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視覚透過装置  作者: 小川藻
19/19

19 了

 曇りの日、午後二時過ぎ。朋彦は市街地から離れた空知川の堤防にいた。曇天からは僅かに雪がふらふらと落ちてくる。凍った空知川には雪が積もり、河原との区別を失っている。



 川面の氷と積雪は、その内のある部分だけが穴が開いた様になっており、内部の水流を見せている。そんな風景が、ずっと河川敷に連続している。



 とても寒い。



 広漠とした堤防の傍らに、僅かな畑と、農家の住宅がある。雪原に縮こまっているかのようだ。向こうには一様に雪を被った市街地が見え、その先には遥かに山並みがあり、それは十勝の穀倉地帯に続いている。一方朋彦の背中側には石炭の取れる空知の山並みが黒々と聳えている。



 朋彦は音楽を聴いているふりをしていた。



 予定の時間になったので、硬く目を瞑る。胸部に隠した透過ガジェットが鈍い音を立てて動いている。首から上を動かさず、瞼の奥の視線を固定しようと心掛ける。



 一瞬、視野が虹色に現れ、そして灰色になる。朋彦のものよりやや低い視線。朋彦には決してできないスピード。そのスピードで、グレーの世界の中を駆け抜けていく。朋彦にはそれは紺色に見えるのだが、彼女がグレーというのだから、ここではグレーと現わすべきなのだろう。



 空知川にかかる大きな橋の近くはちょっとした工場地帯になっている。自動車整備工場や卸商の大型の倉庫は冷たく殺風景な印象を与える。停められた大型の乗用車や農機具、工場やマンション、ガソリンスタンド、広い駐車場、電信柱、バス停。速さそのものよりも、自分とは異なる速度であることに朋彦は気付かされる。



 ゴテゴテした装飾のたもとを経て、橋を渡る。空知川と堤防とが織りなす広漠とした空間が見えてくる。積もる雪は雲にさえぎられた弱い光のせいでグレーに見え、それは光が雲を通過する際の色と同質のものだ。



 だから全てが同じ色に見える。近くの街並みも、遠くの山並みも、生きてきた富良野の街全てが、そう。



 そのなかを駆けるスピードは欄干を過ぎるペースで掴むことができる。速く、そしてそれが持続する。橋梁の同じ規格の欄干・電灯が同じ間隔で続く。余計に何もかもが同じように見える。



 橋の終わりが見えてきた。向こうにはもう少しだけ市街地がある。そのまま進めば、それはやがて途切れ、道路だけは遠く旭川に繋がっている。それとは逆。道路から左に曲がり、堤防の上を走る。除雪車が仕事をしており、硬く締まった雪上を走る。



 走る。……走る。走る。走る。



 遠くに人影がある。座っている。朋彦はそれを自分だと認知する。走る動作はまるで息づかいを感じるかのようだ。その内に、本当に息をする音が聴こえてくる。



 朋彦は眼をあけて左側を見る。両手に膝をあてて荒い息をする浅尾がすぐそこにいる。



「すごかった」



 浅尾は何かを言おうとしてせき込む。朋彦は乾燥した冬に走るとそうなることをよく知っている。



「よく見えたよ。錠剤とガジェット離しても上手くいった。ほんとすごい。全部グレーだし、なにせスピード。やっぱ速いねえ」



「見られてると思ってちょっとスピード見栄張った……疲れたー」



 そう言って浅尾は朋彦のとなりに座る。



「錠剤の最後の一個で見てたものを見ることができた」


「良かったでしょ。でも彼女を走らせるのはどうかと思う」


「ごめん」


「いや私も見せたかったし。そうそう、これを頼んだ代わりにさ……」


「なに?」


「今度はさ、卓球二人でしたい。んだけどいいかな? 私練習したんだ。それならさ、特別なデバイスを使わなくたって一緒の風景見られるし」



 朋彦は浅尾はいつもいい案を考えつくなと思った。



最後までお読みいただき、まことにありがとうございました〜(平伏)

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