1-03 委員長は策士
眠気をごまかして、なんとか昼休みまで漕ぎ着けた。
購買でパンを二つ買って、誰も来そうもない屋上へ続く、その階段の途中に腰を下ろす。
『……またここで昼食なのかい』
「うるせぇ、俺は一人が良いんだよ」
『……まあ、気持ちはわかる』
はん、何がわかる。
お前みたいなコミュニケーションオバケのイケメンリア充浮遊霊に、俺の気持ちがわかってたまるか。
『キミの心の中は、ボクには丸見えだよ』
「だったら余計に黙ってろ」
『……はいはい』
ふんと息を吐き、パンをかじってパックのカフェオレで流し込む。それを何度か繰り返すと、あっという間にパンは胃袋に消えた。
『食事時間、五分かい』
「早く食わねぇと寝る時間が無くなる」
『なるほど……あ、誰か来るよ。とりあえずボクは消えておくからね〜』
「あん? 誰がこんなところに来る……え」
屋上へ続く階段を上がってきたのは、昨日委員長と名乗って話しかけてきた女子だった。
「あ、こんな所にいた」
「……何か用ですかね」
「うん。大事な用」
『大事な用だって。これはもしかして』
「ねぇよ」
やば。
反射的にツッコミを入れてしまった。
「用事、あるよ」
委員長は、あろうことか俺の隣に腰を下ろした。
肩までの髪が踊り、なんとも言えない甘い香りがふわりと舞う。
つか少しばかり距離が近過ぎませんかね。今の世はソーシャルディスタンスが大事ですぜ。
と胸中で呟きながら、委員長から少し離れて座り直す。
それを見つめる委員長は、なぜか溜息を吐いた。
「なに」
「守山くん、私のメッセージ、消したでしょ」
心臓を掴まれた気がした。
確かに俺は、委員長からのメッセージを消していた。目を通したし、どうすれば良いか分からなかったから。
それがバレないとは思っていなかった。
しかしバレるなら、もう少し後だとは思っていた。
「返信来なかったから見てみたら、メッセージ消されててびっくりしたよ」
こっちがびっくりした。
まさか委員長、返信を待っていた、のか。
「……悲しかったんだからね?」
委員長は、微笑みを向けながら言う。
何が悲しかった、だよ。
笑ってるじゃねぇか。
『見せる表情と気持ちが一致しない時もあるさ』
──そうなの、か。
『そうさ。それに、彼女は本当に悲しいと思っている』
まさかお前、委員長の心を覗けるのか?
『まさか、ただの善良な浮遊霊であるボクに、そんな能力は無いよ』
なら、どうしてわかる。
『顔を見たら、わかるさ』
は?
どういう事だ。
表情と気持ちは一致しないって、さっき言ったばかりだろ。
『彼女の顔を、よく見てごらん』
いや、何度見ても笑ってるように……あ。
目か。
目が、少し潤んでいる。
「ねえ、守山くん」
「……はい」
「私は、とても悲しい思いをしました」
俺は、何も返せない。
何て言えば良いか、まったく分からない。
だいたいの人間は、拒絶すればそれ以上近づいて来ないのに。
今回もそのはずなのに。
『ごめん、で良いんだよ』
本当か。
もっと他に最適解があるんじゃないのか。
『今必要なのは最適解とかじゃない。まずは謝ること。そこからだよ』
そんなものか。
『そんなものじゃない。すごく大事な事だよ。試しに謝ってみれば分かる』
そこまで言うなら。
「──ごめん」
「ん。謝罪は受け取りました」
お?
委員長の雰囲気が、心なしか柔らかくなった気がする。
さすがイケメン浮遊霊だ。
だてにイケメンやってないな。
生前は、さぞかしモテたのだろう。
『いやぁ、それ程でも』
うるせぇ。お前記憶無いだろうが。
覚えの無いことに謙遜なんかするな。
突然、ぱんっと、手を叩き合わせる音が聞こえた。
「で、ここからが本題です。謝罪は受け取りました。でも、その埋め合わせが必要だと思いませんか?」
「賠償、ってやつか」
「そうね。堅苦しく言えば、賠償です」
賠償……か。
まあ、昨日の俺の行為が委員長を傷つけたのなら、それ相応の金品が必要なのだろう。
貯金、いくらあったっけな。
「では、守山和希くん。判決を言い渡します」
「判決!?」
『ぷぷ、面白い子だね〜』
ちょっと黙ってろ浮遊霊。
神妙な面持ちで俯く委員長の言葉を、座して待つ。
無期懲役か。はたまた死刑か。
出来れば罰金刑、数百円で済まないかな。
「駅の外れに、新しいカフェができたの」
え。
急に話題が変わった?
なんなの、女心と秋の空なの?
今は四月、まだ春ですけど?
「そのカフェで、何かご馳走して?」
なるほど、まずは小手調べってとこか。
最初は安い物から始まって、次第に値を吊り上げていく所存だな。
だか生憎だったな。
俺はそんなデート商法には引っかからない。
ゆえに俺の返答は、こうだ。
「まあ、機会があったらな」
「なんと今日の放課後が、その機会だよ」
おっと、逃げ道を塞いで来ましたよ。
委員長め、なかなかの策士だな。
『キミが間抜けなだけだよ』
うるせぇ浮遊霊、今すぐ神社仏閣めぐりして祓ってやろうか。
『じょ、冗談だって。な? な?』
ふふん、分かればいいのだ。キサマの生殺与奪は、俺の掌中にあるのだ。
まあ、すでに浮遊霊なワケだが。
「では、待ち合わせ場所を決める為に、あらためてメッセージの交換を行います」
え。
どうしてそうなる。
「だって守山くん、学校ではあんまり人と関わりたくないでしょ」
学校では、じゃなく、人生において、なんだけどな。
とはいえ、これはこちらの事情を勘案した委員長の譲歩案ともいえる。
「てことで、ここなら誰もいないから。ほら、スマホ出して」
「あ、ああ……」
委員長の勢いに圧されて、ついうっかり素直にスマホを出してしまう。
「──はい、送ったから見て。今度は消したらダメだからね?」
「……はい」
がっくりと肩を落として、俺は頷くしか出来ない。
そんな俺を見て満足げに笑った委員長は、さっと立ち上がる。
「じゃあ、学校終わったら駅の西口で待ち合わせね」
「あ、ああ」
階段を駆け下りて、委員長は振り向く。
──!
栗色の髪が、ふわりと舞う。
それだけで、この薄暗い階段が華やいだ。
委員長って、こんなに可愛かったんだ。
胸元で小さく手を振って走り去る委員長を見送って、俺は溜息を吐いた。
女の子とカフェ、か。
未知の世界だな。
『彼女、なかなか良い性格してるねー』
あん?
『だって、待ち合わせ場所を決める為にメッセージを送る約束をしたんだろ?』
そうだよ……あ。
謀られた。
『はい、カズキの負け〜』
うるせぇイケメン浮遊霊。
ナチュラルに名前呼びすんな。
俺は頭を掻きむしりながら、昼休みが終わるまで己の失敗を悔いていた。
お読みくださいましてありがとうございました。
次回もこの場所でお会いできたら嬉しいです。