あの、あの、あの(玄武聡一郎さん作)
些細なことさ。
ある朝、卵焼きのフリしたスクランブルエッグが出てきて。
僕の中の常識は、その場でぐちゃりとつぶされた。
なんでいつもの卵焼きじゃないの?って、なぜか僕は聞けなかった。
ふわふわした、もやもやした。
綿菓子みたいな違和感を、無視しなければよかったな。
「あのね」「あのね」「あのね」と僕は、いつも気になることについて、聞いて聞かれては頷いて、何にもわからず笑ってた、I know。
くだらないことさ。
ある昼下がりに、なぜか家の中が騒がしくて。
僕が知ってる光景は、その場でがらりと色を変えた。
どうして今日は人が多いの?って、なぜか僕は聞かなかった。
どきどきした、きりきりした。
霜焼けみたいな感情と、手を取り合えばよかったな。
あの日、あの時、あの温もりと、さよならしようと決めたけれど、いつか会えるのだと根拠なく、無邪気に笑って信じてた、Unknown。
とてもとても、大事なことだ。
ある夜笑ったフリした人が。
無遠慮に遠慮がちに戸を叩いた。
僕の中の精神は、その場でこきりと枯れ落ちた。
僕の中の感情は、その場でぴたりと歩みを止めた。
割れたガラスが繋がるように。
溶けたアイスが固まるように。
飲んだ涙を吐き出すように。
戻らぬ時間に傅くように。
僕はゆっくり理解して、僕は何度も頷いた。
あのさ、あのさ、あの桜がさ、はらりと舞い散るその頃に、「またね」「またね」なんてまたそんな、暖かな言葉に触れたいよ。
そんな愛、苦悩……。
あのね、あのね、あのね。
もう遅いけど、ずっと言いたかったことがある。
いつも、僕の側にいてくれて、ほんとにほんとにありがとう。
だからこうやって手を振るよ。
だから、こうやって見送るよ。
愛の歌。
玄武さん、寄稿いただきありがとうございます。
出だしのスクランブルエッグの件が秀逸だと思います。また、これも読み手側にストーリーを想像させるような書き方ですね。でもこちらはしっかりと正解があったうえではぐらかしている印象を受けます。