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青、白、紫、橙、緑…。その空間は色が呼吸をしていた。まるで生きているかのように、いや、これらは生きているのかもしれない。何故なら、私は死んだのだから。ここはきっと、死んだ者が来る場所なのだろう。となればこの場の呼び方も自然と分かるものだ。
「神域…空中庭園」
この色が瞬く空間を支配している青は包み込むように流動しており、空であることが窺えた。最も深き場所から、最も高き場所へ。この移動の間に何が起こったのか、私の死が起こした奇跡はどういった類のものなのか。知らないままには居られなかった。
端を目指して歩く私の目に映るのは、庭園と呼ばれるに相応しく、神々しいものばかり。幻のように、一度はっきりと視認したものは次の瞬間には消え去り、また別の何かが視界の端に現れるのだ。
それを形容してはならない。名前を呼んではならない。そう思えるのは、この場を覆う神気が一気に剥がれてしまいそうだったからに違いなく、今まさに肉体を形取っているように見えた彼らを消してしまいそうであったためである。
私は何かに惹かれるかのように真っ直ぐに進んでいく。自分で決めた道も、そこに誰かの介入を考えずにはいられない、そんな感覚だった。
時間は定かではないが、しばらく進んだところで何かを通り抜けたような気がした。振り向いたところで何があるでもなし、いくらかの何かが私の視線で消えただけだ。
「神よ! 神よ何処に!」と、呼んでみたって何も変わらず、私は更に先に進むことにした。
そこで私は一軒の建物を見つける。プレイテリア国内で見たことはないが、かえってそこに神秘性を感じるのだ。平たく長い白い家屋に、大きな傘のような紺の三角屋根。庭には透明な花が咲き乱れ、足の踏み場すら残されてはいない。
伝え聞いた話ではあるが、この花は確か随分と前に消えてしまった種類のものの筈だった。私が顔を近づけて観察しようと思い膝を着けば、突然に前から声がかかった。
「その花は王権によって開く物だ」
それは彼の王の声であり、私は顔を上げて彼に問うた。
「王は今なおご健在であらせられるが何故消えたのか」
「我の使う王権とはまさに人を従えるためのもの。 神より賜りし目に見えぬ王の証であり、意思を統率し、人を王たらしめる建国の権能である。 我は王権によって国を築き、我が友らもまた国を築いた。 一人一人と満足のいく国を作り、王権を返却したために花は消え、血筋だけが残ったというわけだ。 ……満足いったか?」
王が嘘をつく理由もなく、王権が返却されたという話しは真実なのだろう。花が消えたということは、全ての王権が返却されたということか。…では今私たちが呼んでいる王権とは、その名残り、もしくは引き継いだ血統といういことになる。
私は立ち上がり、周囲を見渡して言った。
「返却された王権は持ち主の元に、神の御許へと戻ったのか」
「それは見ての通りであろう。 では、……我が神が退屈しないうちに参るとしようか」
その言葉と同時に踵を返し、花を避けようともしないで先に進んでいく彼の王をどう追いかけようかと思ったものの、よくよく見てみれば私が花を踏み潰すことはなかった。脚が花をすり抜けたのだ。なんでもありか、と私は彼の後に続く。
踏んではいないというのに、花を掻き分ける音だけが耳に残る玄関前。王が静かにドアノッカーを鳴らし、返事も待たずに軽い調子で扉を開いた。が、そこには何もなかった。眼前に広がるのはただの蒼。家具も、壁も、床すらない。神もまた、この場には居なかった。
騒然とする私に対し、彼は私に振り返り、さも当たり前のように告げる。
「神に捧げる物を出せ」
私は彼に向き直り、こう伝えた。
「私は神に相応しいものを何一つ持ってはいない。 神より授かり、一生をかけて磨いた魔術も国の頭が精々であり、私の心臓もとうの昔に止まってしまっている。 魔王討伐を成しえていないというのに、それを捧げるわけにはいかない」
「……ではその身を、…トレミー・ウォードの全てを捧げよ。 言葉は要らぬ。賛否も問わぬ。さあ、聖餐の時だ」
そこで蒼い空間が光り、私の意識は途切れた。ただ、その少し前に、犬歯の鋭い色白の男が立っていたような気がした。
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気が付けば私は元の場所に戻ってきていた。元の場所、というのは私が死んだ場所で間違いはないのだが、なんとも言えない妙な感じを覚えていた。言うなればそう、何も分かっていないのに、全てを理解しているような、課された答えを見つけることができたかのような、そんな変に高揚している自分が居たのだ。
男から受けた傷もなく、魔力も元どおり。伏せていたはずの体はしっかりと床を踏みしめ、視界も良好だった。だというのに、私のことを誰も見ていないような…いや、これは気付いていないのだ。私という存在を視認することができていない。その理由は自然と私の中に浮き上がってくる。
「霊体……神の使徒と、そういうわけか」
私が見つけた答えはどこから来たのか。それは簡単なことで、神に対して全てを捧げ、使徒となった私に与えられた知識からくるものであった。
この体であれば私は自由に空を駆け、望む場所に瞬時に移動することが出来るだろう。もちろんそれには神からの許しが必要となるが、この場において私が居る意味を考え直すこともない。倒した男を除いて、魔王側は二人。討伐軍も数こそ少ないが、持ちこたえるのには十分な戦力が残っている。神剣はもとより私の所有物ではないために現在手元には無いが、それでも体から伝わる生前以上の魔力が、本来の私の戦い方を思い出させてくれた。
「トレミー・ウォードの名において、戦場に居る全ての者に言い渡す。 神の加護は汝にありて、我らに不可能はなし。 さあ起きよ、光を放て。 いま救いの手はおりた」




