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「トレミー・ウォードの名において、戦場にいる全ての者に言い渡す。 神の加護は汝にありて、我らに不可能はなし。 さあ起きよ、光を放て。 いま救いの手はおりた」
言葉と同時に、戦場が脈を打ったような気がした。魔力の流れが変わったと言う方が正しいのかもしれないが、この方が私の好みだった。
今にも破裂してしまいそうな程に昂ぶった魔力はこの場に集っていた勇者たちを覆い、勇者の体を修復していく。誰も彼もが身に起こった変化に驚き、周囲に目をやるものの、やはり私の姿は見えてはいないようだった。
まあなんにせよ、やりやすくなったと思えばそれでいいのかもしれない。神の使徒である私がこんなことで悩むというのも、今となってはおかしく感じられた。
巨鳥と戦っていたディエスの方は先の魔力によって随分と回復したらしく、私が手を出さなくてもじきに終わるだろう。抑えられていた光線の放出回数も元に戻り、魔力残量レースに勝ったように見える。
対して魔王と対峙していた面々は死屍累々、一歩手前というところで持ち直しはしたが、その傷は完全には癒せてはいなかった。だがそれも次第に治っているようであり、私が少し戦えば戦闘開始前と寸分違わぬ状態に戻せるのではないか。
魔王からしてみれば急に回復したように見えたのか、彼らと距離を置いているのも良かった。私はいくつか拘束、妨害系の魔術を放ち魔王へと向かった。
魔力の流れから魔術は綺麗に抵抗されてしまったものの、私の移動速度は私自身が思っている以上に速かった。水に溶けたかのように流れる風景を頭が処理できていないというのに、感覚的に空間を把握していたのだ。そこに違和感も酩酊感もない。当たり前のことを当たり前のように行っただけなのだから。
ラシェットが手元に有ればこのまま斬りかかれたのだろうが、ないものを語ってもどうしようもない。魔王の左下。視界の外へと数瞬の間に飛んだ私は掌から炎を束ねた、剣にも似た魔術を右手で放ちながら、詠唱を始める。
「トレミー・ウォードの名において我が神に祈る! 喜劇の終演は近く! 我が手によって幕は降ろされん! 終わりの一撃をいまここに!!」
魔王の風の盾と右手からの炎がぶつかり、魔力の歪みを生じさせる。あとは盾を突き破り、魔王へと届く一撃を放つのみ。
…これで終わりだ。詠唱によって左手には魔力のない者にも視認できるほどの、濃い魔力の光。それを魔力の歪みへとぶつければ、 ディエスが放っていた光線とは比べ物にならないほどの光の奔流が迸った。大穴の端へと突き刺さった極光の周囲を渦巻くように魔力が弾け、小さな球となって消えていくさまのなんと美しいことか。
私の光は見事に魔王の土手っ腹を突き破り、着用していた黒いドレスを白く染めていた。
遠くで地響きも聞こえたので振り向けば、ディエスに手持ち無沙汰になった他の面々が力を貸したために巨鳥もすぐに落ちていた。いや、魔王が死んだことで巨鳥も弱体化したのかもしれない。
これで魔王討伐完了だと誰が言ったわけでもないが、私の胸の中にはたしかに終わったのだと、そんな感覚があった。言うなればこれが天啓と言うのかもしれないな。
魔王も、男も、巨鳥も。対峙していた全ての敵勢力は消えた。私は息を吐く友らの誰にも気づかれることもなく、辺りを見渡してラシェットを探した。
「トレミー! ……っ、トレミー! 返事をして、…無事なの!?」
私を探して走り回るエクレールに言葉をかけても、彼女は私を見ることは出来ない。ほら、今だって私の横を彼女が通り過ぎた。だけどまあ…無事で良かった。一つ笑って、足元に落ちていたラシェットを握る。
今までこんなに手に馴染んだことのない鏡剣は皆から見てどう映っているのだろうか。そんな風に心に浮かばせながら、魔王討伐に参加した全ての者を生死関係なく59階層、大穴の入り口へと飛ばした。
□
聖暦730年 第2次魔王討伐 終了.
今代王の生誕日に行われた、第2次魔王討伐戦は無事戦勝にて終わった。その一部はプレイテリア国民の多くも知ることとなり、第1次魔王討伐戦よりも大いに盛り上がりを見せた。
第60階層は封印され、あるかも分からない60階層以降は「封印領域」と命名された。魔王出現の原因は未だ不明であるが、王の言によれば「今後は安心しても良い」ということである。
剣聖に与えられていた聖剣エクセレジオーネはプレイテリアに返却され、我が王が湖の底へと安置したとされる。それがどこの湖なのかは定かではないが、噂によれば小神がその湖を守護しているという。
第1次魔王討伐戦にて行方が分からなくなっていた神剣にして鏡剣ラシェットが第60階層から見つかり、こちらもエクセレジオーネ同様にプレイテリアへと返却された。これは教会側で厳重に保管されるということである。
これより示すのは今魔王討伐に参加した人物名である。
………、
…、…、…、………………………、トレミー・ウォード、……
……
…………………、ディエス…
ザラ、エクレール、ティガ……
…
□
魔王討伐、しかと見届けた。映像伝達法具によって我の目に届いていた勇者たちの勇姿、しかと眼に焼き付けたぞ。
諸君らの犠牲はプレイテリアにとって大きな痛手ではあるが、今はそのことを考える必要はないのではないか。ただ、戻ってくる彼らに「大義である」と言えばいいのだ。それが私の仕事だ。
我はプレイテリアの王。母であり、父である者。近縁者であり、親友であるのだから。
近衛が大きな声を上げて驚いた。たしかに、映像に映っていた者が急に消えたのだから驚くのも無理はない。だが我には分かった、ラシェットが独りでに宙に舞うところを見たためである。
あの中でラシェットを使えるのは剣聖か、…あとは彼か。十中八九、答えは彼で間違い無いのだが、こんな風に考えてみるのも悪くはなかった。
ざわめきは近衛だけでは収まらない。これはもう一つ現れたと言っておいた方がいいのかな?間違いなくラシェットの能力が働いた。
異変に気付いた者から我に断りを入れて走りだし、ざわめきは自然と歓喜の叫びへと変わる。慌ただしく迎え入れの準備が進み出したのを眺めつつ、眼前の摩訶不思議な出来事に必死に表情を取り繕っていた。
横に倒された鏡剣ラシェットが我の前に突然現れ、受け取れと言わんばかりに宙に静止しているのである。
「…大義であった。………神剣の返却を認める」
他にも言いたいことは多くあったが、一言目はこうだと決めておいて良かったと思う。「そこに居るのか」だなんて、恋人を待つ娘のような言葉を発しようものなら素直に首筋を掻っ捌く自信がある。
恐らくは、我の目に見えていないだけでそこにトレミー・ウォードが居るのだろう。神の目を自称し、それに相応しい能力を持っていようと英雄の姿ひとつ見えやしないこの瞳ではあるものの、また別のものが、そういうものであるとして理解していた。トレミー・ウォードは死に、神の慈悲を乞うていっときの不完全な顕現をなして居るのだと。
「ご苦労であった、ゆっくり休むといい。 貴様ほどの働き者だ。 神も許してくださるだろう」
この言葉が届いているか、英雄よ。ほら見るがいい、貴様が護った者たちの顔を見るがいい。最期にそれくらいの時間は残されているだろう?
ラシェットの柄を握り、不思議なほどに傷が少ない彼らに振り返ったときだ。
我が先天性技能が発動した。生涯で二度目の、神の見た世界の投影。それに思わず口角は上がり、ラシェットを強く握ってしまう。
だがそれだって仕方がない。我が国、プレイテリアの繁栄を望まぬ王など居ないのだから。この国はいい国になるぞ。我だけではない、神が保証したのだ。絶対になる。してみせるとも。
ああ、トレミー・ウォード…貴様も気が向けがまたプレイテリアに来るといい。その時は繁栄ぶりに目を白黒させるぐらいおどろかせてやるから覚悟しておくといい。
ではさらばだプレイテリアの英雄。最強の魔術師。神剣の担い手よ。
ここまでお付き合いありがとうございました。
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長ったらしい話しは活動報告の方で出しますが、特に大切なことを書く予定も無いですし見なくても構わないですかね。




