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食べたい  作者: 白真 玲珠
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 真愛が智を食べてから4ヶ月後、地元を離れ、地方の大学に進学した真愛は一人暮らしを始めていた。

  一人暮らしにも慣れ、落ち着いてきた頃、真愛は大学の料理研究サークルに入ることにした。

 そのサークルは活気もあり、サークルメンバーもみんな気さくだったため、真愛はすぐに打ち解けることができた。

 真愛が所属する料理研究サークルは、週に2〜3回、月に10回の活動で、月に1回の全体ミーティングには必ず参加、そして活動内容としては毎回4人以上のグループに分かれて料理を作り、その料理をみんなで実食して意見交換をするというものだったのだが、グループを組む時に、原則として1グループにつき各学年のサークルメンバーを一人以上グループに入れるというルールがあった。

 ある日のこと、その日もグループに分かれて料理を作り、意見交換をしていた。その日、真愛のグループが作ったのは酢豚で、サークルメンバーからの評価も高かった。その中の一人、藍沢あいざわ慧悟けいごと言う三年生の男子が直接真愛に声をかけてきた。

「真愛ちゃん、でいいのかな?酢豚、すごく美味しかったよ。特に肉が柔らかくてよかった」

 真愛は笑顔で応える。

「ありがとうございます。藍沢さん」

 慧悟は続けて話す。

「俺、肉料理が好きで自分でもよく作るんだけど、なかなか柔らかくできなくて、何かコツとかあったら教えてよ」

 それに対し、真愛も変わらず笑顔で応える。

「もちろんいいですよ。お肉を柔らかくする方法はいろいろあるんですけど、今回は炭酸水に30分くらい浸けてみたんです」

「そんな方法があったんだ。今度試してみようかな……」

 そう言って少し間を置いてから、慧悟は思いついたように言う。

「あっ!そうだ、次のグループ俺と組まない?」

「はい!よろこんで!」

 次の活動で、真愛は慧悟とグループを組んだ。その日真愛のグループが作ったのは肉じゃがだった。真愛を含めた3人は食材を切るのを担当し、慧悟は鍋で切った食材を調理するのを担当した。

 慧悟が鍋で調理をしている間、他の3人は食器などを用意しながらその様子を見ていたのだが、彼の手際は素晴らしいものだった。食材の入れ方、アク抜き、火加減の調整等々プロのシェフかと見まごうほどのものだった。とくに真愛は、見とれて手が止まってしまい叱られたほどである。

 結果として、真愛達のグループが作った肉じゃがは大好評だった。

 この頃から、真愛は慧悟に対して特別な感情を抱くようになっていたが、その感情は一年ほど前、彼女が小林智に対して抱いた感情──恋愛感情には違いないが──とは違うものだった。

 真愛は自分が慧悟に対して抱いている感情にも、それが智に対して抱いた感情とは違うものであることにも気づいていたが、何が違うのか分からずに戸惑いを感じながら過ごしていた。

 ある日、真愛がレポート課題のための資料を大学の図書館で探していると、偶然慧悟に会った。

「あ、慧悟さん、お疲れ様です」

 真愛は慧悟に挨拶した。

「お疲れ、真愛ちゃん」

 慧悟も真愛に挨拶を返す。

「何してるんですか?」

「卒業論文のテーマを固めるために、いろんな資料を探してるんだよ」

「なるほど、慧悟さんは何を卒業論文のテーマにするつもりなんですか?」

「実はカニバリズムについて心理学的視点から考察しようと思ってるんだ」

「カニバリズム……」

「どうかした?」

 真愛はカニバリズムという言葉に一瞬気を取られたが、慧悟の言葉で我にかえる。

「あっ、いえ、なんでもないです。それで、何か良さそうな資料はありましたか?」

「うん、実はね興味深いことが分かったんだ。パリ人肉事件って知ってるかな?」

 真愛は首を横に振り答える。

「いえ、知りません。何ですか?」

「パリ人肉事件っていうのはね、1981年の6月にフランスで起きた事件で、佐川さがわ一政いっせいが同じ講義に出席していたオランダ人女子学生を殺害してその肉を食べたっていうものなんだけど」

 慧悟は一呼吸おいて続ける。

「佐川一政はそのオランダ人女子学生を食べたいという欲求と同時に、彼女に食べられたいという欲求も持っていたらしいんだ」

 慧悟の食べられたいという欲求も持っていたという言葉に真愛ははっとさせられた。

(食べられたいという欲求……。そうか、そういうことだったんだ)

 真愛はこれまでの体験を思い起こしながら、自分の中のもやもやとした気持ちが晴れていくのを感じていた。

(そうだ、愛する人に食べられたいっていうのは自然な感情なんだ。私は本当は愛する人を食べたいんじゃない。愛する人に、食べられたいんだ)

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