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partner  作者: 皐月 悠
1/12

【1】


【1】


 目の前でご飯を食べている彼女=玲を見て、私の前に現れた日の事を思い出した。


 何度か会っていた後の事だから、正確には、私と同居生活を始めた最初の日だ。

 彼女は、薄いA4サイズのコピー用紙を私の目の前につきだした。その用紙のタイトルには、暮らし方と書かれ、内容は注意事項が箇条書きで書かれていた。どうやら、この条件でも大丈夫なのかという確認のために、用紙を書いて持って来たらしい。まるで、あの有名なヒット曲のようだと思いながら、私は、用紙を受け取った。


 「・・・でも、あれって、『暮らし方』というより、『飼い方』って言った方がしっくりくるような?」

 用紙に書かれた内容の中に、散歩とかご飯とか単語が書かれていたからだ。

 何もしないのではなくて、炊事はやらないと断言しているかわり、家計費管理、掃除、洗濯、郵便物の仕訳、自分の経費をバイトでなるべくまかなっている。

 ちなみに、炊事は全くできないのではなくて、味付けが苦手なのだそうだ。包丁でカットする事は、苦ではないのだという。そこまでするのが苦でないのなら、味付けをするぐらい苦ではないのでは?と思ってしまう。コンビニでカット野菜を買わずに、同じ価格で栄養のある野菜たっぷりのカット野菜が冷蔵庫に入っているのは、仕事をしている身には助かる。

 「ん? タイトルは、どっちでもいい。そもそも、人間だって動物だから、無理はいつまでも続かない」

 淡々とした口調でそう言い、『ごちそうさま』と手をあわせる。

 社会人としてはダメ人間だと思っているらしい。

 最低限の収入だけではダメだとダブルワークで働いた事もあったが、結果は、お金があっても虚しさがつのっていったという。やりたい事のために仕事をしていたはずが、やらなければならない義務だけをこなしていくだけの毎日に変わっていった。

 筋肉トレーニングをしていても疲れやすい体質、親族の死で時間は有限、作品作りに使える体力も有限、何時までも働く事はできないと察したという。

 玲は、そのままシンクに持って行きやすいようにお皿を片づけた。

 「ね、なんで、私だったの?」

 「それは・・・」

 「それは?」

 「安心できる雰囲気だったから。この人は、大丈夫」

 警戒心など全くない笑顔を向けられた私は、さて、何時までこの笑顔を壊す事なく、理性が壊れる事がなく過ごせるのだろうかと、苦笑を浮かべた。邪心を感じないような笑顔の信頼してくれているのを壊したくはない。壊したくはない、のだけれど・・・。

 「他の理由は、もっと知りたかったから」

 空想で何かの耳が生えたように見え、小首を傾げて可愛さが増す。

 「理佳の事」

 今、あの用紙を受け取った事に対して、後悔する。

 この生き物は、人の心をくすぐる単語を選ぶのが上手い。そこまで、見抜く事ができていたのなら、断っていた。

 食べ終わった食器をシンクで洗って、拭いてしまっていく。慣れている動作を見ながら、過去は何をしていたのだろうかと、ふと、気になった。

 私は、あまり、過去の事を知らない。

 他に知っている事と言えば、『作品を制作するのが好き』の『ものぐさ』、『大雑把で大胆』、『丁寧な作品を作る』という事ぐらいだ。どんな経験をしてそんな玲を作ったのか、なんて考えてしまうのは、物語が好きでよく読む私の癖だ。 

 「どんな人がタイプなの?」

 「どんな?」

 自分用のコップにオレンジジュースをいれてから、彼女が戻って来て席に座ると、飲みながら少し考えている。 

 「うーん・・・犬飼っていたような、包容力を感じて、安心出来る人?」

 最初の部分を聞いて、私は、思わず吹き出しそうになってしまった。

 「え?」

「 最近、ふと気づいた。猫もいるけど、犬飼っていた人が多い」

 「それって、ただの確率の問題・・・」

 私の認識の中で、ペットの確率で高いのは犬か猫だ。たまに、聞いた事があるのは亀だったような気がする。 

 「空気で分かる」

 「・・・もはや、本能だよね」

 「そうかもしれない」

 断言をする彼女を見て、喜んでいいのか分からなくなってしまった。そんな発言をする玲は、どこか憎めない。玲らしい答えだなと思う。

 少しだけ冷めた紅茶を飲みながら、何を言われるのを期待していたのかとがっかりしている自分に気づいた。 

 「理佳はどうして、住まわせてくれたの?」

 「それは、玲なら大丈夫だと思ったから」

 ほとんど、衝動的な感情で決めてしまった。

 思わず、玲本人から、

 『えーと、よく考えて。思っているよりも、大変だと思うし、迷惑だらけだよ。楽はさせてあげられないし』

 と、よく考えるように宥められるほどには、即決だった。


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