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魔王討伐  作者: 三化月
邂逅
9/27

09

 水路に阻まれて動きを止めたのは大穴の周囲を半分以上進んだときだ。時間と体力ばかりが消耗し、大穴を抜ける手がかりというものはまったく手に入らなかった。


「ったく……、なんもなしとかあるのかよ……。 見落としはないと思うんだがね」

「これはいよいよ……例の作戦を……」


 つぶやいた私は魔力量と魔術について考え始めた。攻撃魔術と私が扱える魔術とは根本的に相性が悪いためである。

 魔術行使を行うための肉体改造は自分で可能ではあるが、何分、肉体が古い。新しい肉体、胎児のように真っ新な、それでいてある程度の下地を持つ肉体はやはり改造が行いやすい。私のように肉体に魔術を重ねまくった体では限度があった。


「……戻るかぁ」

「いや、橋を架けよう」

「あー、んじゃ頼むわ。 他の奴集めてくるか……」


 溜息を吐いて後方へと下がるザラを横目に見て私の表情もすこしばかり歪んだのではないだろうか。指揮官の士気の高さは集団へと広がっていくものであるから。

 夢のような、冒険者主要三ギルド連合を組み、地下迷宮の最深階層を更新したところで、この人数では各々に入ってくる報奨金は微々たるものであろう。そこに私が提示した依頼料も加味したとしても、地上に戻って現物を受け取らなければなんとも言えない。

 瓦礫を寄せ集めて水路の上に橋を架け終わった私を先頭に列が伸びていく。その中でザラは器用に足場を見つけては私の前へと躍り出た。


「食料はあとどれだけ持つ」


 私の問いは唐突なものであり、彼は一瞬疑問符を浮かべたが、少し間をあけて答えを述べた。


「潜り始めて14日……どこのギルドも倉庫の中を空にしてここにきてる。 なんにせよ急だったからな……、食糧調達もなにも手元のもんでやりくりするしかねぇ。 俺んとこはもってあと30日。 他の二つもそんなもんだ」


「そうか」と、私は短く頷いた。残り食料はもう少し大丈夫そうではあるが、冒険者の精神がいつまでもつかも計算しておかねば要らぬ争いを生みかねない。

 ここは一度引き返すべきか?千里眼が示したという場所はいまだ発見できていないものの、それで焦ることはない。あの眼が見た場所へは必ず到達できる。これは絶対だ。ならば無理をする必要もない。


「いったん地上へ戻ろう。 何か情報が回って来ているかもしれない」

「……はぁ、支払いはしっかり頼むぜ」

「何だ」

「いいや。 急いでるようだったあんたが引くってのに驚いただけだ。 ま、なんにせよ依頼主はトレミーだし、俺もその言葉に異論はないね」


 ザラはここでようやく一息をついた。今まで張りっぱなしということはないだろうが、リーダー役としての自覚はあったのだろう。そのため息が私には折り返しのために意識を切り替えたように見えた。

 彼は列の最後尾が橋を渡り終えたのを確認して声を上げた。


「今日はもう終いだ! 明日からは地上へ戻るぞ!」


 大きく響く、威圧感の乗った声を耳に残しながら、私は橋の撤去を始めた。

 その最中さなか、やはりと言うべきか、エクレールが私の元にやって来た。彼女は一人立ち止まって魔術を行使するために掲げた私の手元を、まるで穴が開くのではないかと思うほどに見つめる。引き締まった表情の彼女は何を考えているのか、私には分からない。


「またあとで」と、彼女と交わした約束だったが、何度か話しをする機会はあったにもかかわらず、私は彼女と話そうとはしなかった。救われたいと願っていようと、自分から言わなければならない問題だと思っているのが私をそうさせていたのだ。

 自分勝手だというのは分かっているし、険悪感は胸の中で十分に渦巻いているとも。それでも瓦礫を運ぶ時間は遅くなり、エクレールの目は細くなっていく。


「手を抜いていませんか? ……貴方らしくもない。 それとも……何か言いにくいことがあると? 負い目があると? そう言うことですか? トレミー」


 問いかけると彼女と無言で作業する私。その横を通っていく冒険者が私たちを眺めては興味を失ったように前を向き直り、列は何事もなかったかのように進んでいく。

 聞こえてくるのは細かい瓦礫が落ちていく音と、大穴へと向かって消えていく水の音。そして、私の頭を締め付ける頭痛が与える名前のない音。


「ああ……、これは言いにくい。 出来ることなら言いたくはないさ」


 ようやく私の口から言葉が出てきた。……なんで泣きたくなってくるんだ、くそが。


「だがそろそろ神が私を呼んでいるらしい……、それならば、君には言っておかなければならない」

「縁起でもないことを言わないでもらえるかしら。 私たちは生きて帰るのよ」

「……それは分かっているさ」


 不機嫌そうな表情は変えずに、わずかに首を傾ける彼女が、生きて娘に会いたいと必死に戦うクレアと重なった。

 瓦礫をのけ終わっても今すぐに彼女と話しをすることは難しいだろう。もしするのであれば、きちんと腰を落ち着けてからだ。彼女が何を言いたいのかは知らないが、デリケートな問題だということだけは分かった。


 小さなたき火を二人で挟み、エクレールは話し始める。


「さっきの……初めて会った時から言いたかったことなんだけど。 ………もしかして、私、貴方と出会ったことがあるかしら。 貴方の態度もどこか私を知っているようだし……、何も気づいてないわけじゃないのよ? ザラからあらぬ噂を笑いながら言われるんだから、私たちができてるんじゃないかって」


 迷惑そうに、それであってどこか嬉しそうに語る彼女に私は言ってやりたかった。どうしてそんなり嬉しそうにできるのか、私は君の母親を護れなかったのに、と。

 膝の上に置かれた小さな手を絡ませるように組み、私の顔と炎とを交互に見ながら話しは続く。


「初めて会った時に見たことがある人だな、とは思ってたの。 それがどうしてかは分からなかったけど、それも解決して……、私やっぱりトレミー、貴方と会ってたのね」

「そうだな…22年前に」


 私の肯定に彼女は満足げに笑みを浮かべた。そして腰に括り付けていた布袋の紐をほどき、中身を私に見せた。

 色は黒く、たき火の揺らめきを映したそれの表面には小さく文字が彫られている。球体というにはいささか物足りない歪さではあるが、たしかに当時の映像記録法具で間違いはない。


「持っていたのか…」

「母が私に残したのは家とこれだけ。 三年前くらいかしら……それぐらいから映像は見えなくなったんだけど、何度も見直したんだから、母の近くに居た人は覚えているわ」

「そうか」


 この返答に対する静寂は実際のところ短かったのだろう。だが私が感じる静寂は誰もいない夜の世界よりも長く、また、非常に焦燥感を感じていた。誰もいないはずなのに常に何かに追いかけれれているかのような、例えるならばそう……、私が生きていた時に感じていたであろうものだ。


「すまなかった。 私はクレアを助けられなかった。 クレアだけじゃない、多くの友人が亡くなったが……、彼女には未練があったし、私はそれを知っていた。 だから……、救うべきだったんだ」

「母は戦士として未熟だった。 それだけのことよ。 貴方が気にする必要もない。 戦士であるまえに、母は女だったのよ」

「違う。 そうじゃないんだ。 死ぬと分かっていて未練を抱くのはおかしいことじゃない。 私も、あの時の誰もが未練を持っていた。 言いたいのは……」


 と、ここで私の口が止まった。喉に置いている言葉を理解して自分で止めたのだ。私はいったい何を言おうとしているのか。

 エクレールは急に黙った私をいつまでも待ってくれていた。彼女が放つ優しい気配の中で私の焦りはすこしずつ消えていったのだろう。気がつけば、私は留めた言葉を吐き出していた。


「私がクレアを少なからずよく思っていたから……救いたいと…………ああ、なにを言ってるんだ。 少なくとも君に言うことではなかったな」

「いいえ、嬉しいわ。 これは私の勝手な思いなんだけど、私、母に似てると思うの。 だから嬉しい。 ……分からない? 私は貴方が好きなの」


「冗談はやめてくれ」と、言ったところで彼女の表情は変わらず、ただ笑っているだけだ。彼女がどれほど本気で私にこう言ったのかは分からないが、死人と生者では前提の時点で話にならない。それは禁断の恋としては難易度が高すぎる。

 私の曖昧な返答に彼女は薄く微笑み、魔物が現れるまで無言が続いた。



 彼の王よ、貴方が私の前に現れた理由が分かった気がします。

 あの夜の邂逅かいこうは決して偶然だったのではない。神が私と貴方を引き合わせたのでしょう。

 ……神が許してくださったんだ、これでようやく、この苦痛から逃れることができる。

 エクレールの気持ちに私はきちんと応えられそうにない。もうたくさんだ。頼む。ここで死なせてくれ。

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