表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視覚透過装置  作者: 小川藻
14/19

14

「私さ」



朋彦は、自分が何か致命的な過ちを犯しており、別れてほしいと言われるのではないかと懼れていた。



「私……その……男の人の手が好きなんだ」


「手? なんか俺の手がダメだった?」


「ううん。その、すごい好き」


「ええ? じゃあどうして」


「……ズルをしてしまった」


「ズル?」


「《視覚透過装置》」



思わず浅尾を見る。浅尾は体育座りみたいな恰好で、膝を抱えて顔を少しだけ両の手に埋めるようにして話を続ける。



「朋彦君のこと、手だけじゃなくその……好きだよ。でも初めは委員会の時に手きれいだなーって思って。授業とか体育の時とかもつい見ちゃってた。それで、練習前にランニングしてたら、サッカー部がボヤ騒ぎのあとの倉庫から《視覚透過装置》を持ち出して、体育館裏に持っていくのが土手から見えたんだ。私、朋彦君が練習前とかに体育館更衣室で本読んでるの知っていたから……すぐ近くだな……って思って」


「したら俺を覗いてたってこと?」


「……ごめん」


「別に大丈夫……かな? 俺なんか変なことしてなかった?」


「本読んでた」


「まぁ、そうか。でも一人きりだから、なんか油断してたかも……」


「変なことはしてなかったよ。ごめんなさい。ずっと本を持った手を見てました」


「手、好きなんだ」



朋彦は浅尾に近い方の手袋を脱いで、手の甲を見せて振る。浅尾はちょっとだけ見て、すぐに逆の方を向いてしまう。まずいことをした、と朋彦は感じてすぐに手を引っ込めて、身体の前で脱いだ手袋を掴む。



「ずっとじっくり見ていたかったから……見てしまった。それでなんか申し訳なくなってさ、もともと好きだったことなんて言わないでいようと思ったんだけど、ちゃんと言うことにした。そしたらオッケーって朋彦君が言ってくれて意外にも。それで昨日初めて手繋いで……すごく嬉しくて、でもその分……黙って見てしまったこと余計に申し訳なくなって……」



朋彦はゆっくり、考えながら話しだす。



「や、そっか。そっか。自分で納得したかったから、ちゃんと言うことにしたわけだ……。それにさ、別にいいよ」



 そう言って、朋彦は浅尾の左手を探る。可愛らしい刺繍のある綿毛の手袋の上から、浅尾の手にそれとわかるようにして触れる。



「別に好きに触ってよ」


「うへへ本当?……うー……良かった。じゃ触る! 爪ピカピカだよね」



 浅尾はゆっくりと手袋を脱ぎ、朋彦の手を甲の側から包み込む。そしてちょっと近くに寄って来て、肩口から凭れるように朋彦にくっつく。



 朋彦は浅尾の髪からなんかすごい良い匂いするなぁと思いながら、ちゃんと言わなければならないことを整理していた。つまり、森川芳野の後にもう一人。浅尾だったのだ。正確にはサッカー部、芳野、浅尾、そして自分。



 朋彦がゆっくり、語り始める。



「《視覚透過装置》さ、凍結防止の砂袋を入れておく、鉄の扉の奥の空間に隠したでしょ?」


「……なんで知ってんの?」


「その前は……それは俺では解らないか。とにかくだ。実は浅尾さんが使った《視覚透過装置》は俺が持ってる。持って帰った。サッカー部が探していたのが気になって、辺りを自分も探していたら、たまたま見つけた」


「その前は、裏玄関の下駄箱の上にあったよ」



 芳野はあまり遠くに隠せなかったと言っていたことを、朋彦は思い出した。



「俺もさ、ちゃんと言わないとダメだよね。というかダメだと思う。折角ちゃんと言ってくれたから」


「ふぁ、もしかしてなんか覗いたの?」


「そう」


「お互いさまだったってこと?」



 浅尾はその後言を継がず、朋彦が話し始めるのを待っている。朋彦はすぐに覚悟して語る。



「哉子、岡田哉子の部屋を覗いた。そのさ、女子って部屋でどんなんかなって……」


「昔から仲いいもんね。それに岡田さん背高くてスタイルいいし……どうだった?」


「ちょっと覗いたんだけどなんか親と揉めてた」


「あー岡田さん結構やんちゃなところあるから」


「昔はそうでもなかったんだけど」


「じゃあ胸とか……くびれとか……好きなとこ見たわけじゃあないんだ」


「いやちょっとは見れたけどさ。なんか親と揉めたあと一人で部屋で煙草吸ってるの見て、見るのやめた」



 そのあと、浅尾はしばらく何も話さなかった。朋彦は自分から何か話さなければ、と思い始めた時、浅尾が口を開く。



「言いたいことは二つ。まずは、ありがと。ちゃんと言ってくれて。なんか嬉しい。そーいうところ、朋彦君の良いところだと思う。言わなくたって良かったのに。その、なんというか……恋愛? の主導権? 握れるでしょ。黙っていれば。私だけが覗いていたってことにすれば」


「おあ? でもそれじゃ不公平だし」


「……そーいうところが素敵だと思います!」



 マフラーで隠れた顔を赤らめて浅尾が言う。朋彦はこれ見て、とっても可愛いなと感ずる。

「それで言いたいことふたつめ。これは岡田さんが親と揉めてたことと関係あるかもしれないから言うね。ちょっと前から女子の間で岡田さんが妊娠したって噂がある。噂なんだけど」



「おあ? 妊娠?」


「そう。朋彦君は知らないしょ?」


「初めて聴いた。でも噂でしょ?」


「そう噂。でも多分そう」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ