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視覚透過装置  作者: 小川藻
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 家に帰ると母親が夕餉の支度をしながら語りかけてきた。朋彦は母親の様子から、経験上、夕食までは一時間弱かかることを看て取る。



 二階の自室に戻る。何気なく通信装置の端末を見遣る。先程の、浅尾からの感謝の通信に目が行く。すると、朋彦は何か浅尾から眼差しを向けられている心地になる。



 数学を先に進めても、部活を頑張っても、友達と遊んだり話したりしても、あるいは浅尾と睦まじくしてもなかなか直接に導き出されるわけではないけれど、朋彦はそれら生活の全部から何となく、もう一度哉子に電信しようと思い始めていた。



「さっきはごめん。当たり前のことしか言えないかもだが、もう一回話ししたいんだけど」



 学習机に腰掛けて、電信装置を持った右手の甲で頭を支えるように返信を待つ。幾ばくもなく哉子からの返事が来る。




「しつけーやつだな」



 連続した次のタームには「別にいーけど」と見える。



 朋彦は安堵と奇妙な感覚とを以て返事を記入しようとしていたところ、哉子から更なる通信が表示される。



「それなら今度は私が朋彦の家に行くわ」



 朋彦は自室を見渡す。母親の掃除は二日前。これは恥ずかしい事柄なのかもしれないが、今は幸運だ。部屋は整っている。



 朋彦が哉子が来ることを了承した五分後、呼び鈴が鳴る。階下で控えていた朋彦が迎える。



「さみー」


「ちょっともっと厚着して来なよ」


「はい、はい」



 二人で上階に赴く。朋彦は学習机に付属する椅子、哉子は朋彦のベッドに着座する。



「相変わらずイカくせー部屋だな」


「や、そう、かな?」


「冗談だよバカだなぁ」


「ならいいけど」



 哉子は傍らにある平易な学校教育に関する参考書を手に取り、適当にパラパラめくって読むふりをする。



「最近の煙草はさ、ニコチンがカットされているんだよ」


「そうなの? でもだからといって」と言ったところで朋彦は口をつぐむ。


「そう。完全に吸ってもいいってわけじゃない……ってさ。昔よりかは大分良くなっているけれども、勿論全部の害がなくなるわけではない。でも軽い。まぁ、つまり、そんなもんさ。つーかもし煙草の煙がほんとにダメだったら人間どっかで絶滅してただろ!」


「その前に法律で禁止されると思う」


「知らんけど」



 朋彦は電磁的な行火(あんか)を点けて、哉子の傍らにもたらしてやる。


「普通の話しかできないかもだが、いつから池田に行くの?」


「来月」


「そっか。連絡とかはしてもいいの?」


「会話通信は夜とかならいいんじゃね。文字通信はいつでも良い感じ。学校と変わらんね。私の人生これからこういう仕組みみたいなのがずっとずっと続いて行くんだろうな、と思う。特に私みたくなったらね。施設・職場・生活、施設・職場・生活……」


「……したらさ、ちょっと違うことがあった方がいいよね。手紙を送るよ。敢えて」


「手紙! 古くせーなぁじじいみたいだ。どうせお前のことだから手書きで書くんだろ」



 朋彦は、電磁的なデバイスを用いて手紙を書いて、便箋に印字して封筒に入れる算段でいた。ただ、今の哉子の発言を聴いて、すぐに心の中で手筆を以てすることに決める。



「そう、手書きね。いいね」


「私は経時簡易短信で返すからな! 紙で手紙書くなんて授業でしかやったことないわ」


「まぁでも、その、なに、書く紙とかインクペンとか探すの面白そうじゃない?」


「そーかもな。つーか、ありがとな。何回も」


「二回だけど」


「ま、二回でも何回だ。来れて良かったよ。昔来てたこの部屋も見納めだろうからなぁ」




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