1-02 教室の真ん中でぼっちと叫ぶ
「やべ、寝過ごした」
男子高校生である俺──守山和希のモーニングルーティンは、だいたいこのセリフから始まる。
『おはよう。よく寝てたね』
「てめぇ、起きてたなら起こしやがれ」
浮遊霊が眠るのかどうかは知らん。が、もう少し間借り人としての自覚を持って欲しいものだ。
『まあまあ落ち着いて。遅刻しそうなんだろ?』
「うるせぇグリーフ」
くそっ。
悔しいが、そのイケメン浮遊霊の言う通りだ。
あとその甘いスマイルやめろ。
うっかり惚れたらどうするんだよ。
『……ボクにその気は無いからね?』
……思考を読むな。
イケメン浮遊霊めがけて枕をブン投げて、急いで顔を洗って着替える。
朝メシなんて食べてる余裕はない。
母が作り置いた朝食を冷蔵庫にしまって、俺は玄関を飛び出した。
『なあ』
「あ? なんだよ」
『朝メシ食べないと、昼までもたないぞ?』
「うるせぇ、だいたいテメェはこんな時間から化けて出やがって。節操なしオバケめ」
歩道を走りながら、頭の周りをうろちょろ飛ぶイケメン浮遊霊に悪態を喰らわせる。
完全なる八つ当たりだが、ただで間借りさせてやってるのに起こさないヤツが悪い。
『オバケはひどいな』
「こんな朝っぱらからふよふよ浮いてる霊の方が、よっぽどひどいわ。さっさと消えろ」
『……上手いことを云うね』
感心してんじゃねぇよ。
そんなに上手いこと言ってねぇし。
てか俺は今猛ダッシュで走ってんだ。
左足を庇いながらのダッシュなんだから、余計な体力を使わせるんじゃねぇよ。
……はあ、腹減った。
『ほらみろ、朝メシは大事だろ?』
姿を消した浮遊霊に、俺は答えもせず走った。
くそっ、ちょっと左足が痛くなってきやがった。
『ギリギリセーフだったね』
ゼェゼェと肩で息をする俺を横目に、イケメン浮遊霊は爽やかな笑みで頭上に浮かんでいる。
つか、学校では話しかけるなって言ったよな。
いくら俺にしか見えない聞こえないって云っても、それに返事する俺が一層怪しく見えるだけだし。
『気にしないでくれ、独り言だよ。返事はいいさ』
だからサラッと心を読むんじゃねぇよ。
あと、とっとと消えろ。
『はは、悪かった。では隠れておこう』
すぅっと消えていくイケメン浮遊霊を放ったらかしで教室へ駆け込むと、既に席は生徒で埋まっていた。
その真ん中の、ぽっかりと空いた席が俺の席だ。
ったく。
こんな陰キャぼっちが地理的にクラスの中心にいるとは、世も末だな。
クラスの奴らの視線を浴びつつ呼吸を整え、自分の席へ座る。
と、視線を感じた。
右斜め前方、委員長になった女子が振り向いて睨んでいた。
んだよ。
俺はまだ睨まれるようなことは……あ。
昨日連絡先交換したの、あいつだっけ。
まあいい。
もうこれ以上は、関わってこないだろう。
『それはどうかな?』
さりげなくフラグっぽい事言うの、やめろ。
あと引っ込んでろ。
だいたいにおいて、俺になんて関わってもロクな事は無いんだ。
なんせ俺は、期待を裏切ることには定評があるからな。
……おっと。
思わず自分の古傷を自分で抉っちまった。
まあ良い。
ここに、中学時代の俺を知るヤツはいない。
故に、俺に期待なんてする馬鹿もいない。
『キミは、どうも自分を低く見積もるクセがあるね』
るせぇ、そんなの中坊の頃からだよ。
つか黙ってろ。
もうすぐ授業が始まる。
『はいはい、大人しく消えてるよ』
あと、寝たら起こせよ。
歴史の授業は、たぶん寝るから。
『……ボクは目覚まし時計じゃないんだけどなぁ』
うるせぇ、そのくらいの機能は備えてろ。
あと明日から朝も起こせよ。
お読みくださいましてありがとうございました。
次回もこの場所でお会いできたら嬉しいです。