【9】
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「材料はテーブルの上にあるとおり、作るのは、ガナッシュで溶かして混ぜて冷やして固めます。ただ、それだけだと簡単なので、今回は2種類の味を作りたいと思っています」
「苺とプレーンです」
メインの説明が眼鏡の執事で、補足がもう一人のスタッフが行っていくらしい。テーブルの上に置いてある材料は、「チョコ」「計量済みの生クリーム」「苺」「絞り袋」「ボール」「ラム酒」だ。
「このチョコを、溶かしやすいようになるべく小さく刻んでください」
眼鏡の執事は、まな板と包丁も用意されていて、手で指しながら指示をする。
「はい」
華さんがチョコを刻み始め、今回の講座がはじまった。
しばらくして、溶かして混ぜたチョコが出来あがった。
混ぜていく途中、氷水で冷やしているので、絞り袋の中に入れられる程度の固さになっている。絞り袋から出していくと、ホイップクリームのような状態で出てくる。あまり生クリームを絞り袋で出す事を経験していないが、アルミホイルに出す力加減が難しくて想像よりも違う形になってしまった。
隣の玲を見ると、美味しそうな形をしていて、楽しそうだ。
華さんを見てみると、苦戦しているのが分かる形をしていて、自分だけではないと安心してしまう。
「これで作業は終了なので、あとは、そのまま箱に入れて持って帰ってください」
「はい」
箱はもう一人のスタッフが組み立ててくれていた。紙のクッションも中に入っているので、箱の中につめるだけになっている。
「ありがとう」
「喜んでもらえるといいですね」
スタッフから箱を受け取りながら、華さんは苦笑を浮かべている。
「喜んでもらえますよ」
「・・・苦手でも、自分のために作ってもらえたら、春は嬉しいと思います」
玲は自分のチョコを箱にしまいながらそう言い、華さんに視線を向けた。
「そうだといいな」
「春も何か作ってそうだけど、この前本屋で会ったから」
「本屋?」
「お菓子コーナーのあたりで」
玲は、箱にしまったチョコを持ってキッチンから出て行ってしまった。華さんはどうしてそこの結論にいたったのかが分からない表情を浮かべている。
私は自分のチョコを箱にしまう。
「・・・・・・たぶん、自分と同じ理由でそこにいただろうから、何か作ろうとして見ていたって事だと思ったのだと思います」
「あ、なるほど。それはあるかもね。今日は、ありがとう」
納得した表情を浮かべ、華さんは自分のチョコを箱にしまった。眼鏡の執事に言うと、どういたしましてと笑みを浮かべる。その笑顔はいつもお店で見ているものとは違って柔らかい印象を受けた。
「マスターにも伝えておきます」
「今度、また展示やらない? ルカの作品で」
「・・・・・・機会があれば、だな」
ふっと遠い目をしている。
「見たいのに」
「また今度」
「分かった」
みんなキッチンから出て行くと、先に出ていた玲はコートも着終わっていた。スマートフォンで何かメモをとっていた。私の帰り支度が終わると、3人共そのままドアに向かう。後ろに振り向く。
「あの、また、こういう機会ありますか?」
「・・・今のところは、ないな」
「お店に、また、遊びに来ます」
「お待ちしております」
見送られて外に出ると、夜の空気はもっと冷えていて首をすくめた。手袋をしているのに、指先が冷たく感じた。