第2話 白銀霊狼その名はフェンリル
アルカイド・ノイエ帝国領北方に位置するタトラ山にはある伝承がある。
ジャラルディン・ルナ・アルカイドと契約せし4聖獣の1柱
白銀霊狼が存在する。
かの精霊は崇高にして厳格、銀・冬・北を司る冬の王。
冬を呼び、人々に冬の恵みと安らぎを与える。
それ故に
決して手を出してはならない。
荒ぶる精霊は冬の厄災を呼ぶーーー
彼女が慕うのはジャラルディン・ルナ・アルカイドのみ。
◆◇◆◇◆◇
「ひょああああああああああああああ」
大変です、大ピンチです。
山脈目指して箒で飛行していたら、いきなりディスプレイに『魔力不足』のアラートが出現して魔力噴流機が停止してしまいました。
一応こんなにことも考慮して私が直接魔力を注げる機能も追加していたものの、高温燃焼状態で停止したため、エンジンコアが熱で膨張したまま停止する『コアロック』状態となっていた為に、再起動が不能になってしまいました。
「ひぃっぃいxkdkwんwっkなんで大気中の魔力が少ないのぁぁぁ」
エンジン停止の原因は大気中の魔力量の著しい減少だ。
通常、大気に含まれる魔力は高度が上昇するほど減少する。
そのため、魔力噴流機のコンプレッサーで魔力流入量を調整する。(その値がMPR)
しかし、山脈に近づけば近づくほど、魔力が減少していたのだ。
コンプレッサーで魔力を集められないほどの希薄な魔力。
異常事態である。
しかし……
「これなんてグライダーぁぁぁぁ落ちるぅぅっぅぅ」
私にはそれ以上考える余裕はなく絶叫を上げながら山脈の中腹付近に墜落していった。
◆◇◆◇◆◇◆
タトラ山 中腹の洞窟
そこには緩慢に死を待つ一匹の獣がいた。
「主よ……どうか考えて直していただけませんか」
美しい毛並みの氷結孤狼が労るように懇願する。
「妾はそのような事はせぬ……朽ち果てるこの魔力。ただでさえそなたの一族に迷惑をかけておるのだ」
「四方守護霊たる白銀霊狼様がおられてこそこの森、貴女様を喪うことに比べれば、我と我が一族の命程度安いもの」
そう、彼女こそ古アルカイド帝国初代皇帝ジャラルディン・ルナ・アルカイドを慕う聖獣の1柱
原初の霊狼こと白銀霊狼である。
1000年を生きる霊狼は寿命を迎えつつあった。
それは森の魔力の減少から始まり、本来魔力を生み出す役割である筈の霊狼はその特性を反転させ、辺りの魔力を吸い尽くす事によって生きながらえる存在になってしまった。
それを悟った霊狼は実りの少ない山岳地帯に籠り、終の住処とした。
氷結孤狼の言葉を聞いたフェンリルは、生命が尽きかけている気配など感じさせぬほど魔力を込めて言い放つ。
「戯けが!!!」
続いて怒鳴り散らそうとした瞬間、それはやって来た
「ひぇぇぇぇぇぇ!!どいてどいてぇぇぇ!!離陸補助動力逆推力全開!!」
そして凄まじい速度で突っ込んできた『何か』から黒い物体が弾きだされると、倒れ臥すフェンリルの身体にぶつかって跳ね、地面に転げ落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「いてててて………」
もの見事に墜落してしまった。
とりあえず私は全身を確認する。
うん、違和感なし外傷なし骨折なし!!
そして箒は………
「のおおおおおおおおおおおおおおお!!」
私は今までの淑女教育も忘れて悲鳴をあげてしまう。
「魔力噴流機作るの大変なのにぃぃぃ」
箒は見事、洞窟の壁面にクリティカルヒットし爆発炎上。
離陸補助動力のみ逆推力時に魔力を使いきりパージされた為に無事だったもののあとは全滅。
さらば私の自由時間2年分………
いや待てよ
これから自由時間は無限大なのでそこまで悲観することではない。
そう考えて直して現実を直視すると……
「うひょぉぉ狼!!」
巨大な狼が臥せっていた
ある日♪ 山の中♪ 狼に♪ 出会った♪
まの抜けた民謡が私の頭の中に流れる
「お、お前は何者だ!!!」
声のする方向を見ればこれもまた毛並みの美しい氷結孤狼
中々強力な魔物である。
「えーと……これには深い理由がありましてー……まず怪しい者では……」
さすがに自分で言ってて無理があると思った。
ならば日本人の最終兵器!!
「申し訳ございませんでしたーーー!!」
異世界初の土下座が発動した!!
「実はかくかくしかじかで………」
「ふむ……なるほどな」
私の鬼気迫る土下座でとりあえず鉾を収めてもらい状況説明……
……まあ最悪押し通ることも可能だが今回は100%私が悪いので信義は通します……
「フェンリル様!!そのような人間の戯言!」
あ、チビ狼君は納得してない。
まあそれが普通だよねー
「待て、この者がその気になれば我等などとうに殺されている。今更我等に虚言を申す事などあるまい。のう?」
フェンリル?が凄まじい覇気を私に放つ、
なるほど、試してるのね?
「な!?」
お、チビ狼君驚いてる驚いてる
「へー、気づいてたんだ。」
私は普段から押し込めていた魔力の一部を解放する。
「な!?その魔力は!?」
チビ狼君さっきから驚いてばかりだよね?
私、ワンパターンな対応は飽きるから嫌いだよ?
「やはりアルカイドの血族……貴様ら今更何をしに来たのだ?」
あれ?何で怒ってるの?私……というよりご先祖様が何をした?
「さあ?私はさっき話した通りね。それとも殺るの?強敵は私にどんなモノを見せてくれるのかしら?」
私は不敵に嗤う。
その笑みに気圧されたのか……
「すまぬ……お主の機嫌を損ねたいのではない。ただ、頼みが1つあるのだ。」
お、随分下手に来た。
別に本気で戦いたかった訳ではない。
「いいわよ……ただし内容と事情によるわ。」
うん、今思い出したけど箒から投げ出された時フェンリルにぶつかって軟着陸できてたわ私。
迷惑料と命の恩人に対する謝礼くらいはしたい。
フェンリルは語る。
1000年前、幼狼だったころ古アルカイド帝国初代皇帝ジャラルディン・ルナ・アルカイドに命を助けられた。
そしてジャラルディンから魔力をもらって精霊狼へと進化し、帝国領北辺の守護と冬の管理を命じられた。
その時、1つの契約が交わされた。
精獣は世界に満ちる基礎魔力を産み出す存在。
しかし、無から有を産み出す事はできない。
精霊や聖獣は人の産み出す魔力を得て、そこから世界に満ちる魔力を産み出すのだ。
その為、契約にはその対価として代々帝室で優れた魔力を持つ者から年に一定量の魔力を供給する契約があったのだ。
しかし、ジャラルディンは最初の数年は守ったが後の900年以上、全く契約を履行しなかった。
しかし、幼狼だった頃から育てられたフェンリルは一途にジャラルディンを待ち……死後900年近く経過しても未だに待ち続けている。
魔力を貰えず、存在すらも死にかけているのに………
「という事だ。」
チビ狼とフェンリル?から事情はいた。
やばい……涙が出そう。
私前世からそういうの弱い……忠犬ハチ公
いや飼い主が鬼畜だから違うか……
「だからお主の魔力を少しで良いので妾に分けてくれぬか」
いや待て、一応ジャラルディンのくそ野郎は私の祖先だ。
祖先のしでかした後始末はつける必要がある。
「構いません……未払いの900年分に加え、利子もしっかりつけますのでどうかお受け取りください。」
ここではルナーリリア・ラ・アルカイドであるべきだ。
私は口調を正す。
900年分に加えて利子も?なに言ってるんだこいつ?という顔をしているが、こちらはいたって真面目だ。
ジャラルディン・ルナ・アルカイドがどの程度の魔法使いだったかなんて分からない。
フェンリルとの契約を初めから反古にする気だったのか、他の聖獣との関係で産み出した魔力では払えなくなってしまったのか
しかし、私は払える。
この身では契約の900年分の魔力など垂れ流せるほどの魔力が産まれている。
「アルカイド帝国 第4皇女 ルナーリリア・ラ・アルカイドの名において祖先・ジャラルディン・ルナ・アルカイドの契約を履行する。」
私がそう宣誓した時、私とフェンリルとの間に魔力のパスが通じた。
「900年分なんてケチな事を言わずに2700年分持ってけ!クソ鬼畜皇帝!!!」
私が怒鳴った瞬間、フェンリルへの魔力譲渡が完了しパキンと音をたてて何かが砕ける音がした。
「力が……満ちる……まるで産まれ変わったようだ…」
「まさか……主よ……」
魔力光が収まるとそこには見違えるように美しくなったフェンリルがいた。
体躯は一回り大きくなり、毛並みはくすんだ白から白銀へと変化。もふもふ感は見た目80%増量。
「お主……いや、貴女様は一体……」
「そんなに畏まらなくても大丈夫、貴女に迷惑かけた男の子孫よ」
チビ狼の私を見る目が崇拝のようなものになってる。
そんなつもりでやったんじゃないだけどなぁ……
「ところで………」
「貴女、これからどうするの?」
私の心配はそこだ、フェンリルにとってその契約が大切なのは分かるが……
「どうすると言われても……これからも契約通り……」
「その契約なら、さっきぶっ潰しといたわよ?」
「は?」
「契約ならいつでも結び直せる。でも、今の帝国を見て判断する権利はある。」
少なくとも聖獣を犠牲にして成り立っている生活を知らずに暮らしている帝国を見てからでも遅くない。
「それに山の中でじっとしてるだけでは得られないものもあるよ」
広い世界を知って損はない。
それに私も一人旅は飽きた。
「ねえ、私と一緒に来ない?きっと損はさせないよ」