【3】
【3】
軽い喉の乾きを感じて目を開けると、玲がソファーで寝息をたて寝てしまっていた。電気ストーブの電源を消すと、かけ布団をかけ直した。コップに水をいれて飲みながら時計を見ると、夕方の4時になっている。夏ほどは長くはない陽の長さは、切なさをつれてくるようだ。
休日の今日だけは、仕事なんて考えたくもないのにふと浮かぶのは、あれをやっていなかったから、今度はそれから片づけていこうか、なんていう段取りで苦笑を浮かべた。私から仕事を無くしてしまったら、何も残らないと空虚な気持ちになり、血の気がひいて、体温がさがった気がする。仕事は、いつまでもあると保証されていない。もしも、無くしたら、他に夢中になれる事などあるのか。
そんな時、たまらなく玲が羨ましくなる。
玲には、必要とされている『作品』がある。それだけでも、とても価値がある。そんな玲は、仕事を安定して続けていける事が羨ましいという。ないものねだりなのかもしれない。
「・・・起きたの?」
半分意識が覚醒していないぼんやりとした口調で言いながら、玲はゆっくり起きあがる。
「さっき目が覚めて。何か飲む?」
「ホットミルク」
「少し待っていて」
最近の玲の好きな飲み物は、ほぼ、健康を意識したものだと言っていた。牛乳もオレンジジュースもビタミンとたんぱく質で、ほんの少しだけでも栄養バランスをとっていたいのだという。
「はい」
電子レンジで温めた牛乳を受け取ると、美味しそうに飲む。
「ありがとう」
「夕飯、どうしようか?」
「・・・ホワイトシチューなら作れるよ」
「じゃあ、シチューにしよう」
「ちょっと待っていて」
そう言うと、使う材料を取り出して並べはじめた。その中に、市販のルーはいない。その代わりに、牛乳と薄力粉等が並べられている。必要な調理器具と材料の取り出し方に、迷いがいっさいない。
「ルー、使わないの?」
「うん、使わないでやってみようかと」
言いながら、スマートフォンでレシピを検索して見ている。
「そう、なんだ」
市販のルーを使わないで作った事は、今まで一度もなかった。料理はどちらかといえば苦手で、そんな私の周囲にはルーを使わないで作ったと話してくれた人は誰も居ない。
玲は具をすべて切り終わると、いきなり肉から炒め始めた。
「本当は、野菜からだけど、薄く小さめに切っているし、肉の油だけ使いたい」
「そうなんだ」
「・・・うん、後片付けが楽になるから」
ぼそっと小声で言ったのが本音のようだ。
野菜炒め状態から、水とその他を入れて鍋に蓋をする。
後は煮るだけの状態になった。
「なんていうか、大胆だね。料理も」
「火がとおっていれば、食べられる」
「そうだけども。ね、玲って本当は、料理できるんじゃ・・・」
「できません」
タイマーをセットしながらおたま片手に宣言される。
手際の良さを見せられた後に言われても説得力がない。それに、あいた時間にまめに片付けの準備をしていくから、調理台の周囲は綺麗に整頓され、野菜の端切れはなるべく鍋に綺麗に入れているから、キッチンペーパーで拭いて捨てれば汚れが少ない。これなら片付けも楽にできるし、重い腰も半分くらいには軽くなりそうだ。
「おかず一品、まとめて肉と野菜が一緒にとれる簡単な料理しか作れない。カレー、シチュー、鍋、野菜炒め」
「私も似たようなものだけど」
鍋からはすでに美味しそうな匂いがしてくる。
「時々は、頼んでもいい?」
「・・・・・・レパートリー少ないけど、こういうのでよければ」
「よろしくお願い致します」
使い終わった調理器具を洗っていく玲の背中が、どことなく嬉しそうに見えた。