1-01 壊れ始めた俺のぼっちライフ
不定期で連載させていただきます。
1-01 壊れ始めた俺のぼっちライフ
見慣れない教室を出て、振り返る。
ここが俺──守山和希の新しい地獄だ。
あと三年。
三年すれば、大学に進学する資格が手に入る。
それまでの我慢だ。
スポーツ推薦での進学の道を自分で潰して、一年半。
もう、勉強しか無い。
「守山くん」
よく通る澄んだ声に振り向くと、一人の女子が立っていた。
背丈は俺の肩くらい。
栗色の髪をボブカットにした、小柄な女の子だ。
だが俺は、この女の子を知らない。
名前を呼ばれたのも、俺の聞き間違いだろう。
女の子に背を向け、再び昇降口へ向かおうとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
慌てて女子が俺の前へ回り込む。
ふむ、何かスポーツをやっているのか、なかなかフットワークが軽いな。
どうでもいいか、どうでもいいな。
「……守山って、俺のこと?」
「うちのクラスには、他に守山くんはいないよ?」
そうなのか。というか、同じクラスだったのか。
「せっかくなので、守山くんもライン交換しようよ」
にこにこと笑う女子は、可愛らしいケースに包まれたスマホを胸の前で小さくふりふりする。
しかし。
何が「せっかく」なのだろう。
わからない。
わからない時は、パスに限る。
「いや、いらない。連絡事項は学校から配布される」
「えー、クラスの集まりとか、楽しい情報てんこ盛りだよ?」
「……必要ない」
俺を見上げる女子は、不思議そうに首を傾げる。
が、その可愛らしい仕草すら、いらない。
「用事はそれだけか?」
「え、ちょっと待って。いま考えるから」
考える?
今とっさに考える用件は、真の用件では無いと判っているのだろうか。
「とにかく帰る。俺のことは気にしなくていい。なんなら存在を忘れてもいい」
「そ、そんなこと出来ないよ……クラスの委員長として」
……ああ、この女子はクラスの委員長に選ばれた女子だったのか。
だが。
「いらない。迷惑だ」
「そんなコト言わずに、さ?」
なかなか粘るな。
俺の連絡先なんて、そこまでして必要でもないだろうに。
スマホを取り出して、時間を見る。
やべ、早く書店に行かないと、今日発売の本が──
あらためて女子を見る。
にこにこと笑ってた。
「はあ……わかった。好きにしてくれ」
諦めた俺は、手に持ったスマートフォンを女子に渡す。
「え?」
「……やり方が分からないんだよ」
見ると、女子は生温かい目で俺を眺めていた。
それに無言で対抗していると、溜息混じりに苦笑した女子は、自身のスマートフォンを出してポチポチと音を鳴らす。
「はい、返すね」
返されたスマホをチェックしていると、電子音が鳴り、ラインのアイコンの肩に数字が出ていた。
「それ、私のラインね」
「はぁ……」
深く溜息を吐くと、女子はにっこりと笑った。
アイコンをタップして中を見ると、一件のメッセージが表示された。
それを開けずに、俺は目の前の女子を窺う。
……やはり知らない人だ。
「あらためてだけど、クラス委員長を務めることになった桜江です。よろしくね」
「そうか、じゃあな」
メッセージを確認した俺は、たった今新たに追加された連絡先の画面を、返信せずにそのまま閉じた。
俺は一人でいい。
どれだけ困ろうが、この先何かがあろうが、自己責任。
それでいい。
もう裏切られるのは、たくさんだ。
『──で、その委員長さんは可愛いのかい?』
「うるせぇ、お前には関係ない。つかどうせ姿消して見てたんだろ」
『まあねー』
自室で勉強机に向かってシャーペンを走らせながら、俺は目の前にふよふよと浮く『ヤツ』を睨みつける。
『ヤツ』が俺の前に現れたのは、一ヶ月ほど前になる。
名前も分からない、身分も分からない、ソイツは記憶喪失の幽霊だった。
しかも恐ろしくイケメンで、話し上手の。
しかもこの霊の姿は、俺にしか見えないようで。
『しかし、キミがボクを見つけてくれて、本当にラッキーだったよ』
「つか、早く消えてもらえませんかねぇ」
『それは無理みたいだね。どうやらキミとボクは波長がピッタンコのようだから』
「嬉しくねぇ……」
幽体のまま天井近くを飛び回るヤツは、きっと女子なら見惚れるだろう微笑みを俺に向けた。
「はぁ……なんでこんな幽霊を拾って来ちまったのかねー」
『ひどいな、人を捨て犬や捨て猫みたいに』
「犬や猫の方がよっぽど可愛げがあるわ。全国の犬猫さん達に謝れ」
『ごめんねテヘペロ』
「謝って許されるなら警察は要らん」
『……幽霊も警察に捕まるのかな』
知らんがな。
とにかく俺は、目の前の問題集を解いてしまいたいのだ。
『しかし、そんなに勉強ばかりして。楽しいのかい?』
「楽しいわけ無いだろ。必要だからやる。それだけ」
『へえー。しかし最初に比べれば、キミとの会話が成立する様になったなー』
うるせぇよ。
いくら俺がコミュ障の陰キャでも、ずっとこんな風に話しかけられていれば、多少は慣れもする。
それでも会話の始まりは常にヤツからで、俺から話しかけることは無い。
というかこの幽霊を何と呼んだらいいか、分からない。
当の本人? 本幽霊も、名前が分からないらしい。
「つか、そろそろ名前くらい思い出したか?」
『いやー、それが中々難航していてね』
「ならやっぱり神社とか行ってお祓いだな」
『お、おい。やめてくれよ。なんの未練があったのか分からないまま成仏なんて、ボクは嫌だからね?』
いやいやいや。
当方としては、一刻も早く立ち退いてもらいたいのですよ。
せっかく、誰にも気を遣わない理想のボッチライフが常に人の……もとい浮遊霊の目に晒されるなんて、いい迷惑だ。
というか。
何が悲しくてイケメンの霊に取り憑かれなきゃならんのだ。
ラノベやアニメなら、ここは美少女の霊が来るのが定石だろうが。
少なくとも俺が読み漁ったラノベは、その手の内容が多かったのに。
まあ、そんな愚痴を現実に投げかけたところで、何の解決にもならんのだが。
『それにしても、交換した連絡先へすぐに返信しないのは、やっぱり失礼だよ』
るせぇな。
また余計なことを話し始めやがった。
見ず知らずの相手に突然取り憑いて居座る方が、よっぽど失礼だろうが。
──よし、決めた。
「そういやお前の呼び名だがな」
『呼び名か……いいね。どんなのがいいかな』
「俺が飛びっきりのを考えてやったぞ」
『キミってヤツは……』
イケメン浮遊霊は、幽体の顔に涙を潤ませて俺を見つめる。
やめろ、その笑顔で陥ちるのは女子だけだ。
ということで。
「……お前の呼び名は、グリーフだ」
『お、なんかカッコいい系の呼び名だね。どんな意味なんだい?』
「怨霊」
『……キミってヤツは』
イケメン浮遊霊あらためグリーフは、ガックリと肩を落とした。
へっ、ざまぁみやがれ。
お読みくださいましてありがとうございました。
感想、評価などいただけたら嬉しいです。
では、またここでお会いしましょう。