も減ったし、この覚醒した力を実験的に試すのに狩りは丁度いいかも。
凛は狩りを行う事を決め、歩む速度を上げていく。
しばらく進むと、衛兵の言う通り綺麗に透き通った細い川が見えてくる。
「あちらを狩場にしてはいかがでしょうか」
衛兵は流れる川沿いにある開けたスペースを指さした。
すると、丁度良く木々の中から鹿が川の水を飲みに姿を現す。
「あっ、鹿みたいな生き物がいる・・・よし」
ブワッ!
凛は覚醒状態になり、オーラを纏う。
「顕現せし暗黒の質量・ダークマター・ハンド!」
凛が詠唱し右手を掲げると、鹿の上に禍々しい暗闇が現れ、徐々に大きい手の形に形容する。
そして凛が右手を振り下ろすと、暗闇で出来た手も鹿に向かって上から勢い良く振り下ろされる。
ベシャアッ!!
鹿の潰れる生々しい音と共に、周りに血しぶきが舞った。
「・・・やり過ぎた・・・」
暗闇の手を解除すると現れたのは鹿の原型を留めない肉片だった。
あの有様ではとてもじゃないが食料にはできない。
というかグロ過ぎて食べようと思えない・・・。
「もっと繊細に力をコントロールしないと・・・」
目の前の惨劇のせいで近くの獣も逃げ去ってしまった。
しばらく待機し、獲物が現れるのを待ちつつ力のコントロールができるように小スケールの魔術の練習をする。
しばらくして、再び獲物の鹿が現れた。
「きた! 今度こそ・・・」
凛は小声でそう呟き、魔術をいつでも発動できるよう準備する。
鹿は無防備に川の水を飲み始める。
「顕現せし暗黒の質量・ダークマター・ハンド」
そう囁くと、先ほどより小さく暗闇の手が形容される。
凛が自身の親指と人差し指をそっと摘まむように動かすと、暗闇の手も鹿の首元を親指と人差し指で挟み潰す。
ベシャッと音が鳴り、鹿は頭部だけ潰され身体は横に倒れた。
「よしっ・・・!」
凛は小さくガッツポーズし、衛兵に鹿を調理するように指示を出す。
自分であの死体を解体して調理するのは流石にハードルが高い。
こういう場面でアンデッドを使役できるのは非常に便利である。
怠そうに凛を運んでいたあの衛兵も、今となっては便利な奴隷。
手際よく鹿を捌き、近くの木の枝なりを使ってあっという間に火を焚いた。
この世界にきて初めての食事である。
もう日も暮れて、辺りはすっかり暗闇だった。
その暗闇の中で幻想的に揺らめく焚火を眺め、凛は少し心が安らぐ。
そしてその焚火で調理された串刺しの鹿肉を凛は衛兵から手渡された。
いい焼き色といい匂いに凛は思わずうっとりとした顔になる。
涎が口の中に溜まり始め、凛は大きく口を開けて肉を喰らう。
「・・・・・・美味しい」
素朴な味だが、新鮮な肉の旨味を感じて凛は少々感動する。
食事によって身体の緊張が解け、凛は手足を伸ばし始まる。
すると伸ばした手が焚火の熱に触れ、一瞬腕を焼かれたいじめの場面が頭に過った。
『ジュウゥゥ・・』
頭の中で蘇るその感覚のせいか、火傷の傷跡がムズムズと疼く。
「・・・・・ぐすっ・・ぐすっ・・」
凛は情けない過去を思い出し、涙を頬に伝わせて鼻水をすする。
食事をした安堵感からか、今まで緊張していた心に隙が生まれた。
度重なるいじめで生まれたトラウマはそう簡単に消せはしない。
薄暗い夜は何故だか惨めな自分を振り返ってしまう。
「・・・ぐすっ・・・この怖さ、
このトラウマと向き合わないと・・・・・」
凛はそう言うと、鹿肉を勢いよく食べ進める。
「・・・一人キャンプみたいで楽しい。
充実してる、この世界にきて良かった、そう思おう」
この世界で辛かった思い出を良い思い出で上書きしていく。
それの繰り返しで私は精神的にも強くなるんだ。
凛は衛兵の方を向き、この世界の疑問点をぶつけることにした。
「ねえ、この世界では魔術は誰でも使えるものなの?」
「誰でも使えるわけではありません。
生まれつき魔力を持つ者が使えます」
「へー。 それはどのくらいの数いるの?」
「人類の四割ほどです」
誰でも使えるわけではないんだ・・・。
四割は思ったより少ないなぁ。
「あと、魔物って一体なんなの?」
「魔力を持った人類以外の事を言います」
「あーそういう線引きの仕方なんだ。
やっぱり強くて危ない?」
「仰る通りです。その為、四大国は討伐を決行する予定です」
「それが王達が言っていた魔物への戦争かー・・・」
魔物はどのくらい強いのだろうか。
いずれ私も魔物と戦闘になる可能性もある。
そしてゆくゆくはこの世界の勇者、あの四人組とも・・・。
覚醒した四人と対峙したら流石に勝機は薄いはず。
私はもっと強くならないといけない。
凛はしばらく衛兵に質問を続けていくうち、焚火のかすかな揺らめきに睡魔を覚えた。
そろそろ眠りにつこうと思い、衛兵に寝床を作るように指示を出す。
衛兵は周りに落ちている木々の葉をかき集め出し、凛はそれを膝を丸めながら眺めている。
瞼が重くなり、目を開いているのが辛くなった頃、衛兵は木の葉でできた自然のベッドを完成させる。
凛は眠たそうな声で衛兵に夜間の護衛を指示し、木の葉のベッドに身を沈める。
その頃には焚火もすっかり消え、一筋の煙はゆっくりと青白い月明りへ向けてのぼっていた。
かすかな煙が混じる木々の香り、静かな虫の鳴き声と時折奏でられる木々のざわめき。
体制を少し動かすと柔らかな葉同士がこすれる音が、凛の五感を包み込む。
数時間前では一切予想していなかった穏やかな夜だ。
「こんなに静かな夜は久しぶりな気がする・・・」
凛の頭の中で、母親が酒に溺れて夜な夜な叫んでる声が鳴り響く。
うん。実家よりは全然居心地がいい・・・。
きっとこの世界に来れて良かった。
凛はこの夜、異世界に歓迎されているような気分になり、数年ぶりの心地いい眠りについた。
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- 炎威の国 -
「では舞様、瞬太郎様、覚醒前のあなた方には魔術の基礎の勉学を行っていきます。
基礎知識からしっかり頭に入れてもらいますので、まず書物の3ページ目を開いてください」
炎威の国、参謀エンダによる授業が始まる。
舞は張り切るエンダの姿を怠そうな表情で眺めながら瞬太郎へ話しかける。
「元居た世界とやってる事一緒で笑うよね」
「それなー」
瞬太郎も肘をつきながら同意した。
二人は炎威の国に到着してからひたすらに座学を学ばされていた。
この世界の知識、魔術の知識など、現実世界では習わない学問に最初は新鮮味を感じていた二人だったが、それも連日続くと飽きがくる。
また、座学を始めてから気付いたこととして、言語に関してや文字に関しては元居た世界となんら変わらないという事が判明した。
一から言語を学ぶ必要が無いというのは勇者達にとってせめてもの救いだ。
その同時刻、屋外鍛錬場で実践修行を始めた二人がいた。
「貫く氷晶・アブソリュート・フリーズ!!」
轟音を鳴らしながら地面から氷が隆起し、卓也を目掛けて襲い掛かる。
「紅蓮の旋風・インシネレイション・フレイム!」
卓也の周りから炎の渦が上がり、氷は卓也まで届かず溶けていく。
「・・・はぁ。 卓也との相性悪すぎ、絶対勝てないじゃん」
早苗は不貞腐れながらぼやき、戦闘を打ち切る。
卓也と早苗はすでに覚醒の力を手にし、炎の魔術、氷の魔術の修行を行っていた。
実践修行の監督をしている炎威の国の高等魔術師は、自分もまだ至らぬ境地の魔術に感動すら覚える。
「お二人は成長が早いですな・・・正直驚愕しております。
魔術の威力は桁違い、しかも潜在魔力量も膨大で連発もできる」
このペースで成長すれば魔物の軍勢など容易い。
予言は本当だった。この世界はより良くなる。監督はそう確信していた。
卓也は監督に素朴な疑問を投げかける。
「普通の魔術師だったらこうはならないものなんですか?」
「勿論です!通常たき火程度の炎が出せる所から始まるのが普通なのです!
やはり勇者の皆さんは次元が違うと言わざるを得ません・・・」
「そう言われると悪い気はしないわね!」
早苗は髪をなびかせニヤリと笑いそう言った。
卓也は口元に手を置き何かを考えている様子だったが、その場では何も言わずにその日の訓練は終了した。
その日の夜、四人は同じ部屋で集まり、この世界での今後を話していた。
卓也はここ最近魔術の扱いに慣れてきて、徐々に実感が湧いてきた事を話す。
「正直、俺たちの力ならこの世界では最強と言っていいだろうな」
卓也は直近で自分の力を体感し、そう確信していた。
だが力を体感していない舞はそれを言われてもピンとこない。
「あたしと瞬太郎はまだ力使えないし、勉強ばっかだから実感ないよー」
舞は足をジタバタさせながら天井を見上げた。
「二人もその内覚醒するわよ、早く卓也以外と手合わせしたいわ。
魔術の相性が悪すぎて面白くない」
早苗は負け続きで多少鬱憤が溜まっているようだ。
瞬太郎も覚醒していないことに劣等感を感じ、イライラを隠せない。
「俺もさっさと力使いてぇよ。 くそ、面白くねえ」
イラつく瞬太郎に卓也は前向きな話を持ち掛ける。
「そう言うな、修行の期間はまだ一年以上もある。いずれ覚醒するさ。
そんな些細な問題より、魔物を討伐した後の事を考えてみたか?」
卓也の質問の後、瞬太郎は腕を組み、考え始める。
「魔物を討伐した暁には俺たちは英雄だ。
各国からもかなりいい扱いを受けれると思わないか?」
卓也のその言葉に反応し、早苗が高揚した声で言う。
「私たち一生遊んで暮らせる!働かずとも贅沢し放題だし、
この世界悪くないわね!!」
「た・・・たしかに!!」
瞬太郎もイメージが湧いたのか、さっきの沈んだ表情が嘘のように笑顔になっていた。
しかし対照的に、舞だけは悲観的でずっと眉毛を下げた顔をしている。
「魔物を討伐できればでしょー。
全然強さもわかんないし
まだ問題は山積みじゃない?」
そのネガティブな発言をする舞を励ます為か、卓也は舞の方へ顔を向けて声を掛ける。
「舞、大丈夫だ。俺が守ってやるから安心しろ」
卓也は余裕の表情で舞を見つめた。
舞は一瞬目を大きく開いたのち、目線を横にずらし返事をする。
「・・・うん」
舞だけは不安を抱えたままだったが、他の三人は明るい未来を想像しながら、この世界で生きていくことに覚悟を決められた日となった。
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※2023/6/19~ 上記曜日に変更してます。